八十八話 シロの弱点、レイアの弱点
タクミ教室の授業が始まる前に、レイアの修行をすることになった。
洞窟から少し離れた青空教室は、昼前には生徒で溢れ返る。
その前の僅かな時間でいいから、修行させてほしいと、レイアが頼み込んできたのだ。
確かに最近はカルナが力を吸う修行はなくなり、芋も綺麗に剥けるようになってきている。
レイアとしては、新たなる段階に進みたいようだが、元からそんなものは存在しない。
さて、どうしようか。
まったく思い浮かばなかった。
レイアは、そんな俺をすっごい期待に満ちた瞳で見つめている。
「必殺技とか教えればいいんじゃないカナ」
いつのまにか、シロがついて来ていた。
必ず殺す技と書いて必殺技。
そんなもんが俺にあるはずがない。
「タクミさん、ソレ、どこかに行ってもらうよう言ってくれませんか? 今からの修行は、ソレを倒す為の修行なんですから」
「ソレとはなんダ。あ、そうか。自己紹介がマダだったカナ。ワタシはシロだ。ソレではナイ」
「いいから早く、ソレに言って下さい」
レイアとシロがバチバチと睨み合う。
喧嘩はやめて。
きっと俺が巻き込まれてえらいことになる。
「まあまあまあ、ここは一つ、シロの意見も聞いてみたらどうだ。もしかしたら弱点とか教えてくれるかもしれないぞ」
「ウム。そうだな。あまりにも力の差があるからナ。弱点の一つや二つ、教えてやってもいいゾ」
場を和ませようと冗談で言ったのだが、本当に教えてくれるようだ。シロさん、余裕だな。
「ふざけるな、敵に塩を送られ、私が喜ぶと思うのか」
「まあまあ、レイア。聞くだけ聞いてみてもいいんじゃないかな」
得体の知れないシロの弱点は、もしかしたら後々役に立つかもしれない。
なんといっても、あのアリスですら軽くあしらわれたのだから。
「フム、では聞くがイイ。ワタシは今、人の形をしているが本来の姿ではない。この姿はタクミの好みに合わせて変化させたからな」
「タクミさんの好みっ!?」
レイアがシロをじっと見る。
その目線は何故かシロの胸に集中していた。
そして、次にレイアは自分の胸を見て、ガックリと肩を落とす。
「……タクミさんは、大きいのがお好みなのですね」
「いや、そんなことないよっ! 違うからねっ! シロが勝手にそう言ってるだけだからねっ!」
本当は大きいのが好きとか言ったらレイアが久しぶりに腹を斬りそうになるので、内緒にしておく。
「えと、続きを話していいカナ?」
「ああっ、早く話してくれっ!」
すでにレイアは、聞いていない気がするが、シロが続きを話しはじめる。
「まあ、タクミは最初の姿を知っているから言うまでもないが、ワタシの身体には、目や鼻や耳は存在しない。この姿にあるものは、すべて偽りの飾り物ダ」
「じゃあ、もしかして、シロは何も見えていないのか?」
そう尋ねると、シロは人差し指を立て、天に向かって腕を真っ直ぐ上に伸ばす。
「遥かな上から見ているんダヨ」
ぞくっ、と背筋に冷たいものが走った。
やはり、シロは別次元の存在なのか。
「オマエたちのような視覚に頼ったものではないんダ。別の世界から覗いている感じカナ。だから背後からワタシを攻撃しても意味がないヨ。全部見えているからネ」
「そ、それは弱点ではなく、特技じゃないのか?」
「いや、欠点ダヨ。大きく周りは見渡せるということは、小さなものを、見過ごすことに繋がるんダ」
なるほど、そう言われれば弱点といえなくもない。
「耳も同様ダ。ここら一帯の声はすべて聞こえるし、耳を澄ませば、この国全土の小さな声を聞くこともできる。だから聞こえ過ぎて、大事な音を聞き漏らすことがアル」
無敵に思えたシロだが、万能というものは、それが弱点になることもあるのか。
「そして、なにより最大の弱点は、敵がいないということダ。だからどうしても油断してしまうし、遊んでしまう。自分でこうして弱点を教えても、まるで、負ける気がしないんダヨ」
確かに今聞いた弱点をどのように活用したら、シロに勝てるかなど、俺には思い浮かばない。
だけど、俺と違って、アリス達ならこんな小さな弱点からでも突破口を見つけてしまうのではないか。
そんな風に思ってしまう。
「聞いたか、レイア、シロの弱点を」
「え、いや、全然、聞いてなかったです。私の弱点は胸が小さいことです。すみません」
レイアが俯いたまま、死んだ目で自分の胸を見つめている。
可哀想なので、そっとしておいてあげよう。
「でも、あまり俺の仲間を舐めない方がいいぞ、シロ」
弱っているレイアを後ろに隠しながら、シロにむかって胸を張る。
最弱の俺は、どれだけ弱いと言われても気にならない。
むしろ、誤解を解いて弱いことを世間にバラしてほしい。
しかし、これまで俺を守ってきてくれた仲間達が相手にされないのは、少し悲しかった。
「俺の仲間はまだまだ強くなる」
「ウン、わかった。期待してるヨ」
そう言ってちょっと嬉しそうに微笑むシロは、本当に美しかった。




