八十一話 二人きり生活 クロエ編
「いったい何がどうなってこんなことになってしまったのですか?」
アリスとの一日が終わり、再び朝を迎える。
つぎの刺客であるクロエがやってきて、昨日の惨状を目の当たりにしていた。
「うん、少し張り切りすぎてしまったんだ」
アリスが少し照れながらクロエにそう言った。
そうか、これで少しなんだ。
振り返って、住み慣れた洞窟を眺める。
もはや、いつ崩壊してもおかしくないほど、ボロボロになっていた。
「炊事洗濯掃除、全部任してくれ」
自信満々にそう言ったアリスの家事は、レイアを上回る不器用ぶりを発揮して、壮絶な破壊活動となってしまう。
炊事は火災が発生し、洗濯は衣類が全滅し、掃除は洞窟が半壊した。
でも、一生懸命頑張ってくれたアリスを怒れるはずがない。
よくやったな、と褒めてやると満面の笑みで、喜んでいた。
「タクミ殿、いいんですか、これ」
「まあ、そろそろリニューアルしようと思っていたから、いいんじゃないかなぁ」
ごめんな、洞窟。
この騒動が終わったらカッコよく改装してあげるからな。
「まあ、ざっとこんなものだ。クロエも頑張るがいい」
「は、はぁ。が、頑張ってみます」
アリスがクロエの肩をぽんと叩き、やり切った感満載の満足顔で去っていく。
残されたクロエと俺は、朝靄の中、呆然と顔を見合わせる。
「まずは片付けからはじめましょうか」
「すまん。非常に助かる」
こうして、二人きり生活二日目が始まった。
「とりあえず瓦礫を外に出していきますね。ついでに要るものと要らないものに分けて下さい。この際だから、大掃除も兼ねて頑張りましょう」
非常にテキパキと片付けてくれるクロエを見て安心する。
最近はましになってきたが、レイアもここに来た頃は、よく失敗して、いろんなものを破壊していた。
「そういえば、もう冬なのにクロエはいつも薄着だな。寒くないのか?」
「ええ、元々ドラゴンは体温が高いので、服を着なくても大丈夫なんですよ。さすがに裸だと恥ずかしいので、人間形態の時は、最低限の衣類を身に付けています」
もう慣れてしまったが、最初は水着のような格好に随分と動揺したものだ。
「タクミ殿はこの格好はお嫌いですか?」
「い、いや、いいと思うぞ」
前言を撤回する。
やはり、間近で見たら、大きな二つのものが目に入ってしまい、かなり照れてしまう。
そういえば、クロエはレイアと同じ時期に出会ったのが、これまで二人きりになったことなど一度もなかった。
なんだか、急に意識してしまい、顔まで見れなくなってくる。
「そ、そうだ。クロエはまだ朝ごはんを食べてないよな。今から支度するよ」
「い、いえ、この生活はタクミ殿に気に入られる為の審査でもあるのですから、朝ごはんの用意は我が致します」
「いや、洞窟を片付けてくれるだけで充分だから、こっちは任せてくれ」
昨日の朝食は、アリスの手作り『生魚の活け造り昆虫和え』で地獄を見た。
クロエを信じないわけではないが、今回はなるべくなら自分で作りたい。
「わかりました。タクミ殿は一緒になっても料理は譲らなそうですね」
「へ? 一緒に?」
「あっ」
二人して顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「そ、それじゃあ、ちょっと作ってくるよっ。クロエは何か食べたいものがあるかなぁ」
「と、と、特にありませんっ。タクミ殿の料理は全部大好きですっ。あ、しいて言うなら、出会った頃、最初に頂いた鍋料理が食べてみたいですっ」
「ああっ、あのラビ汁だなっ。わかったっ、気合いを入れて作ってくるよっ」
「うわぁ、た、楽しみにまっていますっ。あ、片付け頑張りますねっ」
お互いギクシャクしながら、離れていく。
なんだ、これ。
めっちゃ照れるんだけど。
そういえば、今までの人生で、こんなシュチュエーションはなかった気がする。
まさか、いい年になってから青春がやってくるとは、思ってもみなかった。
『なんだか、アリスの時と違っていい雰囲気ダネ』
「うわぁっ」
料理の支度をしている時に、声をかけられ、驚愕する。
いつのまにか、白い者が背後に立っていた。
「おまえ、いたのかよっ」
『ずーっといたヨ。アリスの時は優しく見守っていたけどネ』
アリスと過ごしている間は、完全に気配を消して傍観していたのか。
「だったらどうしていま現れたんだ?」
『あまりにもアリスとの差がついたからカナ。審査はフェアじゃないといけないヨ』
「……どういう意味だ?」
『わかってるだろう? キミはアリスを娘としか見ていない』
「……それは」
それは仕方がないことだ。
出会った時、俺とアリスはまさに親子みたいな関係だった。
『選択を間違えないことダ。後悔しない為に』
そう言い残して、白い者は消えていく。
俺は何も答えず、ただ、鍋の前で立ちすくんでいた。
クロエとの一日は、片付けをしている間に、あっという間に夜になってしまう。
なんとか二人が寝る場所は確保したので、布団を二組用意する。
「タクミ殿、この線は?」
「ああ、それはレイアと住むことになった時に作っだ境界線だ。夜寝る時はお互いこの線を超えることを禁じている」
「なるほど、前にレイアから聞いたことがあります。タクミ殿の隣で寝てしまうと、流れてくる力に対抗できず、壊れてしまう、そういう設定ですね」
「うむ、よくわかったな、そういう設定…… いや設定じゃないぞっ、真実だぞっ」
「ふふ、そういうことにしておきますね」
話しながら、二人境界線を守って寝床につく。
アリスと過ごした一日と違い、クロエとの一日は非常に穏やかな一日だった。
安心感からか、すぐに睡魔がやって来て穏やかな眠りに誘う。
「タ、タクミ殿、タクミ殿っ」
しかし、眠りの世界に突入する寸前にクロエの声に起こされる。
見るとクロエは、寝転んだまま、胸を押さえ、赤い顔をしてこちらをじっ、と見ている。
「ど、どうしたっ、クロエっ! 風邪か? 体調が悪いのかっ!?」
「ち、違いますっ! 寝る前にタクミ殿の顔を見ていたら、急に胸が苦しくなってきたのですっ。これがっ、この凄まじい力が、レイアの言っていたタクミ殿から流れる力なのですねっ!」
いや、そんなものはまったくない。
「我はっ、我はどこかでタクミ殿の力を疑っていましたっ! まさかっ、ここまで離れて寝ていたのに、その力の影響を受けるとはっ! 恐ろしい力ですっ、タクミ殿っ、信じられなかった自分が恥ずかしいっ!」
症状が初期の頃のレイアとまったく同じだ。
おそらく、レイアと同じ原因不明の奇病である。
だとしたら、解決の方法は一つしかない。
「大丈夫だ。こちらを見ずにさらに距離を置いて深呼吸するんだ。それでレイアはいつも落ち着いていた」
看病して触ったりすると、病状はますます悪化する。
ほっておくのが一番の特効薬だ。
「はぁはぁ、すいません、タクミ殿。少し落ち着いてきました」
「そうか、それは良かった。そのままゆっくり休んでくれ」
境界線より、さらに離れた位置に布団を再配置して仕切り直す。
しばらくすると、クロエのほうから静かな寝息が聞こえてきた。
「おやすみ、クロエ」
「おやすみなさい、タクミ殿、むにゅむにゅ」
寝ていると思ったクロエから、半分寝言のような返事が返ってきて、安心する。
二人きり生活二日目が終了した。




