十二話 芋と魔剣とゴブリンと
「さあっ、作るぞっ」
レイアがバラバラにしてしまった芋の皮を剥き、薄切りにして、鍋で炒める。
さらに、あらかじめ微塵切りにして炒めておいた玉ねぎを加え、芋が透き通ってきた時点で昨日とっておいたラビ汁の出汁を入れて煮立てた。
丁寧にアクをすくい取り、芋がやわらかくなってきたところで、すり鉢に移した芋を木ベラで粗めにつぶし、モウ乳を加えて、さらに煮込んでいく。
「いいにおいっ」
後ろでチハルがはしゃいでいる。
レイアの腹からは、ぐるるるる、と獣が吠えるような音が聞こえてきた。
塩、コショウで味を整えた後、氷庫に鍋ごと入れる。
後は程よく冷えたら完成だ。
「もう少しで食べれるからね」
チハルの頭を撫でた時に、腰にぶら下げていた転移の鈴がちりん、と鳴った。
「ねえねえ、これ、チリンチリン?」
「ああ、チリンチリンだ。チハルはチリンチリン好きなのか?」
腰から外してチハルに渡そうとすると、プルプルと首を振った。
「ちがう。タクミが持ってるのがちゅき」
「え? そうなのか? もっと鳴らそうか?」
「ううん、もってゆだけでいいのっ」
にぱーー、とすごく嬉しそうに笑う。
かわいい。かわいいは正義だ。細かいことはどうでもいいように感じてしまう。さらにいっぱいチハルをナデナデする。
「よし、もういいかな」
氷庫から鍋を取り出すと、冷んやりとした空気と芋の香りが鼻孔をくすぐる。
本当は夏の料理なのだが、芋を大量に使うなら、やはりこの料理が一番だ。
最後に彩りとして、パッセリの葉を砕いたものをふりかける。
「おまたせ、冷製スープ、あらごしヴィシソワーズの完成だ」
「わぁ」
「わぁ」
なんかリアクションが同じでレイアまでお子ちゃまに見えてくる。
「ここでたべゆっ」
チハルが俺の膝に乗ってくる。
「では私も……」
「いやっ、なんでだよっ!」
自然な流れで膝に乗ろうとするレイアを止める。
なんだか、チハルが来てから妙な対抗意識が芽生えていないか?
「いただきます」
二人ともお腹が空いていたのか、無我夢中で食べ始める。
「おいも、おいもがだいかつやくっ」
「おいひい。タクミさんっ、お芋が、スープなのに、クリーミーなそのままのお芋を食べているみたいで、この荒ごし感がっ、舌ざわりがっ、もう、お芋大活躍ですっ」
ボキャブラリーが幼女と変わらないレイアの事が少し心配になる。
「たくさんおかわりあるからな。慌てず食べろよ」
「ふぁい」
「ふぁい」
二人を見て、一瞬ほころんでしまう。
なんだかこれって……
「なんだか私達家族みたいですねっ」
考えていた事をレイアに言われてどきりとする。
「やっぱり、チハルは未来の私達の子供なのでは……」
「違う。俺、人間。レイア、人間。チハル、エルフ」
カタコトでツッコミを入れる。
「チハル、タクミとレイアがパパとママでもいいよっ」
「ほらっ、チハルが認めたっ」
「認めてないっ! この話お終いっ!」
ヤバいぞ。このままでは童貞なのに無理矢理妻子持ちにされそうだ。話題を変えなくてはいけない。
「そういえばあの剣、高そうに見えるけどお金足りたのか?」
洞窟の隅に置いてある禍々しい漆黒の剣。
なんだか、彫刻を施された柄の部分が鬼の顔に見えてくる。
「ええ、この剣はずっと使いこなす者が現れず、片田舎の街まで流れてきた為、低価格で売られていたんです」
「使いこなせない?」
「はい、魔剣ソウルイーター。持つ者の力を吸い取り、魂を喰らうと言われています」
やっぱり呪いの剣だった。
なんでこれがいいと思ったんだろう。
「タクミさんがアリス様に託した聖剣タクミカリバー程のものではありませんが、かなりの業物だと思います」
聖剣タクミカリバーって、なんだよっ。
パーティーを追放された時にヌルハチに買ってもらった大剣を置いていったが、それをアリスが使っているうちに聖剣と呼ばれるようになったという。
エクスカリバー。
マサムネ。
タクミカリバー。
俺の使っていた安物の剣が、いつのまにか世界三大聖剣に数えられていた。
「で、その剣、魔剣ソウルイーターだっけ。レイアは実際に使ってみたのか?」
「はい、店で一度試してみましたが、あっという間に力を吸い尽くされ、死にかけました」
「レイア」
「はい」
「危ないから返して来なさい」
「だ、大丈夫ですよっ、タクミさんならきっと平気ですっ」
冗談じゃない。きっと俺が触ったら一瞬で消滅してしまう。
取り敢えず、危ないので後でどこかにしまっておこう。
「ねーー、ねーー、タクミ」
お腹いっぱいになったのか、チハルが膝の上でゴロンと寝転ぶ。
「ん? どうした? もう眠たいか?」
「んーーん。なんか、いっぱい、きてゆよ」
「へ?」
一番最初に気がついたのは、レイアではなく、チハルだった。
「タクミさんっ」
次にレイアが気がつき、俺が最後にその気配を察知する。
洞窟の前に何かがいる。
それも、相当な数の何かだ。
「まさか、つけられたのか」
レイアが険しい顔で洞窟の入り口を見る。
そこから、それはゆっくりと顔を出した。
ゴブリンだ。
身長は成人男性の半分くらい。
緑色の皮膚に浅黒く汚い布を身に纏い、手には棍棒を握っている。
体のわりに大きな頭とギョロギョロとした目玉にイボのついた鼻がある。
醜悪な顔が俺たちを見て笑みを浮かべた。
そして、その後ろには。
「ごぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶ」
溢れんばかりのゴブリンの群れが控えていたっ。
どうやら街でゴブリン退治をしたレイアを恨んで集団でつけてきたようだ。
「レイア、これはお前の不始末だ。すぐに片付けて来い」
お願い早く助けて。超怖い。心がそう叫びたがっている。
だが、レイアから無情な返事がやってくる。
「すいません、タクミさんっ。店で魔剣に力を吸いとられた為、まともに戦えませんっ」
はっ、そうだったっ!
「タクミ、ぶちゃいく、いっぱい」
「すいません、このような雑魚にタクミさんのお手を煩わせるのは心苦しいのですが、どうか、ぱぱっと片付けて下さいませんかっ」
終わった。
これ、もう、詰んだんじゃないか?
「ごぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶこぶごぶごぶ」
ゴブリン達がところせましと洞窟に入ってくる。
「わかった。見ているがいい」
「はいっ、タクミさんっ」
俺が死んだらチハルを連れて逃げて欲しい。
そう、願いながら魔剣ソウルイーターを手にする。
ゴブリンにやられるより、力を吸いとられて死んだほうがまだマシだ。
鞘から取り出す途中に「禁」や「封」の札がぺりぺりと剥がれていく。
「っ!?」
鞘を抜いた瞬間、魔剣から出てきた闇が俺の右手を侵食していく。
力がっ、俺の力が、抜けていくっ!
『いや、あんた』
その声は直接頭に響き渡った。
『チカラ、一ミリもないがなっ』
ゴブリン達が迫る中、俺は魔剣にツッコミを入れられた。




