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閑話 アリスとクロエ

 

 人間の宿に泊まるのは初めてのことだった。

 明日から四日間、四人で順番にタクミ殿と二人きり生活を送ることになる。

 そのためにサシャが宿をとってくれたのだが、まさか四人とも同じ部屋だとは思わなかった。


「明日は早いし、もう寝ようと思うのだが」

「何を言ってるの、アリス。女の子が複数で泊まる時は、朝まで恋話(コイバナ)をしないといけない決まりがあるのよ」

「そ、そうなのか。それならば仕方ないな」


 アリスは完全にサシャのおもちゃになっている。

 先程、王宮御用達のメイクとか言われて、なすがままにされたアリスの化粧は、どこかの部族に呪いをかけられたような恐ろしいものに仕上がっていた。


「ほら、クロエとレイアもこっちに来なさいよ。話しやすくなるようにお酒もいっぱい用意したのよ」

「いや、私はまだお酒を飲める歳では、ああっ、アリス様、ラッパ飲みをしてはいけませんっ」


 レイアが慌ててアリスを止めに混ざっていく。

 まずいぞ。完全にサシャのペースに巻き込まれてしまう。

 ここはうまく誤魔化して逃げなければ……


『クーちゃんっ、助けてっ、うち、酒浸しやっ!』

「ああっ、カル姉っ、いつのまにっ!」


 腰にあったはずのカル姉が酔っ払ったアリスに奪われ、酒樽の中に突っ込まれている。


「ほらほら、クロエも呑んで、本音を全部ぶちまけちゃいましょうっ!」

「むぽぅっ」


 カル姉を助けに行こうしたところに、サシャに瓶ごと酒を突っ込まれた。

 ものすごい勢いで、酒が喉を流れていく。

 あ、これあかんやつや。

 そう思ったところで、うちの意識はかなり曖昧になっていく。

 この後、何を話したかは、起きてもまったく記憶に残っていなかった。



 目が覚めたのは朝になる少し前だった。

 サシャとレイアが絡み合うようにベッドで眠っていた。

 何故か間にカル姉が挟まれていた。

 何があったかは、永遠の謎である。


 少し酔いが残っていたので、外の冷たい風に当たろうと窓を開けると、バルコニーにある木製の椅子にアリスが座っていた。


「おはようございます、アリス」

「ん、ああ。もうすぐ朝か。おはよう、クロエ」


 アリスの顔は少し赤らんでいた。

 酒が残っている、という風ではない、どこかソワソワしているようで落ち着きがない。


「もしかして、タクミ殿の所に行くから、緊張しているのですか?」


 びくん、とアリスの身体が揺れる。


「そ、そ、そんなことはないぞ。タクミとは幼少の頃から一緒にいたのだ。今更二人きりになっても、緊張などするはずもない」

「子供の頃とは、また意味が違ってくると思いますけど」


 そう言うとアリスは、たらぁ、と汗を流して、ワザとらしく口笛を吹き出した。

 でも、不器用なのか、かすれたひゅー、ひゅー、という空気音しか聞こえてこない。


「タクミ殿が好きなのですね」

「……お前は違うのか? だったらこの前渡した紙をかえせ」


 そういえば、少し前に六番と書かれた謎の紙をもらっていた。


「別に好きではないとは言ってません。ただ、出会った頃とは、少し変わってきているのです」

「どういう意味だ?」

「最初は、その強さに惹かれました。だけど、それは純粋な愛情などではなく、ドラゴン一族の繁栄の為に、タクミ殿を利用しようとしていたように思います」


 タクミ殿をドラゴン一族の王として迎えれば、我らドラゴンがこの世界を制覇することも不可能ではない。そんなふうに考えていた。


「今は違うのか?」

「長く一緒にいることで、タクミ殿の魅力が強さだけではない事は十分わかりました」

「うむ、よくわかってるじゃないか。その通りだ」


 うんうん、とまるで自分が褒められたように満足気に頷くアリス。


「それに最近は一つ、タクミ殿に関して疑問に思うこともあるのです」

「ほう、それはなんだ、いってみるがいい」

「……タクミ殿は本当に強いのでしょうか?」


 カル姉の声が聞こえるようになってから、その疑問を抱くようになっていた。

 カル姉のタクミ殿に対する対応は、強者に対するものではなく、むしろひ弱な者を守るような、そんな態度で接している。

 さらにタクミ教室が始まり、その授業に関わることで疑問はさらに強くなっていく。

 そして、自分はまだタクミ殿がまともに戦っているのを、見たことがないという事実に気がついた。


「いってる意味がわからないが? それは精神的な強さとか、そういう意味か?」

「いえ、思いっきり物理的な意味です。タクミ殿からは、アリスやヌルハチから感じられるような強者のオーラがまるで感じられない。レイアにはタクミ殿がその持てる力をすべて解放すれば、この世界は滅んでしまうと聞いているが、誰かと戦う時ですら、まったく力を解放しないのは、おかしくはないだろうか」


 カル姉にも、そのことは聞いたことがなかった。

 もし、本当にタクミ殿が弱かったら、我はどんな感情を抱くのか。

 それを身内であるカル姉に知られることが嫌だったのかもしれない。


「ふん、くだらぬな。そんなこと、私は出会った時から気づいていたぞ」

「で、では、やはりタクミ殿は、最強などではなく、本当は弱いのですか?」

「違う。タクミは今も、さらに強くなろうと修行しているのだ」


 アリスは自信満々に語り始める。


「ワタシやタクミほどの強さになると通常の修行をしても、得られる成果は微々たるものだ。しかし、タクミは自らの力を極限まで抑えることで、多大なる成果を上げているのだ」

「は、はあ」


 以前の自分ならまるごと信じたのだろうが、今はもう信じられない。

 戦闘や授業で困った時、カル姉とあわあわしているタクミ殿を何度も見ている。


「昔、一緒に冒険をしていた時もタクミは何度も死にかけてな、その度に恐ろしい程の力を手に入れていったのだ。中でも凄まじいのが、キメラの一撃を……」


 アリスの話は止まることがなかった。

 得意気にタクミ殿の話を延々と話続ける。


 実に楽しそうに、タクミ殿のことを熱く語るアリスを見ているうちに、タクミ殿が強くても弱くても、どちらでもいいような気になってきた。


 うん、そうだ。

 我はタクミ殿が好きだ。

 彼の周りに集まる者を含めて、一緒にいるとすごく幸せな気分になる。

 それは、彼が強いか弱いかなど、まるで関係ないのだ。


 アリスの話が終わらないまま、いつのまにか日が昇り始め、約束の時間がやってくる。


「ああっ、いつのまにかっ、こんな時間にっ!」


 慌てて支度を始め、バタバタと出発するアリスの背に向かって声をかけた。


「頑張ってきてください。我も負けませんけど」

「ああ、行ってくる。ワタシには勝てないと思うが、クロエも頑張るがいい」


 一生懸命なアリスを見送りながら、思わず微笑む。

 しばらくはこのままでいいか。

 そんなふうに思いながら、アリスが居た椅子に腰掛けた。




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