八十三話 二人きり生活 レイア編
二人きり生活最終日。
長かったこの生活もようやく今日で終わりを迎える。
最後は、二人で生活したこともあるレイアだ。
ほかの三人に比べれば、随分楽に過ごせるだろう。
そう簡単に考えていた。
「よ、よろしくお願いします。タクミさん」
「う、うん。よ、よろしく」
その考えは朝一番に砕け散る。
何故だろうか。
気心が知れているはずなのに、他の三人より緊張する。
「レイア、なんかいつもと雰囲気が違う? 化粧とかした?」
「い、いえ。サシャ殿に勧められたのですが、やめておきました。タクミさんには、いつもと同じ、ありのままの私を見てもらおうと思いまして」
「そ、そうか。なんでだろうな。いつもより、き…… いや、なんでもない」
危ない。いつもより綺麗などという歯の浮いたセリフを言ってしまうところだった。
「ああ、そうだ。そろそろ朝御飯を作らないとな」
「いえ、今日の御飯は私が」
「いつもと同じでいくんだろう。普段通りに過ごしてくれ」
「……あ」
レイアから逃げるように洞窟の外に出る。
なんだ、どうしてだ。
同じ空間にいるのが非常に照れ臭い。
おかしい。
まさか、白い者が何かしているのか?
『だから、何もしてないっテ』
「おっふ」
いきなり目の前に現れたので、変な声を出してしまう。
『すぐにワタシのせいにするのやめてくれナイカ。今回だけではなく、ワタシはこれからもずっと傍観者ダ』
「す、すまん。でもお前はなんのためにいるんだ? いや、いったいお前は何者なんだ?」
『そのまま、そっくり質問を返したいヨ。タクミ、キミこそ、いったい何者ダ? 』
質問を質問で返される。
「いや、俺はまわりに振り回されているだけの、特に何もしてない、ただのおっさんだよ」
『そんなはずはナイ。ワタシがわからない者の存在など、普通ならありえないんダ。アリスだけじゃない。様々な者達がキミに引き寄せられる。そう、このワタシでさえ、まるでただの駒のヨウダ』
相変わらず、白い者は何を言っているのか理解不能だ。
『キミはもっと自覚したほうがイイ。すべてはキミを中心に動いているヨ』
「どういう意味だ? もっとわかりやすく説明してくれ」
『バグはアリスだけじゃなかったヨ。もう一つのバグが育ってきてイル』
そう言った白い者は、レイアがいる洞窟を指差して、いつものように、ニタリと笑う。
『アリスを選んだら、今度は彼女が第二のアリスになるヨ』
まさかっ!
そんなことがあるのか?
それは、レイアがアリスのように強くなるというのか?
この世界を滅ぼしてしまうくらいにっ!?
「……バカな、それじゃあ、どんな選択をしても」
『うん、もうすでに、どうしようもないカモしれないネ』
なんだ、いったい何がどうなっているんだ?
俺が誰かを選ぶことで、いや、誰かを選ばないことで、本当に世界がどうにかなってしまうのか?
いつのまにか、白い者は俺の目の前から消えている。
もしかしたら、その存在そのものが俺の妄想ではないのか。
そんな考えが頭をよぎる。
「あれ、タクミさん。誰かと話していませんでした?」
声が聞こえたのかレイアが心配して、洞窟の外までやってきた。
「大丈夫、ちょっと一人言だよ」
アリスやレイアが世界を壊すなど、あり得るはずがない。
俺は何事も無かったようにレイアに向かって微笑んだ。
最初はぎこちなかったが、日が暮れる頃には、いつものように自然体で話せるようになっていた。
「ああ、タクミさんっ、その料理はっ!」
夕食に出した料理を見てレイアが、満面の笑みを浮かべた。
レイアに出すのは2度目になる。
鶏肉のお腹の中にお米と少量の野菜を詰め込み、ローストした俺の得意料理だ。
サシャが来た時に作ったら、自分の時はなかったと、レイアが拗ねていたので、今回再び作ってみた。
「まあ、なんだ。出会った時には作れなかったからな」
「ありがとうございますっ! あっ、しかも、この横にあるのはっ!」
「うむ、レイアが剥いた芋を薄く切って、揚げてみたんだ。付け合わせに食べてみてくれ」
「はいっ、これも食感がパリパリっとして、とても美味しいですっ! ありがとうございます、タクミさんっ!」
よかった。
かなり喜んでくれたようだ。
白い者に色々言われたが、こうして無邪気なレイアを見ているとアリスのように強くなり、世界を壊す存在になるなど、考えられない。
「そういえば、最近、レイアは神降ろしを使わないな。なにか理由があるのか?」
以前はお使いにいくにも、韋駄天の神などを使っていたが、まったく使うところを見なくなった。
まあ、ちょっと怖いから使わなくていいんだけど。
「はい、元々、私の神降ろしは一体だけで、残りの神は里の者達のものでした。前回の大草原の戦いの時に、あるべきところに返してしまったのです」
「え? そうだったのか」
これはますます白い者の言った言葉が信用ならなくなる。
得意技の神降ろしがなければ、レイアは随分と弱体化しているはずだ。
「しかし、ご安心ください、タクミさん。私の中にあった多くの神々はいなくなりましたが、私は更なる力を身につけました」
「へ?」
いや、身につけなくていいんだけど。
そうか、身につけちゃったのか。
「私に残された唯一の神、『亜璃波刃』は、他の者が降ろした神を奪う能力を持っていました」
おおう、なかなか反則級の神様を持ってらっしゃる。
「でも全部返したんだろう?」
「はい、しかし、『亜璃波刃』には更なる特殊な能力が備わっていたのです。私は、その能力により以前よりも遥かに強大な力を得ることができました」
それを聞いた時、嫌な予感がした。
確か、大草原の戦いの時、レイアとアリスは戦ったと聞いている。
そこで新たな能力に気が付いたなら、それはアリスにも対抗しうる能力ではないのか?
「私がここにいるのは、ずっとアリス様の代わりだと思っていました。アリス様がタクミさんと並び立つ力を手に入れた時、私は必要なくなり、この場所から立ち去る覚悟でいたのです。でも、今は違います」
いや、並び立つも何も、生まれた時から、アリスの方が遥かな頂に、立っていますよ?
「私はアリス様に、いえ、誰にもこの場所を譲りません。そのためなら、たとえ神でも斬り伏せるつもりです」
「そ、そうか。しかし、あれだぞ。別に俺はそんな強さはまったく求めていないぞ」
「タクミさんは宇宙最強ですからね。確かに強き者など必要ないでしょう。これは私達が勝手に決めているだけです。最強の隣には最強が並ぶべきだと」
その理論でいうと、俺の隣には最弱が並ぶことになる。
不意にデウス博士の顔が頭に浮かぶ。
うむ。確かに同レベルの者だと落ち着くな。男だけど。
「レイアはいつかアリスを超えれると思っているのか?」
「はい、私はもう決して諦めないと誓いましたから」
満面の笑みで微笑むレイアを見て、白い者が言ったことが真実であると感じてしまう。
アリスを選べば、レイアが。
レイアを選べば、アリスが世界を滅ぼすなら、本当に世界は滅亡してしまう。
しかも、今回の二人きり生活は、強制的にアリスとレイアを選ぶしかなくなっているんじゃないか?
いや、たった一つ。
たった一つだけ、すべて上手くいく方法がある。
だが、俺がそれを実行するには、あまりにも経験が不足していた。
やはり、彼女に助けを求めるしかないのだろうか。
俺は、ついに最後の手段を取ることを決意をした。




