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閑話 ナギサ

 

 プルルルと頭の中に、着信音が鳴り響く。

 こっちに来るときにめ込まれた超小型の携帯電話。

 こちらからの連絡はできない向こうからの一方通行。

 不快以外のナニモノでもない。

 頭がカパっ、と開いたらすぐに取り出しているところだ。


「はい、こちらカセイフ。着電確認しました」


 なんだよ、カセイフって。

 小声で話しながら、自ら名乗ったコードネームに心の中でツッコミを入れる。

 ドラマの題名タイトルからとったみたいだが、毎回、名乗る身にもなってほしい。

 まあ、他の皆様方はさらに壊滅的なコードネームをつけられていたので、文句は言わなかった。

 アザトースのようなクトゥルフ神話からとった訳の分からないコードネームに比べれば幾分マシかな。


『ご苦労、カセイフ。状況の説明を頼む』


 相変わらず向こうは名乗りもしない。

 もっとも、私に連絡が出来るのは一人だけなので、名乗る必要はないけど、こっちだけ毎回変なコードネームをつぶやくのは恥ずかしい。


「対象人物、久遠くおん 匠弥たくみとの生活は順調です。散布したAR2020の効果も予定通りに進行し、現在フェーズ3から4の移行を確認出来ました」

『……そうか。周りの状況は?』

「違和感は感じているようで、少しずつ変化が見られます。しかし、個人差があるようで、まだ影響を受けていない者もいるようです」


 実際は表に出ていないだけで、全員に変化はあるのかもしれない。

 しかし、一人だけ、私の目から見た限り、まったく変化が見られない者がいる。


『例の二人。ブラックとホワイトはどうなっている?』

「完全に遮断モードに入っています。久遠 匠弥がいる限り、こちらに関与はしてこないでしょう」

『ふむ。計算通りといったところか。だが油断はするな。特にルイス・キャロルには気をつけろ。アレだけは、想定外の産物だ』


 ……だからそのコードネームはやめてって。

 不思議の国のアリスから取ったようだが、カッコいいとでも思っているの?

 しかし、そうか。

 やはり、彼女はイレギュラーなのか。

 このまま、変化がないのなら、なんらかの対処をしなくてはならない。


『それでは引き続き調査を続けてくれ。あ、そうだ、一つ言い忘れていた』


 まだ、何かあるの?

 いい加減、頭の音声が鬱陶うっとうしくてたまらない。

 チッ、と聞こえないように舌打ちしてから、心を落ち着かせて返答する。


「はい、なんでしょうか?」

『君の部屋からポータプルDVDプレイヤーが無くなっているのだが、まさか、そっちに持って行っていないよな?』


 げ。

 コイツ、乙女の部屋に無断で入りやがった。


「い、いやだなぁ、そんな禁止用品、持っていくわけないじゃないですか」

『そうか、それを聞いて安心したよ。ドラマDVD全巻セットの購入履歴が、出発三日前だったので一緒に持って行ったんじゃないかと心配してたんだ』

「……うっ」


 全部バレてんじゃん。

 でも、仕方ないじゃない。

 こんな娯楽の乏しい世界に送られたんだから。


『わかっていると思うが、今回の任務は特Sクラスに値する。もし、禁止事項に触れるような行いが発覚した場合……』

「あ、あれ? もしもーし、もしもーし ……おかしいな、電波が悪……」

『そんなはずはない。通信速度は安定している』


 知ってるわよ。

 音声は頭の中でクリアに聞こえている。

 しかし、これ以上追求されたらヤバい。


「……も、もしもーし……」


 固まったまま、聞こえないフリを続ける。


『……わかった。そういうことにしておこう。だが、わかっているな。失敗すれば、すべてが終わるぞ』


 過酷な任務だからこそ、少しぐらい自由があってもいいでしょ?

 音楽と言葉しか持ち込まなかった、どっかのカッコつけた野郎と一緒にしないでもらいたい。


『君の行く末に幸あらんことを』


 いつものカッコつけた決めセリフを残して、ようやく通話が終了する。

 はぁ、と大きなため息を吐いて、ベッドの上にダイブした。


「くそっ、ネチネチと鬱陶うっとうしいっ」


 髪の毛をわしゃわしゃとかきむしる。

 トリートメントどころか、シャンプーもなく、髪の毛も痛み放題だ。

 おっさんと違って、乙女には色々と必要なものがあることをもっと理解してほしい。


 この世界に送られて、まだそれほど経っていないのに、すでにホームシックにかかっていた。

 気が遠くなるほどの年月をこちらで過ごしているあの男は、いったいどんな気持ちでいるのか。

 私なら、何千年もの間、こんな世界にいたら気が狂っているだろう。

 しかも、あの男は自分の最も大切なものを生贄として持ち込んいるのだ。


 DVDの電源を入れ、セリフも全部覚えているドラマを再生する。


 『君だけを愛してる』


 そう言いながら、他の女と何度もトラブルを起こす主人公が、どこかの誰かに似ている気がして思わず笑ってしまう。

 ……もう私の世界には、こんなドラマのような日常は存在しない。


『たんたた♪ たんたた♪ たんたたたたた♫』


 パッヘルベルのカノンを口ずさむ。

 私がそれを歌った時に見せた彼の顔を忘れない。

 まもなく最終フェーズに移行する。

 そこからはすべてが加速していく。

 二つの世界は邂逅かいこうし、どちらかが滅びるまで止まらない。


「……あなたは、その時、どっちにいるのかな」


 どちらを選んでも、ドラマのようなハッピーエンドには辿りつかないだろう。


 だって彼の「設定」は、すでにがれて、消えかけているのだから。








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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです。かなり前に感想を書かせて頂いたので覚えてないかもしれませんが……w 最近、忙しくようやく追い付きました…。 相変わらず楽しく読ませて頂いてます。 書籍も購入させて頂き、読んで…
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