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九十二話 黒アリス

 

 魔王の大迷宮ラビリンス上空に広がる黒い空。

 そのあらゆる災厄を塗りたくったような黒を俺は知っている。

 まだ冒険者になる前、子供の頃にそれを見たことがあった。


「シロ、あれは一体……」


 シロなら何か知っていると思って尋ねようとする。

 だが、そのシロが目を見開き、見たことのないような顔で俺を見返した。


『アレと接触していたノカ、タクミ』


 シロの声が最初に会った頃の声に戻っている。

 人間の声ではない、地の底から響くような声と天から囁くような声が混ざりあった不気味な声だ。


『失っていた記憶。リンデン・リンドバーグ。信じられん。アレを撃退して封じたノカ』


 ブツブツとシロが一人で呟いていた。

 突然の変貌に俺以外のみんなもただ黙ってシロを見ている。


『そうか、アリスのバグはそういうことだったノカ。アレは最初から、仕組んでいたノカ。イレギュラーだったノカ。それとも必然なノカ、……ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ』


 美しいシロの顔が歪んでいく。

 人の顔のまま、その口だけが横になった三日月のように顔いっぱいに広がった。


「シ、シロ、一体何を言っているんだ?」

『………………来る……ノカ』


 シロは質問に答えずに、ただ一言、そう呟いた。

 その刹那せつな


 ドンッ、という音が響く。

 それは後からだった。

 あまりの速さに、それが到着した時の衝撃音が後からやってくる。

 音速よりも早く、それはやって来たのだ。


「ただいま、タクミ」


 そう言ったものが最初誰なのかわからなかった。

 地面につくほどに伸びた長い金色こんじきの髪は、漆黒に染まっている。

 宝石のように輝く澄んだ青い瞳も、深い深い、どこまでも深い黒い瞳に変わっていた。


「ア、アリス、なのか?」


 にこっ、と黒いアリスが笑う。

 答えとも言えるその笑みに、ゾクリと背筋が凍りついた。


『下がってイロ、タクミ』


 シロが俺と黒アリスの間に入る。


『……なんだ、オマエ』


 黒アリスがシロに向かってそう言った。

 その黒アリスの声は、俺に向けた声とは違う。

 鼓膜こまくきむしられるような、得体の知れない声にぞっと鳥肌が立つ。

 この声を俺は知っている。


『邪魔するな』


 黒アリスが無造作に右腕を横に振った。

 これまで、アリスの拳を指一本で受け止めていたシロが全力でガードする。


『ッ! この力はっ! まさかっ!?』


 アリスの力を受け止めきれず、シロが後方に吹っ飛んだ。


「ア、アリスっ!」

「ちょっとまってタクミ、まだみたい」


 俺に話す時だけ、いつもの声になる黒アリス。

 だが、明らかにおかしい。


 なんだ、この力は? シロと似ている? いや、超えているのか?


『……アレが力を授けたノカ。イヤ、ちがうノカ。受け入れたノカ。すでにアレはオマエの中に入っているノカ、……ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ、ノカ』


 吹っ飛んだはずのシロが、いつのまにか後ろに立っていた。

 ダメージはないようだが、その表情に余裕がない。

 いつも、飄々(ひょうひょう)としていたシロからは考えられない。


『一応、聞いておくがアリス。ワタシを倒した後はどうするつもりダ?』

『決まっているだろう』


 その声をアリスの声とは思いたくない。

 思わず耳を塞ぎたくなる。


『サシャ、ヌルハチ、クロエ、カルナ、レイア。そこにいる女五人、全員を殺す』


 その言葉を信じたくない。

 だが、それを本気で言っていることがわかってしまう。


「タ、タクミさん、本当にアレはアリス様なのですか?」


 レイアの問いに答えることができない。

 でも、きっとレイアもわかっている。

 目の前にいるのは、間違いなく、アリスだということを。


『その後はどうするのカナ?』


 もう一度黒アリスが同じ言葉を繰り返す。


『決まっているだろう』


 そして、その顔が凶悪な笑みに染まる。


『タクミ以外は、全人類、皆殺しだ』


 真っ黒い何かが黒アリスの身体から溢れ出た。

 息ができないないような苦しさの中、必死に叫ぶ。


「やめろっ! アリスっ!」

「もう引き返せないよ、タクミ」


 いつも握っていた聖剣タクミカリバーを、黒アリスが投げ捨てる。


『ワタシは全部壊して、タクミを手に入れる』


 ぶわっ、とさらに黒いものが黒アリスから飛び出し、辺りを真っ黒に染めていく。


『それが、オマエの答えなノカ、アリス』


 それに対抗するように、シロの身体から白いものが溢れ出した。

 周りの景色が黒と白に真っ二つに分かれていく。

 黒アリスのいる側が真っ黒に染まり、シロがいる側が真っ白になっている。 


「タクミっ、こっちに来いっ! 巻き込まれるぞっ!」


 後方にいたヌルハチの両手に光が収縮されるように集まっていた。それがみるみる広がっていき、五人を包み込んでいく。


「波動球・ダン


 光の玉に入った五人は、全員、黒アリスが来た時のまま、微動びどうだにしない。

 どうやら黒アリスの放つ力によって動けないようだ。

 だが、俺だけはなぜか、その中で自由に動くことができる。


 俺は、みんなの所に行くわけにはいかなかった。

 ここでアリスとシロの戦いを止めなければ、きっと後悔する。


「タクミさんっ!」

「タッくんっ!」

「タクミ殿っ!」

「タクミっ!」

「馬鹿ものがっ!」


 みんなの声を無視して、俺はゆっくりと二人に近づいて行く。


 黒アリスとシロは、もう俺を見る余裕はない。

 黒アリスはすべてを黒く。

 シロはすべてを白く。

 お互いの領域を確保しようと、黒と白がぶつかり合う。


 ダメだっ、このままだと、どちらかが確実にいなくなるっ。


 止めなくてはいけない。

 でも、止め方などわからない。


「アリスっ! シロっ!」


 だから、俺は何も考えず、ただ二人の間に割って入った。


 黒と白。

 アリスとシロ。

 力と力。


 そのすべてが俺に降り注いだ。





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