閑話 三匹とアリス
魔王の大迷宮跡、砂漠にできた大きなクレーターのまわりに折れた鉄の十字架が何本も刺さっている。
ワタシは、そこで力の回復を待っていた。
もうすぐ、全快する。
次こそは、すべてを破壊しなければならない。
『何か来るカナ』
体内の黒いモノに言われるまでもない。
随分と前から、いくつかの気配を感じていた。
『ヤツラは何を考えているノカ。死ぬつもりナノカ?』
オマエには理解できないだろう。
ワタシもタクミと会わなければ理解できなかった。
そして、ワタシの前に彼らは現れる。
「オマエ達……」
三人、いや三匹と言うべきか。
そういえば、タクミ以外で長い時間を共有したのは、全部人間ではなかったな。
「ワタシを説得できるとでも思っているのか?」
ワタシの前に現れたのは、古代龍、ベビモ、ゴブリン王だった。
巨大な魔物二匹に挟まれ、ゴブリン王がワタシに向かってお辞儀する。
「まさか、説得なんてできると思っていませんよ。ただの時間稼ぎです」
「くだらないな。どれほどの時間が稼げるというのだ?」
三人合わせて十秒もかからない。
そのために命を投げ出すというのか。
「失せろ、今は力を使うのが惜しい。見逃してやる」
『本当カナ? 破壊したくないだけじゃないのカナ?』
「違うっ! 黙っていろっ!!」
相変わらず、その声は頭の中をうじゃうじゃと虫が這い回るようだ。
すべてを破壊した後は、必ずオマエも破壊してやる。
「大丈夫ですか、アリス様。無理をしていませんか?」
「オマエも黙れ。失せろ、と言ったはずだ」
「いえ、帰りませんよ。以前のアリス様ならまったく勝てる気はしませんでしたが、今のアリス様ならなんとかなるんじゃないかと思っています」
ハッタリだ。
手紙の時といい、タクミポイントの時といい、コイツはいつもワタシを騙してくる。
ワタシの力は以前とは比べ物にならない。
コイツらはワタシに力を使わせて、タクミの所へ行くのを遅らせようとしているだけだ。
いまさら、タクミ達は何をしているのか。
いつものようにタクミのことを考える。
それだけで、今、タクミが何をしているか、頭に映像が浮かぶはずだった。
「……っ!! 何故だっ!? どうして何も見えないっ!?」
その動揺をゴブリン王は見逃さなかった。
「針千本のーーまーーす」
その口から数千本の針を吹き出すと、同時に古代龍が炎を吐き、ベビモが巨大な身体で体当たりをしてくる。
ワタシは無様にも、その攻撃をまともに喰らい、クレーターまで飛ばされた。
「おわかりになりましたか?」
ゴブリン王が上から見下ろしている。
「大きな力を得ることは、大きなものを失うということですよ」
挑発だ。
ワタシにはなんのダメージもない。
こんなもの、赤子に触れられた程度にしか感じない。
そんなことより、タクミを見ることができなくなったことが重大だ。
『気にするな、アリス。どうせ、そんな必要はなくなる』
そうだ。タクミを破壊すれば、もう意味のない能力だ。
だが、何故だ。どうしてワタシはタクミを破壊しなければならないのだ?
『……まずいな、この三匹、思ったより、厄介カナ』
黒いモノの声と共に、身体が熱くなる。
前回のように身体が黒く染まっていく。
溢れるような力が身体中を支配する。
「もきゅっ、もきゅきゅっ、もっきゅんっ!!」
ベビモが何かを騒いでいる。
以前はベビモの言っていることがわかったのに今はわからない。
ワタシは本当に、力と引き替えに大切な何かを失ってしまったんじゃないか?
一瞬、そんな考えが頭をよぎりすぐに消える。
「これは予定通りかの、ゴブリン王」
「ええ、そうですね。これでしばらくは時間が稼げる。十豪女子会は無事開催されるでしょう」
「もきゅきゅ、もきゅ」
頭に映像が流れてきた。
ゴブリン王がご飯を庭に運んでくる。
大きなテーブルの周りに古代龍とベビモが座っていた。
ゴブリン王の料理は雑で、タクミの料理の足元にも及ばない。
なのに、それを食べた時、とても、とても、美味しいと思ってしまった。
ピシッ、という音と共に、その映像にヒビがはいり、それは突然砕け散る。
『そんなものいらないよ、アリス』
大切なものを無くした気がするが、それがなんだったか、もう思い出せない。
『ただ、全部、破壊すればいい』
プツン、と何かが頭の中で弾け飛ぶ。
「ぁぁあぁぁぁあぁアァぁぁあぁぁぁあぁアァアアァっ!!」
破壊する。
破壊しなければならない。
何を?
すべてだ。
目の前にあるもの、全てを破壊する。
三つの物体が見えた。
巨大なドラゴン。
大きな綿毛のような魔獣。
人型の魔物。
「……なんだ、オマエらは?」
どこかで見たような気がする。
だけど、それがどこで、誰だったのか、思い出せない。
「まあいい、どうせ、全部破壊する」
『そうだ、それでいい。それでいいんだ、アリス』
虫が這い回るようだった黒いモノの声が、心地よくなっていた。
「できませんよ、アリス様。そんな力では、タクミ様はもちろんのこと、僕達ですら破壊できません」
この人型の魔物は何を言っているのだろうか?
今のワタシなら、あのタクミですら破壊できる。
ワタシが破壊できないものなど、もうこの世界には存在しないのだ。
「同感じゃな。初めて戦った時のほうがよっぽど怖かったわい」
「もきゅんっ、もきゅきゅきゅっ!」
戯言だ。
1秒もいらない。
「一瞬で肉塊に変えてやる」
一撃でまとめて片付ける。
いつものように、このタクミカリバーで……
腰に挿していた剣をつかもうとして、それがないことに気づく。
ああ、そうだ。アレはもう捨ててしまったんだ。
どうして? とても、とても、大切なものだったのに。
「大事なものはなくならないのですよ、アリス様。たとえ、失っても、ずっとずっと、ここにあるんです」
人型の魔物が自分の胸に手を当てる。
そのクサイ台詞がオマエの最後の言葉なのか?
黒い力が拳に集約される。
この世界の闇をすべて掻き集めたような極黒の力で、ワタシは全力で殴りかかった。
様々な映像が頭に流れて、それがすべて粉々に砕けていく。
降り注ぐ思い出の欠片は、まるで鋭い刃のようにワタシの心を切り裂いた。
それでも、止めることができない。
大事な記憶が失われていくことよりも、破壊の衝動が上回る。
羽がちぎれ、綿毛が飛び散り、首が飛ぶ。
三つの残骸はぐちゃぐちゃに混ざり合い、もはやどれがどれだかわからない。
再び、雄叫びを上げる。
何故か、頬を冷たいものが流れていた。




