七十八話 四つ巴
クロエが正式に弟子入りしてから三日が過ぎた。
白い者はあれから姿を現さず、アリスやレイアもクロエを認めたようで、しばらくは平穏な日々が続いていた。
そう、クロエが引っ越しの準備をしてやって来る今日、この日までは……っ!
「タクミ殿、不詳クロエ、本日よりこちらでお世話になりに参りました!」
ものすごい大荷物を担いでいた。
明らかにドラゴン形態用のベッドまである。
どう考えても洞窟の中には入らない。
「待て、黒トカゲ。弟子入りは許されたが、一緒に住むことが許されたわけではないぞ」
「ふん、何を言うか」
レイアの制止にもクロエは強気に立ち向かう。
「弟子と師匠は免許皆伝の時まで、いついかなる時も共にいるものだと聞いているっ」
「何を馬鹿なことをっ! そんな戯言、誰から聞いたのだっ!」
いや、レイアさん。
前にまったく同じことを俺に言ってましたよ?
「じいちゃんからだ。じっちゃんの名にかけて、我は今日からここに住む!」
「ならんっ、ただでさえ、余計な者がいるのだっ! 住み込みは禁止だっ! すぐに帰れっ!」
一歩も引かないクロエとレイア。
「余計な者って誰のことなのかしら」
お茶を飲みながら、サシャがにこやかな顔で二人の争いを見ている。
たぶん、あなたのことだと思います。
いいかげん、ルシア王国に帰らなくていいのだろうか。
恐らく、ヌルハチがサシャの代わりに頑張っていると思うのだが、文句を言っている様子もない。
サシャは何かヌルハチの弱味を握っているのだろうか。
「あー、クロエさんや」
「はい、タクミ殿」
明るい声で元気よく返事をするクロエ。
めっちゃ断りにくい。
「見ての通り、この洞窟の広さだと三人で暮らすのが限界なんだ」
「そうなんですか。非常に残念です。弟子でない者に出て行って貰わないといけませんね」
おおう、どうやらクロエはまったく引く気はないようだ。
「あら、それは誰のことかしら?」
「もう婚約者のふりをしなくていいのに、タクミ殿の優しさにつけ込んで、いつまでも居候している邪魔な王女など世界に一人しかいないだろう?」
「あらあら、私は別にトカゲが一匹増えても問題ないと思っていますよ。ペットは外で飼うものですしね」
今度はクロエとサシャがバチバチと睨み合う。
何故だ。元々ここは、俺が一人で暮らす快適空間なはずなのに、どうして、こんな修羅場な地獄空間になっているのだろうか。
『なあ、タッくん、サシャに番号の書かれた紙をアリスから貰ってないか聞いてくれへん?』
そして、カルナも壊れたように同じことしか聞いてこない。
何かが、おかしい。
これはもしかしたら、あの白い者が仕組んだ壮大な罠なのだろうか。
『いや、違うヨ』
いきなり背後から声がして、びくんっ、となる。
いつも突然現れるのはやめてほしい。
『これは、君が色々ほったらかしにしているのが原因だヨ。全部ワタシのせいにするのはやめてくれないカナ、……カナ、カナ、カナ、カナ、カナ、カナ、カナ、カナ、カナ、カナ、カナ、カナ』
「す、すいません」
白い者に説教をくらう。
ぐうの音も出なくて、素直に謝った。
「ちなみに、先日からちょこちょこ現れるのは、何か企んでいるんですかね?」
『違うヨ。しばらく見ているといったカラね。本当にただ、見ているダケだ。ことの成り行きと顚末を、ネ』
本当にそうなんだろうか。
そして、そうだとしたら、白い者が見ているのは俺なのか、それとも……
「タクミ」
洞窟の入り口にアリスが立っていた。
やはり、最初以外は、白い者が現れるのはアリスが登場する時だけだ。
「ワタシも、弟子としてここに住もうと思う」
アリスの衝撃発言にレイアとクロエが、がーーん、と大口を開けて固まった。
「……ふん、ついに来たわね。アリスっ」
冷静だったサシャまでが身体中に闘気を纏わせ、立ち上がる。
「アリス様、たとえアリス様といえど、私はもうこの場所を譲る気はありません」
レイアの手はすでにカタナの鞘を握っている。
「うちもやで。一番弟子とか二番弟子とか関係あらへん。しがみついてでも、ここから離れへんからな」
今にもドラゴン形態になりそうなクロエ。
やめてっ! ここでドラゴンになったら、洞窟潰れてしまうからっ!
俺は慌てて、アリスの方に駆け寄った。
「ど、どうしたんだ、アリス。今までそんなこと一度も言わなかったじゃないか」
「……ごめんなさい。まだ、タクミに並び立つことなど出来ないのはわかっている。でも、なんだかとても嫌な予感がするの」
アリスの視線は俺ではなく、俺の背後、白い者に向けられている。
「……なにか、見えるのか?」
「ううん、でもなにか嫌な者がタクミの側にいるような。そんな気配だけ感じるの」
アリスほどの力をもってしても、白い者の存在はほとんどわからないのか。
どうして、俺だけに見えているのだろう。
いや、白い者がわざと俺だけにその姿を見せているのか?
アリスは、レイア、クロエ、サシャの順に見て、最後に俺の方を見て宣言した。
「ワタシは、ここでタクミと二人で住むことに決めた」
それを聞いた白い者がいつものように「ニタリ」と笑う。
『面白くなってきたネ』
二つしかない席に、四人が集まる。
壮絶な椅子取りゲームが始まろうとしていた。




