百五話 無題
「はい、今日の授業はこれまでです。みなさん、お疲れ様でした」
いつものように授業を終えると、生徒達がガヤガヤと騒ぎ出す。
すぐにボロが出て、終わると思っていたタクミ教室は、今も生徒が増え続けている。
完全にネタがなくなって、もう冒険者ギルドで売っている参考書を読んでるだけだから、非常に心苦しい。
「なあ、これがあのタクミ先生の授業か? なんか普通のことしか言ってなかった気がしたんけど……」
「お前、タクミ教室初心者だな。このノートを見てみろ。タクミ先生が言ったことを横に10文字ずつ書いて、縦読みすると、ほら、タクミ先生の秘奥義の名前が隠されているんだっ!」
「おおっ、そんな仕掛けがっ!!」
そんな名前隠してるわけないし、なんならその秘奥義を教えて欲しい。
いつものように、みんな勝手に勘違いして盛り上がっている。
「はいはい、授業が終わったらすぐに帰るように。復習は家でして下さいね」
「はいっ、わかりましたっ、レイア先輩」
生徒たちを帰してくれた後、レイアが俺のほうに向かって、ぺこりとお辞儀をした。
「お疲れ様でした。また、明日もよろしくお願いします」
「ああ、気をつけて帰るんだぞ、レイア」
「はい、タクミさ…… い、いえ、タクミ先生」
あの事件からレイアは、アリスに遠慮してタクミさんと呼ばなくなった。
それでも、たまに間違えてうっかり口に出しそうになる。
俺は聞こえなかったフリをして、笑顔でレイアを見送った。
授業が終わり、洞窟の中で夕食の支度に取り掛かる。
昨日から仕込んで、弱火でじっくり煮込んだ鍋の蓋を開けると、芳醇なスパイスの香りが辺り一面に充満する。
「よし、上手くいってるな。おっと、タンドリーチキンも仕上げなきゃな」
10年前、アリスと別れてから一度も作ることがなかった料理を、今は週に一度は作っている。
『またカレーなんか。ほんま、タッくんは甘々やな。カレーは辛口やのに』
魔剣カルナが、腰に差したまま話しかけてきた。
「仕方ないだろ、アリスがコレがいいって言うんだから」
『はいはい、仕方ない、仕方ない。ほんまラブラブでございますなぁ』
「ら、らぶっ!? 何をいうんだっ、俺はっ!!」
『あ、タッくん、チキン、こげるで』
「うわっ、やばっ、てっ、あっちぃっ!」
慌てふためく俺をカルナがケタケタ笑っていた。
あの日以来、カルナは人型に戻ることなく、ずっと魔剣のままでいる。
理由を聞いたら、『いまは負けそうな気がするから、また時期を見て復活するわ』と、意味不明なことを言っていた。
洞窟の食卓にカレーと米、そしてタンドリーチキンを並べ、アリスを呼ぶ。
カルナが変なことを言うもんだから、なんだか意識してしまい、正面に座ったアリスの顔が見れず、思わず顔を背けてしまう。
「ど、どうした、タクミ? なにかあったのか?」
「い、いや、なんでもないんだっ。冷めないうちに早く食べよう」
「あ、あぁ、そうだな、い、いただきますっ」
あの事件の時、アリスにキスをしてから、くだらないことで、すぐに意識してしまう。
アリスも、俺が意識するとつられてしまうのか、二人して顔を赤くして黙ってしまうことが多くなる。
昔は娘のようにしか思っていなかったのに、アリスが自分の理想だったことに気付いてからは、まともに直視できない。
見つめたり、見つめられたりすると、心臓を掴まれたみたいにきゅっ、となる。
そして、俺とアリスは無言のまま、黙々とカレーを食べ始めた。
『なぁなぁ、タッくん』
「お、おう、どうした、カルナ」
アリスに聞こえないようにボソボソと話す。
こんな時、カルナが話しかけてくれるのは、少々助かる。
アリスと二人きりだと間がもたないのだ。
『もうアリスの中には、白いのんも、黒いのんも、おらんと思う?』
「ああ、そうだな。確かめることはできないけど、もういないと思う」
アリスの中に入ったシロとクロ。
その中で何があったのかは、誰もわからない。
ただ、二人は仲良く一緒に帰って行ったんじゃないか。
そんな風に思ってしまう。
こことは違う、狭間の世界で、二人が仲良くオセロをしている姿が思い浮かぶ。
『それなら、大丈夫そうやな』
「ん? 何がだ?」
『ひひ、内緒や。まぁ、すぐわかるから楽しみにしとき』
「あ、あぁ、なんだかよくわからないが楽しみにしておくよ」
そう言って笑うカルナに、俺もつられて笑ってしまう。
「むぅ」
それに反比例するように、正面にいるアリスの顔が不機嫌そうにむくれていく。
「ど、どうした、アリス。カレーまずかったか?」
「……ちがう。カレーは美味しい」
「なら、どうした? お腹痛いのか?」
「ち、ちがうっ、タクミがワタシを見ないでっ、カルナと話して笑ってるからっ!」
「え?」
「あっ」
アリスがまた顔を赤くして、うつむいてしまう。
俺もさらに意識してしまい、同じようにうつむいた。
その時だ。
『はい、ここまでや。残念やけど時間切れやで、タッくん』
「タクミ殿っ!!」
カルナが時間切れと宣言した瞬間に、クロエが突然現れた。
「ク、クロエ、久しぶりじゃないか、どうしたんだ?」
「はい、カル姉からようやくGOサインを頂きましたので、またこちらでお世話になることにしましたっ!」
元気よくそう答えるクロエは、大きなリュックを背負っている。
「ど、どういうことだ? カルナっ」
『ああ、うちとクーちゃんは、どれだけ離れててもテレパシーのように会話できるねん。すごいやろ』
「いやいや、そういうことじゃなくて、GOサインって……」
なんだ? と、聞こうとした瞬間、突然、腰にぶら下げた鈴から光が溢れた。
「ヌルハチっ!?」
転移の鈴が発動し、光と共にヌルハチが現れる。
いや、ヌルハチだけではない。
その後ろにはサシャまで控えている。
「ふぅ、ようやくGOサインが出たか。えらく遅かったのう」
「しかたないわよ、ヌルハチ。シロクロ問題だけじゃなくて、二人の進行具合もチェックしてたんだんだから」
「え? それって俺とアリスのことか? いや、そもそもどうやってチェックしてたんだ?」
「リックから魔装備【千里眼】の水晶玉を借りてたの。ごめんね、全部見ちゃった」
サシャがとびきりの笑顔でめちゃめちゃ恐ろしいことを言ってのけた。
お、俺のプライベートが崩壊している。
「タクミさんっ」
物凄い勢いで、先程、別れたばかりのレイアまで洞窟に突入してきた。
「タクミさんっ、よかったっ! まだっ、まだ私っ、あきらめなくていいんですねっ!!」
呼び方がタクミさんに戻っている。
なんだ? 今、一体、何がおこっているんだ?
「なんやっ、レイアまで、タッくんを覗いてたんかっ!」
いつのまにか、カルナが人型になっている。
「違いますっ! タクミさんのことを思うだけで、なぜか、今、タクミさんが何をしているか、全部見えるようになってしまったんですっ!!」
いやそれ、アリスが持っていた能力じゃないかっ!
やめてーーっ、そんな能力、流行らせないでっ!
「……お前達、覚悟があってやってきたんだろうな」
アリスがゆっくりと剣を構えた。
一度は捨てた聖剣タクミカリバーを、アリスは大切そうに握っている。
「当たり前やっ、もう譲らへんっ」
「その意気やで、クーちゃんっ、大丈夫や、胸の大きさでは圧勝やっ」
「ヌルハチっ、回復は任せてっ、プランCでいくわっ」
「ふ、懐かしいな。全魔力を解放しよう」
「アリス様、やっぱり、私、諦めきれませんっ!!」
なんだろう、これは。
世界が終わりそうになるくらいの大騒ぎをして、ようやく落ち着いたと思ったら、また振り出しに戻っていた。
アリスのほうを見ると、諦めたように、フッ、と笑みを浮かべている。
俺もつられて思わず笑ってしまう。
「あーーっ! 何見つめ合ってるねんっ! 二人はしばらくそういうのは禁止やでっ!!」
いつもの日常が戻ってくる。
まだ、しばらくはこのままでいいかな。
そう思って、俺はみんなの分のカレーをよそった。
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おかげさまで2巻もご好評頂いております!
次回閑話は、アリスの中のシロとクロのお話です。
どんなことがあったのか、ちゃんとやりますのでご安心下さい!
新型コロナウィルスで大変な時期ですが、この作品は優しいお話なので、誰かが死んだりとか悲しい展開はありません(//∇//)
是非、笑って元気になって下さい!
この章のお話で出てくるリンデンの活躍の原動力となる出来事は2巻裏章書き下ろしにバッチリと収録されています。
この章の黒いモノを絡めたお話を、より一層楽しんで頂ける内容となっておりますので、是非ご覧になって下さい(//∇//)
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