空中庭園の水怪「05 ある上級近衛騎士の述懐」 (完)
2話同時投稿です。「04 魂の祭」をお読みでない方はそちらからどうぞ('ω')
――そうか。やはりあの日見た亡霊はあの方だったのだな。
本来なら報告すべきところ、今日この日まで黙してきたことを詫びねばならん。
だが、どうしても言えなかった。あの方が死霊化したなどと言えるはずもなかった。ましてや王家の庭だ。そんな場所に本当に王族の亡霊が現れたなどと、外部に漏れたら一体どんな噂を立てられるか。分かるだろう、陛下が即位なさった後の粛清を、未だに恨んでいる者は大勢いるんだ。何を理由に足元を掬われるか分からんからな。
それにお姿をはっきり見た訳ではない。ほんの一瞬だけ、それも揺れる水面越しに見たように判然としなかったんだ。それにお声もひどくくぐもっていた。だから絶対の確証がない限り滅多な報告はできないと、そう思ったんだ。
だが――あの亡霊は確かに私を呼んだ。『久しいな、ロルフ』とそう言ったんだ。くぐもってはいても私にはすぐ分かった。あのお声も、口調も、間違いなくあの方のものだった。聞き違えるはずはない。子供の時分からほとんど毎日一緒にいたんだ。死に別れてからもう随分経つというのに、お声を聞いた途端殿下だとすぐに分かったよ。
……懐かしいと思った。だが、それと同時に恐ろしいとも思ってしまった。立太子を決意なされた直後にあの若さであんなふうに死ぬだなんて、さぞ未練があっただろう。そう思ったら、どうしても言い出せなかった。
ああ、だが――良かった。きっと今までずっと見守っていてくださったのだな。あれほど心根が真っ直ぐでお強く、そしてお優しいお二人だったのだから、怨霊になどなるはずがなかったんだ。
――ここまで心が弱るとは情けない話だが、清廉なあの方々と死霊のイメージがどうしてもそぐわず、それに王家の名を汚すことにもなりかねんと思い悩んでいるうちにすっかり参ってしまってな。
だが、教えてくれてありがとう、モルテン。もう数日もあれば復帰できると思う。団長にもそのように伝えてくれ。私も今日中には手紙を認めよう。
お二人の陛下を想うその御心を無駄にせぬよう、この命が続く限り職務を全うするつもりだ。
これからも共に陛下を――王家を護っていこう。
【登場人物紹介(空中庭園の水怪に名前付きで初登場キャラのみ)】
■イデオン・オーケルバリ
新人近衛騎士。二十歳。若くて有能。同期の出世頭。しかし今どきの若者らしく、色々と感情が顔に出やすい。剣で斬れないので死霊が苦手。というのは建前で、なんだかよく分からないし気味が悪いので怖いというのが本音。
同僚のモルテンを歳の離れた兄か親戚のおじさんのように慕っている。
■モルテン・ヘーグリンド
近衛騎士。四十二歳。近日中に上級職に昇格予定。オリヴィエルの二人の兄の友人だった。二十五年前の落馬事故当時、現場に居合わせた人物。友人を亡くし、さらにその弟であるもう一人の友人を護り切れず目の前で亡くしたショックを引き摺り、その後一年ほど勤めた後に近衛騎士を辞して東方騎士隊に異動した。近衛騎士団には二年ほど前に復帰している。ロルフとは二十五年前当時の同僚で、彼から亡霊の「正体」を密かに聞かされていた。
若い同僚のイデオンを甥っ子のように可愛がっている。
■ロルフ・アルムグレーン
上級近衛騎士。四十二歳。オリヴィエルの次兄の友人。二十五年前の落馬事故当時、現場に居合わせた人物。友人を護り切れず目の前で亡くしたショックを長く引き摺っていたが、どうにか持ちこたえて長年近衛騎士団に務めた。が、警邏中友人らしき亡霊に遭ってしまい、ここにきて色々思い出してなんだか心が折れてしまった。モルテンに励まされて現在は現場に復帰。しかし涙もろくなってトシだなぁと思う今日この頃。