九十三話 リバーシ
白だった。
あたり一面の白。
目に見えるもの、すべてが白かった。
「……ここは?」
確か、俺は黒アリスとシロの戦いを止めるために、二人の間に割って入ったはずだ。
「そうだ。そして俺は力に飲み込まれたんだ」
黒と白。
すべての力が俺に降り注いだ。
「……俺は死んだのか?」
リックの魂が白い世界に消えていったことを思い出す。
ここは、あの時、見たものと同じような世界なのか。
『まだ死んでないカナ』
突然、背後からシロの声が聞こえて振り返った。
真っ白な世界に、いつのまにか、白いテーブルと向かい合わせの白い椅子が出現している。
その椅子の一つにシロが座ってこちらを見ていた。
『ここは狭間の世界だヨ』
「狭間?」
『うん、あのままじゃタクミは消えていたからね。ワタシが連れてきたんダ』
「連れてきた? じゃあアリスはっ! 黒いアリスはどうなったんだっ!?」
シロはその問いに答えずに、テーブルの上を指さした。
それまでなかったものが、白いテーブルに置かれている。
白と黒。
正方形のマス目が描かれた緑色の盤面に、白い石と黒い石がランダムに並んでいる。
「これは?」
『オセロというゲームだヨ。そうか、この世界にはなかったノカ』
「それが、アリスと関係しているのか? 今はそんなゲームをしている場合じゃ……」
シロが二本の指をつまんでオセロの盤面に置き、その指と指の間を広げていく。
それと同時に、白かった足元がマス目のはいった緑色の盤面に変化していった。
「っ!! これはっ!?」
それはただの盤面ではなかった。
見たことのある地形がそこに見える。
世界地図だ。
まさか、この盤面はっ!
『そうだ。この盤面は世界そのものダヨ、タクミ』
足元に、俺が住んでいた世界が広がっていた。
蛮族地帯、北方ノースカントリー。
神倭ノ地、東方イーストグラウンド。
魔法王国、西方ウェストランド。
機械都市、南方サウスシティ。
そして、俺達が住む一番大きな国、総合国家、中央センターワールド。
『拡大しよう。アリスはここにいる』
シロがさらに二本の指を離していくと、足元の盤面は拡大され、俺が住んでいるボルト山が見えてくる。
どんどんとそこに近づいていき、ヌルハチが改装してくれた洞窟が見えてきた。
そこから少し離れた草原で、光の球に入ったヌルハチ達五人がいる。
そして……
黒アリスとシロ、その間に入った俺がそこにいた。
「……どうなってるんだ? あれは、俺なのか?」
俺だけじゃない。シロもいる。じゃあ、ここにいる俺達はいったいなんなんだ?
『魂だけの存在ダヨ。魔王が精神体と言っていたカナ。まあ、ワタシは最初からずっとココにいるんだけどネ』
そういえば、シロが弱点を自ら話した時にこう言っていた。
「ワタシの身体には、目や鼻や耳は存在しない。この姿にあるものは、すべて偽り(ダミー)の飾り物ダ」
「じゃあ、もしかして、シロは何も見えていないのか?」
そう尋ねると、シロは人差し指を立て、天に向かって腕を真っ直ぐ上に伸ばす。
「遥かな上から見ているんダヨ」
ここがその遥かな上にある世界なのか。
足元に広がる世界では、俺はシロと黒アリスの二つの力に挟まれている。
時間が止まったように動かないが、よく見てみると本当にわずかだが、ゆっくりと少しずつ、その力は俺に迫ってきていた。
『あれから、まだ0コンマ1秒も経っていない。だが、あと0コンマ1秒で、タクミの肉体は消失するカナ』
「どうしようもないのか?」
『ああ、そうだな。こうなるとわからなかったノカ? なぜ間に入ってきたノカ?』
わからない。
二人のうち、どちらかが消えてしまいそうで、気がついたらもう間に入っていた。
『不思議な存在ダ。やはり、タクミは白でも黒でもない。いったい、どこからやってきたノカ』
シロの人差し指と親指で円を作ると、そこに新しい白い石が現れた。
それを白い石と黒い石が並んでいる盤面に置く。
元からあった白い石と新しい白い石に挟まれた黒い石が、全部白い石に変化していった。
『これが争いダヨ、タクミ。ワタシはずっとこの世界で遊んでいたんダ』
白い石が黒い石を倒して白くしたのか?
この盤面の石は、この世界に住むすべての者達ということなのか?
「ずっと、一人で? こんなところで?」
『前はもう一人いたが、飽きてしまったようダ。今はアリスの中に入っているカナ』
想像もつかなかったシロの正体がわかってくる。
ようやく、納得がいく。
アリスがどれだけ強くても勝てるはずがない。
シロはこの世界のすべてを作り出していたのだ。
『いつも二人で遊んでいた。人間と魔族、勇者と魔王、正義と悪、創造と破壊、ワタシたちはゲームを楽しんでいたんダ』
いなくなったもう一人。
おそらく、そいつは、あの時の……
『そうだ。アレはある日、ここから突然いなくなったヨ。リンデン・リンドバーグが、空間魔法でここに穴を開けたんだ。そして、アレは幼い頃のタクミを見つけた』
そうだ。失っていた記憶。
絶対的な終焉、黒いモノの存在を思い出す。
『アレはもう帰ってこなかったヨ。ワタシが創り出すモノに飽きていたのカナ。新しいおもちゃを見つけてそちらに興味がうつったんダ』
「それが俺なのか?」
『そうだ。そして、アリスに介入している』
やはり、アリスが黒くなったのは、ソイツのせいなのか。
「どうすればっ! どうやったらアリスをもとに戻せるんだっ!?」
『ワタシには無理ダ。ワタシとアレの力は対極なのダ。アリスを消すことはできても、戻せはしない』
馬鹿な、ずっとアリスはあのままなのか?
それは世界の終わりを意味しているんじゃないのか?
『最初に会った時に言ったダロウ。アリスはこの世界を滅ぼす、と。まさか、そんなことにはならないとまだ思っているノカ、……ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ』
そうだ。俺はまだアリスを信じている。
きっと元に戻す手段がなにかあるはずだ。
「俺はあきらめない。絶対にアリスを戻してみせる」
『いや、タクミ、意気込むのはイイガ、わかっているノカ?』
シロが足元の盤面を指さす。
黒アリスとシロ、二人の力の奔流に俺が挟まれていた。
もう降り注ぐギリギリのところまできている。
「こ、これ、なんとかならないか? シロ」
『……タクミを助けたらワタシは当分動けなくなるカナ。誰もアリスを止められなくなる。それでもいいノカ?』
俺は迷うことなく、大きく頷く。
「絶対にアリスを止めてやる」
その瞬間、すべてが白く染まり、何も見えなくなった。




