八十話 二人きり生活 アリス編
タクミ教室は五日間の休みを取ることになった。
明日から四日間、アリス、クロエ、サシャ、レイアの順で、二人きり生活が始まることになってしまったからだ。
「それじゃあ、開始は明日の朝六時から、一人二十四時間ずつね。みんな一旦帰って、決戦の準備をしましょう」
サシャがその場を仕切り、各々が身支度をしている。
「すまない、私は帰る家がないのだが」
「大丈夫よ、レイア。みんなでタクミ町の宿に泊まりましょう。アリスとクロエもどうかしら? 自宅までかなりの距離があるでしょう?」
アリスがサシャをジト目で見ている。
「……何か企んでないよな? サシャ」
「あら、アリス。私がいままで、そんなことをしたことあったかしら?」
うん、けっこうあった気がする。
アリス、気をつけて、たぶん、サシャ、何か企んでる。
「そうだな、そんなことはなかった気がする」
十年前、まだ幼かったアリスはサシャに何をされたか、あまり覚えていないようだ。
大丈夫だろうか。ちょっと心配である。
「タクミ殿、二人きり生活ということで、カル姉も連れて行こうと思いますが、よろしいですか?」
「えっ? カルナも連れて行くのか?」
「はい、カル姉がいては、話しにくいこともありますので」
クロエの申し出に一瞬躊躇してしまう。
これ、本当に二人きりになるじゃないか。
出来れば、カルナには残っていてほしかったのだが……
『ええっ! めっちゃ見たかったのにっ!』
カルナは納得していないが、クロエはぶんどるようにカルナを持っていく。
「ありがとうございます、タクミ殿。明後日にまた来ますので、どうかよろしくお願いします」
「それじゃあね、タクミ。また三日後に」
「タクミさん、四日後に参ります。それまで、どうかお身体に気をつけて」
「あ、明日、やってくる。またな、タクミ」
身支度を終え、山を降りて行く四人を見送る。
ぽつん、と一人残された俺は、しばらく呆然と突っ立っていた。
『さみしいのカイ? 大丈夫ダヨ、ワタシがずっとそばにいてあげるヨ』
「お前はいらない」
白い者にそう言って洞窟に入る。
十年間、ずっと一人で生きていた。
いまさら、また一人に戻ったところで、寂しいなどと思わない。
なのにどうしてだろうか。
一人で洞窟にいると、いつも狭かったはずなのに、すごく広く感じてしまう。
俺が誰も選ばなかったらどうなってしまうのだろうか。
そんなことを考えながら、眠りについた。
翌朝、洞窟にやってきたアリスを見て、俺は固まった。
「おはよう、タクミ。今日から一日、よろしく頼む」
「う、うん。お、おはよう、アリス」
ツッコミを入れていいのだろうか。
ギャグのつもりでやっていなかったら、アリスが傷つくことになる。
「と、ところでアリス。今朝はなんだかいつもと違うね」
「さすが、タクミっ! 気がついてくれたのかっ!」
当たり障りのない感じで、ソフトに触れるとアリスの顔がパァ、と明るくなった。
「昨晩、サシャに勧められて、初めて化粧というやつをしてみたんだ。王宮御用達のメイクを教えてもらったんだよっ! どうだ? 似合っているか?」
「お、おおっ、バ、バッチリ似合っているよっ!」
やはりサシャは企んでいた。
アリスの顔は、白塗りに、真っ赤な渦巻きほっぺ、さらにマツゲは、これでもかというくらいに伸びきっている。
もはや、原型をとどめていないアリスの顔に、俺は必死に吹き出すのを堪えている。
なんという恐ろしいことをするんだ、サシャ。
アリスに真実を伝えたら、命がいくつあっても足りないぞっ。
「よかったよ。自分ではよくわからないからな。もし、サシャにからかわれていたなら、細切れにして、豚の餌にするところだった」
ほらっ! えらいことになるだろうっ!
サシャが来た時に、ちゃんと説教しておこう。
「そ、そうだね。とても前衛的で魅力的な化粧だとおもうよ。でも、ずっと見ていると緊張してしまうから、やっぱりいつものアリスと一緒に過ごしたいなぁ」
このままその姿でいられると、いつ吹き出してしまうかわからない。
「そ、そうかっ。そんなにかっ。し、仕方ないな。最初から飛ばしすぎても、他の三人が可愛そうだしな。少しは手加減をしてやるかっ」
アリスが嬉しそうに、手洗い場へと向かう。
本当に手加減してほしい。
まだ始まって、五分も経っていないのに、すでにけっこう疲れている。
影でほくそ笑むサシャの顔が浮かんできた。
他にもまだ余計なことをアリスに教えていそうで、超怖い。
とりあえず、まずは朝ご飯でも食べて落ち着こう。
アリスも食事をしている時は落ち着いてくれるはずだ。
アリスは十年前、朝食は米よりパンを好んで食べていた。
パンをカリカリに焼いて、目玉焼きとラビ肉のベーコンを添える。野草サラダに特製のドレッシングをかけて、朝食が完成した。
「あーーっ!」
戻ってきたアリスが大声で叫ぶ。
よかった。化粧はちゃんと落ちている。
「おかえり、朝食できてるぞ。一緒に食べよう」
「う、うん。あ、あの、タクミ、実は……」
朝食を喜んで、叫んだと思っていたが、どうやら違うようだ。
アリスは、手に大きなバスケットを持っている。
もしかして……
「あ、朝ご飯作ってきたんだけど、いらなかったな」
「そ、そんなことはないぞ、アリスっ。そうだっ、アリスは俺が作ったやつを食べてくれ。俺はアリスのご飯を食べる。いやぁ、朝から豪勢だな、楽しみだっ」
「そ、そうかっ、それはいいなっ」
落ち込んでいたアリスが、ぱぁ、と明るくなる。
危ない、この二人きり生活、心してかからないとなにが起きるかわからない。
「アリスの料理なんて初めてだな。いつも一人で作っているのか?」
「そうだな、いつもは肉を焼いたりするだけだけど、昨晩サシャにそれだけじゃダメだと言われたからな、料理は愛情を込めないといけないらしい」
凄く嫌な予感がした。
バスケットを開ける手が震える。
モゾモゾと中でなにかが動いている気配がした。
チラリと少しだけのぞいて、すぐに閉める。
ダメだ。たぶんコレは人類には食べれない。
「サシャが料理は鮮度が命と言ってたからな。よく生で虫とか食べていたから、それをアレンジしてみたんだ。魚も活け造りにしてあるから、まだ新鮮なうちに食べてくれっ」
「そ、それは楽しみだなぁ。い、いただきまぁす」
アリスとの二人きり生活は、開始早々、いきなりリタイアの危機を迎えていた。