十一話 はじめてのおつかいインフィニティ
「モウ乳がいるのですね。わかりました、私が買って参ります」
芋のスープを作る為、モウ乳を買いに街に行こうとしたら、レイアがおつかいを名乗り出た。
なんだか普通に自信満々で逆に不安になる。
「いや、大丈夫だぞ。俺が行ってくるから留守番していてくれ」
「まさか、そんな事にタクミさんの手を煩わせるわけにはいきませんっ。任せてくださいっ。韋駄天の神を降ろし、俊足で行って帰ってきますっ」
「いやっ、普通に行って来てっ!」
やはり、駄目だ。なんとかしないと余計なトラブルが増えそうだ。
「ちょっと待て、メモを書く。モウ乳2リットルと、あと余ったお金で安物の剣と盾を買ってきてくれ」
お金が入った袋とモウ乳屋と武器屋の地図を書いたメモを渡す。
「任せてくださいっ。はじめてのおつかい、死ぬ気で行ってきますっ」
うん、死ぬ気とかいらない。
なんだか、我が子を戦場に送るような複雑な気分になる。
「た、頼んだぞ。信じてるからな」
信じなければよかったと後で死ぬほど後悔した。
どうしてこうなった。
レイアが帰って来たのは夜もふけ、辺りが暗くなってからだった。
あまりに遅いから迎えに行こうとした矢先に、洞窟の外で物音がした。
ようやく帰ってきたか、と外に出た途端、軽く卒倒しそうになった。
「た、ただいまです」
目を合わせずにレイアがそう言った。
さすがにやらかしたと思っているようだ。
「お、おかえり」
なんとか、そう言いながら目をこすって、改めて状況を確認する。
ああ、やっぱりまぼろしじゃない。
なかなか現実を受け入れられない。
モウ乳を買いに行かせたはずなのに、何故かレイアはモウ本体を背負っていた。
自分の身体の何倍もあるモウが、レイアの上でも〜、と呑気にあくびしている。
そして、余ったお金で買ってきてくれと言った剣と盾。
モウ本体を買ったなら余るどころか足りないはずなのだが、レイアの右手には見た目、相当高そうな剣が握られている。
漆黒の長剣。
鍔や柄に宝石を埋め込んであり、鞘にも彫刻や飾り付けがされている。
だが、それより気になるのは、剣に「禁」やら「封」とか書かれたお札がべたべたと貼られているところだ。
レイアの右手からすごく禍々しいオーラが流れているのを感じる。
それ、絶対呪いの剣だろっ、とツッコミたいのを必死に抑えた。
何故なら、もっと突っ込まないといけない所があったからだ。
「それ、盾じゃないよね」
「え、ええ、盾じゃない、です」
レイアは未だに目を合わせない。
ダラダラと汗を流している。
レイアの左手に握られているもの。
いや、ものじゃない。
「たてじゃ、ないよっ」
しゃべった。
レイアの左手をぎゅっと握ったまま、俺の方を見る。
にぱーー、と満面の笑みを浮かべる。
エルフの幼女がそこにいた。
「どうしてこうなったっ」
俺はようやくレイアにツッコミを入れた。
「お嬢ちゃんはいくつなのかな?」
「えーーと、えーーと……」
幼女が指を折って数えている。
どうみても三歳か四歳くらいなのだが、めっちゃいっぱい指を折っている。
「わかんないっ、いっぱいっ」
「そっかぁ、いっぱいかぁ」
エルフは長寿の一族で見た目より歳はいっていることもあるが、幼少期は普通の人間と変わらず歳を取り、20歳くらいから、100歳くらいまで見た目が変わらなくなる。
この子は本当に三歳か四歳くらいだろう。
とりあえず、モウは外に繋げて、剣は洞窟の隅に置いておいた。
まずはこちらを解決しないといけない。
「じゃあ、お名前は言えるかな?」
「んーーと、ハ、ル、ヌ、えーーと、チ、ハル……」
「チハル?」
「そうっ、チハルっ!」
どうやら幼女の名前はチハルらしい。
「すごいです。名前がわかりましたっ」
じろり、とはしゃぐレイアを睨む。
「す、すいません」
レイアが言うには、チハルは街で保護されていたらしいが、記憶を失っていて誰の子供かわからなかったらしい。
近くにエルフの集落もなく困っていたところ、レイアが通りかかった時に、チハルはレイアの名前を呼んだらしい。
そこで関係者と思われたレイアがチハルを押し付けられる形で引き取ることになったらしいが……
「本当に知らないのか? この子の事」
「ええ、初対面のはずです。でも、何故かどこかで見たような気がするんです」
そう言われて、チハルを見ると、何故か俺もどこかで見たことがあるような気がしてきた。
しかし、どこで見たかは思い出せない。
エルフの特徴である長く尖った耳に、セミロングの銀髪、ちょっと眠たそうなグレーの瞳に、ぷっくりと膨れた唇。
人間よりも遥かに整ったお顔立ちは、きっと将来かなりの美人さんになるだろう。
つい最近、本当につい最近、見たような気がするのだが、まったく思い出せない。
まじまじと見ているとチハルは、俺を指さして、大声で叫んだ。
「タクミっ!」
どきり、とした。
まだレイアはここに来てから俺の名前を呼んでいなかった。
「俺のこと、知ってるのか?」
「しってゆっ、レイアも、タクミも、しってゆっ」
謎がますます深まっていく。
「はっ」
レイアが何か閃いたようだ。思い出したのかっ。
「タクミさん、もしかして、この子供……」
よくわかったな、その通りだという準備をする。
「未来から来た、私とタクミさんの子供じゃないでしょうかっ」
準備が無駄に終わる。どうやったらそういう思考に辿り着くのだ。
「そ、それだったら全ての辻褄が合うと思いませんかっ。きっとこの子は絶望の未来を変える為に、過去に遡って、私達に忠告をしにやってきたんですよっ。いや、私ごときがタクミさんと夫婦なんておこがましいですが、何処かで見たような気がするのは、私達に似ているとか、そういうことで、もしかしたら、そんな未来があるかもしれない、あったらいいな、なんて、い、い、いえ、そんな事を考えているわけではなくて、なんていうか、そのっ」
なんか、レイアが真っ赤になりながら熱弁しているが、わけがわからないので聞き流す。
「レイア、だいじょぶ?」
「大丈夫だよ。ちょっと頭がおかしいだけだよーー」
チハルの頭を撫でる。
かわいいな。どうにか、親御さんを見つけてやりたい。
ヌルハチか、クロエが来たら探すのを手伝ってもらうか。
同じエルフのヌルハチなら何か知っているかもしれない。
「よし、とりあえずモウ乳を絞って芋のスープを作るか」
面倒なことはもう後回しにしよう。
お腹が空いたし、どうせすぐには解決しない。
「そういえば、なんで乳じゃなくて、本体を買ってきたんだ?」
「え、あ、はい。モウ乳を買いに行ったら、牧場がゴブリンに襲われていて、ちょっと退治してきたら、お礼だと言ってまるごとくれたんです」
そんなことがあったのか。
まあレイアの実力ならゴブリン如き、大した事ではないだろう。
「そうか、それは良くやったな」
「は、はいっ」
この時、レイアが倒したゴブリンはせいぜい二、三匹だと思っていた。
一国を揺るがすほどの大量のゴブリン、数百匹のゴブリンをレイアが討伐したなどとは思いもよらなかった。
それを全部、俺の手柄にしていたことも。
世界を飲み込もうとするゴブリン王との壮絶な戦いが、俺の知らない所でなんか勝手に始まっていた。