九十七話 白タクミ
「シロと二人きりにさせてほしい」
俺がそう言った後、みんなは渋々ながら承諾して、洞窟の外に出てくれた。
キッチンで、皿の上に乗ったシロと二人きりになる。
『どうした? プレーンで食べるのではなかったノカ?』
「いや、やっぱり調理するよ」
このままでは絶対に食べたくない。
せめて、その姿が見えないようにしてしまおう。
強力粉と薄力粉をボールに入れて、ぐるぐるかき混ぜる。
冷やしていたバターをボールに投入し、木べらでバターを切り、冷水を入れてさらに細かくしていく。
『何を作っているのカナ?』
「パイ生地だ。悪いけど、全身にまとってもらう。200度くらいで焼くけど大丈夫だよな?」
『ウム。あたたかいのは大歓迎ダ。全く問題ない』
少しねかした後に、生地をまな板の上に置いて棒でのばしていく。
「なあ、シロは……」
『ん? なんだ、どうした?』
「いや、シロやあの黒いモノは、この世界をいったいどう思っているんだ? べつに壊れてしまっても構わない。そんなふうに思っているのか?」
シロといたあの白い世界で、この世界はオセロというゲームとして扱われていた。
それは、俺達や世界の全てが、ただの遊びということを意味しているのか。
『そうだな。ずっと昔から遊んできたから愛着もわいている。できれば、壊れて欲しくないカナ』
「……できれば、か」
やはり、シロと俺達とは別次元の存在なんだ。
改めてそれを実感しながら、パイ生地をこねこね、のばしていく。
『でもアレはちがう。もう完全に飽きてしまったんダ。世界を破壊することになんら躊躇いはないダロウ』
それは子供の頃に会った時から感じていた。
黒いモノは、すべてを破壊したくてたまらないんだ。
「どうして、黒いモノは、この世界に飽きてしまったんだ?」
『この世界が平穏だからカナ。もう100年以上も大きな戦争は起きていない。盤面はずっと真っ白のままダ』
それは俺達にとって喜ばしいことなのだが、シロ達にはちがうのだ。
『勇者と魔王は、この世界のアクセントだった。それが機能しなくなり、崩壊した時からバランスは崩れてしまったノダ』
リックや魔王は、シロや黒いモノの存在を知っていたのだろうか?
リックが作ろうとした完全なる世界は、もしかして、シロ達と関係していたのかもしれない。
『恐らく、アレにとって、タクミとアリスが最後の娯楽ダ。止めなければ、本当に世界は終わるヨ』
「俺が止めるよ。アリスも。黒いモノも」
しばらくねかしておいたパイ生地でシロを包みこむ。
シロをオーブンに入れて焼き、30分後に「まんまるかわいいシロのパイ包み焼き」が完成する。
味付けはしない。
絶対に噛めないから、一口で丸呑みにする。
『優しく食べてネ』
「うん、黙っててね」
パイ生地に隠れてシロの姿は見えないが、それでも目を閉じて、一気に飲み込んだ。
「う、あ」
大きな力が身体の中に流れこんでくるのを感じていた。
なんだ、これは?
優しく、なのに、強く、そしてあまりにも大きく、それでいて、すべてを包みこむような……
あたたかい水の中にいるようだ。
いや、似ているけどちがう。
これは……
海?
そうだ。昔、行ったことがあった海を思い出す。
あれはまだ、俺が生まれて間もない頃で……
いや、俺は海など一度も行ったことがないはずだ。
どうしてだ? シロが入ってきたことにより、記憶が混乱しているのか?
『……タクミの記憶? なんだ、コレは? ワタシが理解できないものがあるというノカっ!』
シロの声が身体の中から響いてくる。
『そうカッ! オマエはこの世界のッ!』
目の前が真っ白になった。
何もない、ただ白い世界で一人になる。
不思議な感覚だった。
何もない、白い空間なのに、何か大きなものに守られているように感じてしまう。
ああ、そうか、これは……
白い世界でゆっくり意識が途切れていく。
俺はいつのまにか、その中で眠りについた。
「タクミさんっ、大丈夫ですかっ!」
目が覚めた時に、心配そうなレイアの顔が目の前にあった。
周りにチハルやサシャ、カルナやクロエがいて、同じように不安そうな顔で俺を見ている。
「うん、大丈夫だよ」
起き上がり、身体を動かして見た。
シロを吸収したせいか、身体が軽くなり、力が溢れているような気がする。
「タッくん、髪が」
カルナにそう言われて、鏡を見ると黒かった髪が真っ白になっていた。
「白タクミだな」
ちょっと老けたみたいになってしまったが、見た目はそんなに悪くない。
「で、どうなのタクミ? 強くなった感じはあるの?」
俺が最弱と知っているサシャが本当に不安そうに尋ねてくる。
「ああ、今までにない力を感じている。きっと誰にも負けない」
「すっごいね、タクミっ」
俺の言葉にチハルが興奮して抱きついてきた。
「あれ? でも、まえとあんまし、かわんないよっ」
え?
チハルの言葉にちょっと不安になる。
「確かにタクミさんから感じられる力は、前と変わらないですね。シロという強大な力をうちに入れても、その力を表に出さず、完全にゼロにしているのですねっ! さすがタクミさんですっ」
「う、うむ。よくわかったな、その通りだ」
え? ちからゼロなの? あ、あれ? おかしいな。
そんなつもりはまったくないのだが、これはどういう事だろう。
「これで黒アリスにも勝てますね、タクミ殿っ」
クロエが俺にむけて、ガッツポーズをしているので、同じように返してみた。でもたぶん顔は引きつっている。
つ、強くなってるよね? 大丈夫だよね?
俺の中にいるシロに尋ねてみる。
『……残念なお知らせがあるカナ』
いやぁああああ。
耳を塞いで拒絶したいが、中から聞こえてくる声を止めることはできない。
『タクミはまったくコレっぽっちも強くなっていない』
いままでに聞いたことがない残念そうな声で、シロがそう呟いた。




