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一話 弟子の弟子がきた


「貴方様が剣聖アリス様のお師匠様、大剣聖タクミ様でございますね」

「は? いや、人違いじゃないか?」


 草が生い茂る俺の足元に、まだあどけなさの残る少女がひざまずいている。

 もうすぐやって来る冬に備え、洞窟の前で肉を塩漬けにしていた時のことだった。

 長い黒髪に少し切れ長の瞳。年は十五、六歳くらいだろうか。背には少女の身長とさほど変わらないような剣を背負っている。確か、東方の剣でカタナと呼ばれているものだ。着ている衣服も東方の、紅い牡丹ぼたんの花が描かれた白い和服だった。

 一目見てわかった。

 この少女は俺よりも遥かに強い。


「俺は大剣聖なんて大それたもんじゃない。とっくに引退して、山に一人で暮らしているただのおっさんだ」

「ははは、ご冗談を。タクミ様はユーモアのセンスまで抜群であらせられる」


 冗談じゃないんだけどね。

 過去に冒険者として剣を使っていたことはある。だが、冒険者ギルドに所属していたのは、もう十年も前の話だ。剣聖どころか、冒険者レベルは下から二番目のDランクで、いつもパーティーのお荷物扱いだった。

 戦力外通知を受けてパーティーから追放された時に、冒険者を引退し、その後はずっと山でのんびり暮らしている。


「多分、お前さんが言ってるタクミ様は同名の別人だ。残念だったな」

「まさか、そんなことがあるはずがありません。タクミという名の冒険者は、世界に貴方様しか存在しません」

「ふぇっ?」


 思わず変な声を出してしまう。


「まさか、嘘だろう? そんなによくある名前じゃないが、同じ名前の奴、何人かいたぞ」


 冒険者ランキングというものがギルドには存在する。そこにはギルドに所属している者、すべての名前とランクが載っていて、確かタクミという名前は他に二人ほどいたはずだ。


「貴方様以外のタクミはすべて改名されました。今後もその名前をつけることは、世界ギルド法案で永久に禁止されましたので、未来永劫タクミ様は貴方様一人でございます」

「え、何それ、怖い」


 少女が何を言っているのか理解できない。


「何がどうしてそんなことになった? いつ、そんな法案ができたんだ?」


 少女が少し驚いたような顔で首を傾げる。


「ずっと前からですよ。冒険者ランキング一位になった者の名は、誰も同じにしてはいけない。一〇〇年以上前にできた法案です」


 そういえばそんな法案があった気がする。

 だが、冒険者ランキングの一位は一〇〇年前から一度も変わっていないはずだ。


「大賢者ヌルハチが一位じゃなくなったのか? いや、それよりも、俺の名前がそうなったてことは……」

「はい、ヌルハチ殿は三位に転落しました。今、ランキングの一位はぶっちぎりでタクミ様です」


 どがん、と頭を金槌で殴られたような衝撃が走る。

 もはや、現実が受け入れられない。


「い、いやいやいや、おかしいだろ。俺は十年前に引退している。その時の順位は五〇〇位くらいだったが、それも仲間のおかげだったし、それからは何もしていない」

「またまた御謙遜を。タクミ様のご活躍、すべて存じております」


 俺は全く存じてない。山で小動物を狩って、畑を作っていた記憶しかない。


「アレフエンド大洞窟の制覇。エンシェントドラゴンの討伐。ガベル王都の奪還。タクミ様の活躍は過去現在未来において人類史上最高と言われております」

「いや、全然知らんわっ! 俺、ずっと山にいたよっ! 毎日、のんびり暮らしていただけだよっ!」


 思わず大声で叫んでしまった。


「いやご自身の活躍を自慢なさらないとは、本当にタクミ様は素晴らしいお方です」


 ダメだ。何を言っても通じない。

 切り口を変えて質問してみる。


「なあ、それって、俺一人でやったことになっているのか?」

「いえ、冒険者ギルドの記録では、アリス様と二人でパーティーを組んでいたとあります。もっともアリス様は私に、すべてタクミ様が一人で成し遂げたようなものだ、と話してくださいました」

「ちょっと待て、アリスって、あのアリスか?」


 そう言えば最初に「剣聖アリス様のお師匠様、大剣聖タクミ様」と言われていた。

 十年前、冒険者を引退する前に、ダンジョンで幼女を保護したことを思い出す。

 生まれた時からダンジョンで暮らしていたのか、幼女は野生の動物みたいになっていた。その幼女に人間の言葉や、箸の持ち方を教えた記憶がある。アリスという名前も俺が適当につけたものだ。

 弟子なんてものじゃなかった。

 俺はただのアリスの保護者だった。


「はい、アリス様も一人しか存在しません。タクミ様がランキング一位になる前に、一位になっておられます」


 もう、頭がぐるぐると回って、今にも爆発しそうだ。

 あのアリスが剣聖になって、伝説級のクエストを次々に制覇している。しかも、それをまるで俺が一人で成し遂げたようなものだと言っているという。


「だいたいのことは把握した。で、君は何しに来たの?」


 頭を押さえながら、なんとかそう言った。

 後で山から降りて、冒険者ギルドに事実を話しに行こう。

 ランキング一位など、俺には荷が重すぎる。


「はっ、自己紹介が遅れました。私は剣聖アリス様の一番弟子、レイアと申します」


 アリスの弟子。アリスが俺の弟子という設定なら弟子の弟子ということか。

 すごく嫌な予感がした。


「アリス様は人類最強の剣聖でありますが、人にものを教えるのが少し苦手であると言われました」


 じ、人類最強なんだ、アリス。


「そこで宇宙最強と言われる大剣聖のタクミ様に教えを請いに馳せ参じた次第にございます」


 俺、宇宙最強なのっ?

 いや、めっちゃ人類ですよ、俺。

 どこから突っ込んだらいいのかわからない。とにかくこれは絶対に断らなくてはいけないやつだ。

 冒険者を引退した時に、ずっと一人で暮らしていくと決めていた。山での一人暮らしなら、なんの力もない自分でも、誰にも迷惑をかけずに生きていける。この自然以外にもう誰にも関わりたくないと思っていた。


「あ、あーー、レイアさん」

「はい、大師匠」


 やめて、キラキラした目で見ないで。

 あと大師匠とか呼ばないで。


「俺はもう弟子とかを取るつもりはないんだ。一生を一人で生きていくと決めて……。え? 何? レイアさん、短剣を取り出して何を……」


 いつの間にかレイアは、自分の腹に短剣を向けている。


「弟子になるのを断られたら、自害するつもりで参りました。タクミ様、どうか真剣にお考えの上、ご返答をお願い致します」


 あー、ダメだコレ。何言ってもいうこと聞かないヤツだ。

 俺、詰んだ。


「レイアさん」

「はい、大師匠」 

「君を弟子と認めよう」

「ありがとうございますっ、大師匠っ」


 今までずっと跪いていたレイアが喜びのあまり、俺に飛びついてきた。よほど嬉しかったのか、力一杯俺を抱きしめる。

 あ、コレやばい。

 身体のあちこちが悲鳴を上げ、意識がどんどんと遠のいていく。


「あれ、大師匠、大師匠、どうしましたっ」


 弟子の腕の中でぐったりしながら意識を失う。


 この話は俺が本当に宇宙最強になるとか、そういう物語ではない。

 ただ、ただ、人外の者達に巻き込まれながら、勘違いされ続ける悲劇、いや……

 喜劇の物語である。


お待たせしました!

『うちの弟子』漫画版3巻が、ついに3月7日に秋田書店様の少年チャンピオンコミックスから発売しました!

皆様、どうぞ、よろしくお願い致します。


挿絵(By みてみん)


2巻に引き続き、小説版にはない面白さがますます加速しています!

大武会後の新しい物語が始まります!

漫画版で躍動するタクミたちをぜひご覧になって見てください!

どうか、よろしくお願い致します!


1巻、2巻もよろしければ、ぜひご一緒に!


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


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第二部始まりました!

超絶に面白いので、みんな見てねー!


漫画版はなんと、あの内々けやき様に描いていただきました。

かなり素敵で面白い漫画になってますので、ぜひぜひ、ご覧になってみてください!!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 前々からチェックしていたのですが、やっと時間ができたので読み始めました! 1話からいきなり面白いです! 宇宙最強とか、どんだけ^^
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