八十五話 二人きり生活 完結編
「これより、二人きり生活の結果を発表するっ!」
五日目が終わった朝。
俺とヌルハチの前に、再び最初の四人が集まる。
そして、ドキドキの結果発表を前にして、四人はまったく緊張している様子はない。
どうやら、俺の後ろにある改造された洞窟が気になって仕方がないようだ。
「それではまず、栄えある第一位は……」
「いや、もういいで。タッくん」
クロエにドラゴン弁で止められる。
なぜかカルナと同じタッくん呼びだ。
「これ、全員合格やろ?」
バレていた。
いや、もとからバレると思っていた。
俺はちょっと悲しそうに、こくん、とうなづく。
仕方ないのだ。
もともと、俺以外に二人しか住めないところに、四人やってきたことから始まった為に、誰が残るかの争いになった。
だが、中に入らなくても、すぐにわかってしまうほどに、洞窟は大きく改装されている。
「タクミ、三階建ての洞窟なんて初めてみたわ。これ、五人で住んでも大きすぎるんじゃない?」
「ふん、何をいうか」
サシャの言葉に、返答したのは俺ではなくヌルハチだった。
「これからも増えるたびにいちいち改装などしてられんからな。それに、最初から五人ではなく、六人じゃぞ」
「まさか、あなたも住むつもりなのっ! ヌルハチっ!」
「当たり前じゃろう。ちなみにヌルハチの部屋はタクミの隣じゃ」
「はぁ? 何勝手に決めてんのよっ!」
おおう。
いつのまにかヌルハチまで、一緒に住むことになっている。
本当にルシア王国は大丈夫なのか?
二人とも完全に職務を放棄してないか?
「タクミさんの隣はいつも私と決まっているのですが」
まずい、久しぶりにレイアの目が座っている。
「ふっ、言うようになったではないか。ヌルハチに敗れて号泣したことは、もう忘れたのか? 」
俺はすっかり忘れていた。
そういえば、レイアとヌルハチは最初に会ったときに、かなり激しく戦っていたなぁ。
「あの頃の私とは違う」
「面白い。どう変わったのか、見てやろう」
一瞬即発ムードで、バチバチと火花を飛ばすレイアとヌルハチ。
せっかく二人きり生活が終わったばかりなのに、このままでは、隣の部屋争奪戦が始まってしまう。
「なんだ。タクミの隣はバトルで決めるのか? じゃあ、ワタシも本気を出さないとな」
アリスが、コキコキと拳を鳴らしながら二人に近づいていく。
睨み合っていたレイアとヌルハチが、同時にアリスのほうを向いた後、再び向き合った。
「……なんでも、戦いで決めるのは、よくないと思わないか? ヌルハチ ……さん」
「ああ、そうだな。ヌルハチも同じことを考えていたよ」
あれだけ仲の悪かった二人が意気投合して、仲直りする。
「えっ? 戦わないの?」
「「うん、戦わない」」
利害が一致した二人の言葉が見事にハモる。
やはり、まだアリスには、勝てないと思っているようだ。
「そうか、まあ、それでも選ばれるのはワタシだろうな。完璧な二人きり生活だったからな」
アリスの自信はどこからやってくるのだろう。
炊事、掃除、洗濯、どれもがぶっちぎりの最下位だった。
そもそも、洞窟を改装したのは、アリスが掃除中に崩壊させたからだ。
「私も自分が一番だと思っています。アリス様には負けません」
「お、おおぅ、言うようになったではないか、レイア」
あれだけアリスに萎縮してたレイアが、真っ向からアリスに立ち向かう。
「いやいや、この洞窟を改装したのはヌルハチだ。どう考えてもヌルハチが一番多くタクミポイントを獲得しておる」
そのタクミポイント制、もうなくなったからね。
「ふん、甘いわね。私には使わなかったタクミポイントが山のように余っているわっ」
うん、だからそれ、なくなったって。
「はいはい、皆さん、落ち着いて下さいっ。どう考えても、我が一番ですからっ」
クロエがさらりと四人の争いに火を注ぐ。
「タクミ歴が一番浅い新参者が何を言っているのかしら。とりあえず来世からやり直したら如何ですか?」
「長ければいいってものではないでしょう。それだけ長くいてダメだったということは、もう希望はないのでは?」
比較的仲の良かったサシャとクロエまでもが争い始める。
「そのセリフ。聞き捨てならんな」
「珍しく意見が合うな、ヌルハチ」
さらに最も付き合いの長い、アリスとヌルハチまで参戦する。
やばい。
ようやく二人きり生活が終わったのに、このままでは新たな抗争に発展してしまう。
「と、とりあえず部屋割りはくじ引きで決めようか」
なるべく、穏便に済ませようと、妥協案を出してみる。
「タッくんは……」
「タクミさんは……」
「「「タクミは……」」」
五人が見事にハモって、同時に叫ぶ。
「「「「「黙っててっ!!!」」」」」
本当はすごく仲良しなんじゃないだろうか。
もうほっとくことにして、俺は静かにその場から離れていった。
洞窟近くの大岩に座り、空を見上げる。
まだ、夜が明けたばかりで、朝靄が広がっていた。
「……まあ、これでよかったかな」
『本当にそうなのカナ?』
突然、背後から声をかけられたが驚きはしない。
どうやら白い者の登場にも、慣れてきたようだ。
『今回の結果は、問題を先延ばしにしただけじゃないノカ。そんなことをしても、やがては……』
「そんなことはない」
白い者の話を遮って、俺は首を横にふる。
「先延ばしになんてするつもりはない」
『ノカ?』
「誰かを選んで誰かが不幸になるなら、誰も選ばない。俺はずっとこのままでいる」
沈黙が訪れた。
白い者にとっても、俺が選んだ選択は意外だったのだろうか。
輪郭だけで、表情はわからないが、どうやら何かを考えているようだ。
しばらく時間が経った後、ようやく白い者が口を開く。
『……そうか。そんな道もあるノカ。だが、それはあまりにも…… いや、むしろアリなノカ』
ぶつぶつと呟き、最後にぽんっ、と手を叩く。
『いいだろう。その選択は面白い』
白い者がいつものようにニヤリと笑う。
「別にあんたの許可を得る必要はないんだけどな。納得してくれてよかったよ」
話はそこで終わると思っていた。
そろそろ、みんな落ち着いた頃だろうか。
洞窟に戻ろうと岩から降りる。
『ああ、ちょっとまって。一つ条件があるんだケド』
「いや、あんたの許可はいらない」
『聞いたほうがいいヨ。でないと、誰も選ばないんじゃなくて、誰も選べなくしてあげルヨ』
いきなり、背筋が凍りつく。
コイツの正体は未だにわからず、その実力もまるでわからない。
だが、それでも確信めいたものがあった。
白い者は、恐らくこの世界にはない、別次元の強さを持っている。
「……わかった。言ってみろよ。聞くだけ聞いてやる」
再び白い者が笑う。
それは、今までよりも口角が吊り上がった渾身の笑みだった。
「新しくなった洞窟。そこにワタシも住ませて欲しい」
これまでの声と違う。
今までは、レイアが神を降ろした時の声と酷似していた。
およそ、人間には出せないような、様々な声が混ざりあった複合音声。
それが、今は、ただ一つの声に統一される。
その声は明らかに……
「お前……」
朝靄の中、霧が晴れるようにゆっくりと白い輪郭が剥がれていく。
「女だったのか」
ついに、白い者がその正体を現した。




