百一話 遅れてきた女子
「では、これより十豪女子会を開会するっ! 」
これまでの十豪会とは違い、十豪女子会は、また別の緊張感に包まれていた。
女子会というのは、スイーツなど食べながら、女の子同士がきゃっきゃっうふふ、と騒ぐイメージだったのが……
十豪女子会は、ピリピリとヒリ付いた空気の中、皆、一言も話すことなく、牽制しながら睨み合っている。
「そ、それでは今回の議題について説明しよう」
滅多に動じることがないバルバロイ会長が、恐る恐る話し始める。
「世界のすべてを破壊しようとする黒いモノ。それと人類最強であるアリスが同化し凶暴化したのじゃ。それを止めるために、同等の力を持つ白いモノをタクミ殿が取り込んだのじゃが、どうも力が強くなりすぎて、まったく手加減出来んらしい」
後半はまったくのデタラメだが、何も言わずに黙っておく。
髪の毛が白くなっただけで、まるで変化がなかったなんて、恥ずかしくて言えない。
「よって、タクミ殿のかわりにその白いモノと同化してもらう者を今からみんなで話し合って決めようと思うのじゃが、何か質問がある者は……」
「はい、はい、はい、はいっ!!」
もう乗り出すような勢いで、カルナが手を挙げる。
「は、はい、は一回でいいぞ、なんじゃね、カルナ殿」
「その、タッくんから白いモノをもらうのん、口づけて聞いてんけど、それって、どれくらいのやつなん? めっちゃ濃厚で長いやつなん?」
ぶっ、と思わず吹き出してしまった。
それは言ってないはずなのに、どうしてカルナは知っているのか?
いや、そういえば、魔剣だった頃のなごりで、カルナはまだ俺の心が読めるんだったっ!
「うむ。おそらく五分くらいで、かなりディープなやつじゃ。覚悟しておくがいい」
ざわっ、と円卓の空気が変わった。
殺気に似た視線がバチバチと様々なところで交錯する。
「……これは女子だけで決めるのですか? それとも最後はタクミさんが決めるのですか?」
次に手を挙げたのは、レイアだった。
目が据わっててちょっと怖い。
「タクミ殿の意志で決めると良くないことが起きると師匠に言われてわしが来たのじゃ。決定するのは、すべてお主らじゃ」
ええっ! 俺の意志で決めると良くないの!?
『フム、わかっているナ。さすが東方仙人といったところカナ』
俺の中にいるシロも同意見らしい。
どうやら俺の意見は、今回完全無視のようだ。
「そうですか。だったら絶対に譲れませんね」
レイアがすでに刀に手をかけている。
こ、これ、話し合いで決めるんだよね?
「アリス様に対抗するには、その力に一番近い者がふさわしいはず。この中では、私がそうだと思っています」
レイアの女子会最強宣言に円卓の殺気が膨れ上がる。
「ほう、この魔王を差し置いて、よく言えたものだ」
「そういえば、まだ決着をつけていなかったな、レイア」
魔王マリアと勇者エンドが、レイアの発言を認めない。
もはや、一触即発の空気に口を挟んだのは、この中では一番戦闘能力が低いサシャだった。
「やめなさい。力で決めるなら、わざわざ女子会など開かないでしょう。女子大武会にすればいいはずよ。それをしなかったということは、話し合いで決めなければいけないことだったからよ」
そう、俺はそれを言いたかった。
発言権ないけど。
「そうなのよね、やっぱりコレって、キスがうまいとか関係してくるのかしら? だったら私に決まっちゃいそうだけど、いいのかなぁ」
「カミラ、無理はやめるにゃ。本当は全然経験ないことみんな知ってるにゃ」
「ばっ、ばらさないでよっ、吸血鬼の真祖なのに、そんなのカッコ悪いじゃないっ」
この中で一番経験豊富そうなカミラが実はウブだったと判明する。
「カル姉、これってまさか」
「なんや、クーちゃん、わかったんか?」
「胸の大きさで……」
「ちゃうわっ! もうその話はいらんねんっ!!」
ドラゴン姉妹も答えがわからず揉めていた。
「静粛に。皆さん、何を基準に話し合いをすればいいのか、それもわからないようね。あきれてものも言えないわ」
ふっ、とリンがみんなに向かって失笑する。
「へぇ、貴女はわかるの? リンデン・リンドバーグ」
「わかるわよ、サリア・シャーナ・ルシア」
お互いフルネームで呼び合うサシャとリン。
この二人に挟まれて会話されるのは、非常につらい。
「チハル、チハルもわかるよっ」
ああ、無邪気なチハルだけが唯一の癒しだ。
きっとわかってないのに胸を張って、ふんすふんす、と鼻息をたてている。
「なら、チハルさんに答えてもらいましょう」
「えっ、あっ、い、いいよ、ゆずてあげるっ」
「いえ、遠慮なさらず、どうぞ」
「ふ、ふぇ」
リン、やめて。子供にまで厳しくしないであげて。
ダメだ。この女子会の空気に耐えられない。
なんとかしてくれとバルバロイ会長に目で訴えかけた。
無理無理っ、とバルバロイ会長が全力で首を横に振る。
「ふぅ、仕方ないですね。私が教えてあげましょう。まあ、私、0番ですからね。特別ですからね」
リンの挑発にサシャの、いや他の女子全員から殺気が溢れ返る。
「ミ、ミアキス、もう帰ろうっ。俺様ここにいたくないっ!」
「うるさいにゃ、いま動いたら負けにゃ、じっとしとくにゃ!」
殺気に当てられたザッハが震えている。
やばい。俺も帰りたい。お家、ここだけど。
「いいですか、みなさん。話し合いで決めるのはアリスに力で勝てる者ではありません。単純な力でアリスに勝てる者など、ここには誰一人いない。それはわかりますね」
確認しなくても誰もリンに反論しない。
そうだ。黒いモノと同化しなくても、アリスに勝てる者など、存在しないのだ。
「だったら、タクミから白いモノを受け取るのは誰なのか。それは力が強いものではない。必要なのはただ一つ……」
リンが俺のほうをビシッと指さす。
えっ? なに? 俺、なんかした?
「タクミへの愛情の深さです」
どーーん、という効果音が聞こえてくるようだった。
それぐらいドヤ顔で、リンは宣言する。
しかも、殺気だっていた円卓の女子達から、おおっ、と感嘆の声まであがる。
「よってこれより、各々がタクミに抱く想いを全部ここでぶちまけてもらいますっ!」
「やめてっ!!」
思わず大声で叫んでしまう。
そんなことされて、聞いてられるほど俺の精神は図太くない。
「そもそも、これはシロと同化してアリスを止めることが目的だろう? 俺への愛情とか関係な……んぐっ」
急に言葉が話せなくなる。
『タクミは女子じゃないから、参加したらダメカナ』
シロだ。こいつ絶対面白がってるっ!
俺は必死に首を横に振って無言で拒絶するが、リンはニッコリと微笑んで続行を宣言する。
「それでは、これから順番に告白していきましょう。まずは……」
それは、まさに突然だった。
以前にも増して、音は随分遅れてやってくる。
どんっ、という衝撃音が響いた時には、円卓のど真ん中に、彼女は堂々と立っていた。
「……タクミに想いをぶちまける?」
その姿は、前よりもさらに黒い。
極黒の身体から、さらに黒い煙が立ち昇る。
「なら、それはワタシからだ」
十豪女子会にアリスが遅れて参加した。




