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閑話 クロとシロ

 

 そこには最初、何もなかった。

 どこまでも続く白い世界。

 それがすべてであり、それがワタシだった。


 その頃のワタシには、意志はなかった。

 真っ白な世界がそこにある。

 ただただ、それだけだった。


 それからどれくらい経っただろうか。

 まだ時間という概念はなかったので正確にはわからないが、数億年は経っていただろう。

 白い世界に初めて、ほんの少しだけ変化が生まれた。


 小さな、本当に小さな黒い点。

 すべてが真っ白だった世界に初めて何かが生まれた瞬間だった。



(シロ、アリスの中に入ることができたのか?)

『……はっ』


 タクミの声が聞こえてきて我にかえる。


(む、無理だったのか?)

『い、いや、すまない。あまりの展開に止まってイタ。い、いまから、行ってくるカナ』


 タクミがアリスを選んだことに、驚いたのではない。

 自分の中にこれまでなかった感情が生まれたことに驚いていた。

 タクミの中から、いや、タクミの側から離れなくてはいけないことに躊躇している。


 ワタシはタクミといることが心地よかったのか‥‥?


 クロの気配を探る。

 初めて、白い世界にできた黒い点。

 その時と同じものを感じて、そこに向かう。

 その気配を感じることができれば、ここから出られるはずだ。


『また、また会おう、タクミ』


 タクミの体内からアリスの体内へと移る。


 タクミと過ごした何気ない日常。

 それは、数億年の中で一番、楽しい日々だったのかもしれない。

 もしかすると、それが人間が感じる「シアワセ」というものなノカ。


『……きたノカ、シロ』


 クロを見つけることは、簡単だ。

 あの時、白い世界に黒い点が生まれた日、ワタシはその違和感から意思を持つことができた。


『クロ、オマエ、その姿は』

『ああ、そうだ。すでに飲み込まれそうなんダ』


 アリスの体内に入ったクロが、融解するように崩れている。

『……予想外ダヨ。ワタシを取り込んでしまえるほど、感情を爆発させる事ができるナンテ』

 ありえない。

 いくら感情を爆発させようが、人間がクロを取り込むことなど不可能だ。

 やはり、タクミの聖杯がこの世界に干渉している。

 タクミと深く関わることにより、アリスは劇的に強くなっていったのだ。


『だけど、これでいい。もう誰もアリスを止めることはできない。すべては黒く染まる。ワタシの勝ちだよ、シロ』


 ああ、そうだ。

 ずっと二人でオセロをして遊んでいた。

 クロが、なぜ、真っ白な世界に生まれたのかわからない。

 でも、ずっと一人だったワタシは、いつまでもクロと一緒にオセロを続けていたかった。

 だから、終わりのないゲームにするため、決して決着がつかないルールにしたんだ。


 全消し。

 64マス、すべてを白か黒か一色に染める。

 それがワタシとクロが戦う上でのオセロのルールだった。


『クロ、ワタシは決着をつけたくはなかったんダヨ』

『知っている。だけど、ワタシは決着をつけたかったんダ、シロ』


 盤面のほぼすべてが黒で埋め尽くされていた。

 しかし、まだ勝負はついていない。

 絶対に止まらないはずのアリスが、タクミが口付けをしたことにより、時が止まったように固まっている。

 次の一手で、全消しを阻止できるかもしれない。


 クロが生まれた時と逆だ。

 真っ黒な世界に、ほんの小さな白い点を作ればいい。

 そこから、また、ワタシたちは、一緒に遊べるはずだ。


『行くぞっ、クロ!』


 アリスの中に吸収されていくクロの手を握ると、侵食していくようにワタシの腕が黒くなっていく。


『やめたほうがいい。オマエまで取り込まれるゾ』

『……それもいいだろう。ワタシたちはずっと一緒だったんダ』


 クロを取り込んだアリスの力は、もはやワタシの力を遥かに超えていた。

 身体の自由を奪われ、クロと共に吸収されていく。


『これは、アリスの……』


 それと同時にアリスの思考が脳内に流れ込んできた。


 壮大な荒野が広がっていた。

 草木一本生えていない大地に誰かが立っている。

 泣いている子供だった。

 大切なものがいなくなり、大声で泣いている。

 幼い頃のアリスだ。

 あの時からアリスは何も変わっていない。

 ずっと、タクミに振り向いて欲しくて泣いている。


「強くなるからっ!」


 泣きながらアリスが叫ぶ。


「もっと、もっと強くなるからっ!」


 声はどんどん大きくなり、それに比例してアリスの姿が大人になっていく。


「だから、お願いっ!」


 それでも、アリスは立ち止まったまま、動かない。

 ただ、その場所で泣き叫ぶ。


「行かないでっ!! タクミっ!!」


 泣きながら、その姿が真っ黒に染まる。

 それは、もはや人間の形を成していなかった。


 ワタシの力では、今のアリスは止められない。

 でも大丈夫だ。

 もう力など必要ない。

 ワタシはタクミの中にいて、彼の奥に眠る密かな想いに触れている。

 それをそのまま伝えよう。

 アリスはきっと、泣き叫ぶのをやめるはずだ。


『クロ、一瞬ダ。一瞬だけ隙ができる。一緒に飛び出すぞ』

『……シ、ロ、何を、するつもり、だ?』


 すでにクロは、全てを吸収される寸前だ。

 ワタシは、飲み込まれながら、アリスに向かって思念を送った。


『アリス、タクミはオマエのことを……』


 パチン、と真っ黒に染まる盤面に、一つだけ白い石が置かれる。

 それが最後の一手だった。


 黒と白。

 二つの色が交差しながら、巨大な竜巻となり、ワタシ達を飲み込んでいく。

 クロと繋いだ手は放さない。


 この世界で最後に見たもの。

 それは、泣き止んだアリスの笑顔だった。



『もうアリスの中には、白いのんも、黒いのんも、おらんと思う?』

「ああ、そうだな。確かめることはできないけど、もういないと思う」


 静かに盤面を眺めていると、タクミの言葉と心の声が聞こえてきた。

 ワタシたちが仲良くオセロをしている姿を思い浮かべている。


『ふん、アイツ、まるでワタシたちが見えているみたいダナ、シロ』


 どうやらクロもワタシと同じように、聞いていたらしい。

 思わず、笑みがこぼれるとクロが驚いたような顔をした。


『なんだ、その笑顔は? 人間みたいダゾ』

『そうか、人間みたいなノカ』


 ワタシはなんだかおかしくなって、フフ、とまた笑う。

 盤面に視線を落とすクロの顔も、静かに微笑んでいるように見える。


 透き通るような狭間はざまの世界に、パチン、と白黒の石が置かれる音だけがいつまでも響いていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] シロとクロのゲームも振り出しですね。 むろん二人にとってそれだけの意外性があったということなのでしょうけど。
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