九十五話 皿の上のシロ
黒アリスが去った後、ようやくみんなが動けるようになった。
俺と俺の足元で崩れてドロドロになったシロのところに集まってくる。
「いったい、何が起きた? あのアリスは、いったいなんなのじゃ」
「わからない。でもアレは本当のアリスじゃない」
ヌルハチの質問に、それぐらいしか答えられない。
シロに連れて行かれた世界のことを上手く説明する自信がなかった。
「あのアリス様は、本当に私達を皆殺しにするつもりだったのですか?」
レイアはアリスとしばらくの間、二人で修行してきた。
この中では、一番近い存在だ。
変貌したアリスを信じられないのだろう。
「アリスにそんなことはできなかった、俺はそう思いたい」
『いや、できたヨ。タクミはまだそんな甘いことを言うノカ』
「シ、シロっ!!」
完全に崩れているシロから声が聞こえてくる。
「大丈夫なのかっ!?」
『大丈夫ではないカナ。再生まで何日かかるかわからナイ』
ぷるんぷるん、と白い塊が揺れていた。
洞窟の食卓に戻り、シロをテーブルの真ん中に置く。
椅子に座ることができないので、お皿の上に乗せた。
「あれやな、クーちゃん、なんかプリンみたいやな。カラメルかけたら完璧やで」
「いや、カル姉、プリンいうより、この色豆腐みたいやん。カラメルより醤油やな」
初対面の時に、シロに言い負かされたのが悔しかったのか、カルナとクロエがここぞとばかりに、好きなことを言っている。
「ダメよ、食べる前に話を聞かないとね」
え? ほんとに食べるつもりだったの?
でも、表情が真剣なので突っ込めない。
サシャがそのまま冷静にこの場を仕切っている。
そして、ヌルハチは…… あれ?
いつのまにか、ヌルハチがいなくなっていた。
そのかわりにチハルがヌルハチの席にちょこん、と座っている。
「あれ? ヌルハチは帰ったのか?」
「うん、魔法いぱいつかたから、つかれてかえたよ。だからチハルがかわりにきた」
やはり、チハルとヌルハチは親戚なのか?
なぜか、ヌルハチがいない時に、チハルがいつもやって来る。
『タクミ、オマエ、ヌルハチに認識の魔法をかけられて…… いや、まあ、ヨイカ、黙っておくカナ』
チハルがシロのほうに人差し指を立てて、小さい声でしーー、と言っていた。
「なにしてるの?」
「な、なんでもないよっ」
よくわからないが、チハルが可愛いので考えないことにする。
頭をなでるとにぱっ、笑う。
幼い頃のアリスを思い出し、ちょっと目頭が熱くなる。
「さあ、そろそろ黒アリスについて聞いていいかしら? あれは一体、どういう状態なの?」
サシャが話を戻して、再びシロを問い詰める。
『フム、そうダナ。アリスはこれまでどれだけ強くても、この世界の枠の中に入っていた。だが、今はワタシと同じ、枠からはみ出した状態となってイル』
シロがスライムのような身体をくねくねと動かしながら、ようやく語り始める。
『アリスの中にいるモノは、かつてワタシと共にいた黒い存在ダ』
シロと一緒に、はるか上の世界でゲームをしていたモノ。
俺が幼い頃に、一度だけ出会い、記憶を失うきっかけとなったモノ。
すべてが黒く、シロと対極の位置にある存在。
絶対的な終焉、それが黒いモノだった。
「そいつがアリス様の中に入って、支配しているのだな」
『いや、支配はしていないカナ。アレを受け入れることができるのは、アレに同調したものダケダ』
「そんなはずはないっ!」
レイアがテーブルを叩いて立ち上がった。
「アリス様は、アリス様は力ではなく、タクミさんの意思で選んでもらうと言っていた! 私達をライバルとして、正々堂々戦うと言っていた!」
レイアがテーブルに数字の書かれた紙を、バンッと力強く叩きつける。
『それは自分にそう言い聞かせてただけじゃないカナ。そうしないと世界を壊してしまうことをアリスは知っていたンダ』
「ちがうっ! アリス様は、私にもっ、そして、タクミさんにもっ!」
「いいわ、レイア。わかってる」
今にもシロに飛びかかりそうなレイアを止めたのはサシャだった。
「貴方は、やがてこうなることがわかっていたのね。だからタクミの理想の姿になって、アリスを挑発した。最初から世界を壊すつもりだったの?」
『それはちがうカナ。ワタシはあくまで何が起こるか見に来ただけダ。展開が遅いので少し早めようとしたケドナ』
「だったらどうしてタクミを助けて動けなくなってるの?」
『……それはなぜだろうナ。ワタシにもよくわからないカナ』
シロもサシャもそのまま黙り込む。
やはり、シロはこの世界をゲームとしか思っていないのだろうか。
そして、アリスは本心で世界を壊そうとしているのか。
「なあ、タッくん、色々ややこしくて、ついてかれへんねんけど、ようはアリスを止めたらいいんやろ?」
いきなりカルナがこの場の雰囲気をぶち壊して発言する。
「ああ、そうだが、今のアリスを止めることなんてできるのか?」
「簡単やん。タッくんがアリスを受け止めて、アイラビューとかいうたら全部解決やん」
「えっ」
本当にそんなことで解決するのか?
いや、ダメだ。
それが本心でないなら、きっと解決なんてしないはずだ。
「カル姉っ、そんなん嫌やっ!」
「ウソやウソや、クーちゃん、それはうちも嫌やから認めへん。もう一個あるねん」
そう言ってカルナは、皿の上に乗るシロを指さした。
「アリスが黒いのんを中に入れて世界の枠からはみ出したんなら、うちらも白いのんを中に入れたら、枠からはみ出せるんとちゃう?」
「えっ、ま、まさか、カル姉」
「うん、カラメルと醤油、どっちかける?」
皆が呆然とする中、カルナがニッコリ笑ってそう言った。




