八十四話 二人きり生活 ヌルハチ編
二人きり生活が終わった五日目の朝六時。
レイア以外の三人も洞窟前に来て、四人が勢揃いした。
その四人の正面に俺は立ち、いよいよ一緒に住むことになる二人を発表する。
……筈だった。
「本当なら、ここで結果発表なのですが、二人きり生活は延長となりました」
「えっ?」
予想外の言葉に四人は揃って、ぽかん、となる。
「あと1名、いまから追加で審査を行いますっ」
レイアとの二人きり生活が終わる寸前に、俺は彼女を呼び出していた。
そう、腰にぶら下げた転移の鈴で。
「お主ら、このヌルハチに内緒で随分と面白いことをやっていたじゃないか」
どどん、という効果音が聞こえてきそうな、そんな迫力で洞窟の上から登場するヌルハチ。
「ちょっと、ヌルハチっ。ルシア王国の仕事はっ? まだ契約期間だったはずよっ!」
「引退したお前の母親に復活してもらった。お宝秘蔵タクミブロマイドの分は、もう働いたぞ」
サシャはそんなものをエサにして、ヌルハチに仕事を押し付けていたのか。
しかし、ルシア王国は、そんな簡単にコロコロとトップが変わって、大丈夫なのか?
「ちょっと待って」
さすがにここにきて、人数が増えることにクロエが抗議してくる。
「その秘蔵ブロマイド、我も見たい」
違った。だいたいなんだ、その秘蔵ブロマイドは。
俺はいつ、そんなものを撮られたんだ。
一方、アリスとレイアは、二人並んでヌルハチの正面に立っている。
「いまさら、この勝負にお前が入り込む隙があると思っているのか? ヌルハチ」
「何をいうか。隙だらけじゃよ、アリス。だいたいその化粧はなんだ? タクミを笑かしにかかっておるのか?」
「ふっ、この化粧のよさがわからないとは。言ってやれ、レイア。 おい、レイア、あれ?」
ダメだ。レイアが肩を震わせながら、ちょっと笑ってる。
「まあ、見ているがいい。大賢者ヌルハチの真の力、今こそ見せてやろう」
うん、こんなところで真の力を見せないでいいから。
こうして、一抹の不安の中、二人きり生活延長戦が始まった。
「思ったより、ひどいことになっておるな」
洞窟の中を見るなり、ヌルハチがため息をついた。
初日で、アリスが洞窟を破壊した為、所々、壁が崩れ、吹きさらしになっていた。
「相変わらず、といったところか。アリスは子供の時となんにも変わっておらん」
「そうだな。いつも俺たちの寝床は破壊されていた」
寝ぼけて宿屋ごと崩壊させた時もあった。
懐かしくも苦い思い出だ。
「さて、どうするんじゃ? 元に戻すだけならすぐできるが……」
「いや、出来れば、こんな風に変えて欲しいんだ」
ヌルハチが来る前に、描いておいた設計図を渡す。
それを見たヌルハチが、にやっ、と笑う。
「これは、なかなかに面白いな。いいだろう。気合いを入れて作ってやる」
「ありがとう、ヌルハチ」
そういえば、ヌルハチが初めて洞窟にやって来た時、別に嫁が何人いようと気にしない、寝室は特に大きくしてやる、とか言っていたな。
結局、いつもヌルハチに頼ってしまう。
冒険者になれなかった時も。
ギルドの再試験の時も。
冒険者をやめた時も。
何かにつけて、ヌルハチは俺のことを見ていてくれた。
だけど、冒険者時代には、その優しさにずっと気がつくことができなかったのだ。
「何か料理でも作っておくよ。食べたい物はないか?」
「うむ、特には…… いや、あれだ。あの甘いやつが食べたいぞ」
甘いやつと聞いて、すぐにわかる。
これまで色々な料理を作ってきたが、アレだけは大失敗してしまった。
「また、失敗するかもしれないぞ。アレ以来、一回も作っていない」
「いいんだ。アレが食べたくなったんだ。頑張ってくれ」
そうまで言われて引くわけにもいかない。
冒険者時代に失敗した苦い思い出と共に、アレのレシピを思い出す。
冒険者になりたての頃、まだサシャ達と出会う前のことだった。
「ヌルハチって、今、何歳なんだ? 百年くらい前からかギルドランキング1位だよな?」
「女性に年は聞くもんじゃないぞ、タクミ。ちなみに何歳なのかは、ヌルハチも覚えておらん」
「えっ、そうなのか、じゃあ誕生日は?」
「そんなもん、もちろん知らん」
それを聞いた時、何故だかヌルハチの誕生日を祝ってやりたくなった。
西方で誕生日に食べるケーキというものがあるのを知る。
ロクなレシピがわからずに、見様見真似で、独自に作ったケーキは、見た目だけ似せた甘いだけの粗悪品だった。
「なんじゃ、それは」
「いや何でもないんだ」
捨てようとしていたケーキを発見され、奪われる。
「これが誕生日ケーキというやつか。ヌルハチを祝うつもりだったのか? 誕生日もわからんくせに」
「それでも、祝いたかったんだ。失敗したけど」
あの頃の俺は、まだ料理も未熟で、本当に役立たずだった。
「地獄のような甘さだな。これは忘れられん」
ケーキにかぶりついたヌルハチが笑う。
「今日からこの日がヌルハチの誕生日だ」
思えば、料理がうまくなりたいと思ったのは、その日が最初だったかもしれない。
あれから十年、いまなら、レシピがわからなくても、あの時よりはマシなケーキが作れるはずだ。
これまでの経験と、ヌルハチへの感謝の気持ちをケーキに込める。
新しい誕生日ケーキが完成した。
「なんじゃ、これはっ! 甘くないっ!」
そう、そのケーキは見た目は完全に、前と同じだが、味は全く違う。
「うん、これはほとんどが米で出来ているんだ」
見た目はケーキだが、この料理は俺が今まで培った技術を全て詰め込んだ、ケーキ型のおにぎりだった。
「ははっ、このイチゴは梅干しで作ったのか! チョコのかわりにオカカか。熟成されたラビ肉も土台に敷き詰めてあるなっ!」
「ああ、わからないものを作るより、自分に出来ることを最大限に活かすほうがいいことに気づいたんだ」
「ふむ、そうだな。それが一番だ」
どうやら十年ぶりのリベンジは果たせたようだ。
満足してうなづいていると、ヌルハチは洞窟のほうを向く。
そこには、以前の面影もない、変わり果てた洞窟が広がっていた。
「……しかし、これからやろうとしていることも、まったくわからないことではないのか?」
ヌルハチの言う通りだった。
しかし、残された道はそれしかなかったのだ。
「よかったら色々と教えてほしいのだが……」
「長く生きているが、その経験はほとんどない。タクミとあまり変わらんぞ」
頼みの綱のヌルハチも、この分野ではあまり役に立たないようだ。
もう一度、改めて洞窟を見直す。
三人入るのがやっとだったその洞窟は、倍以上に大きくなり、十人近く住めるようになっていた。
それは決してハーレム生活とかいうやつではない。
そう、俺は決意したのだ。
望む者、全員と暮らすことを。




