空中庭園の水怪「03 水怪の正体」
翌日、神樹教団の中心ウォード・パラッツ大神殿より派遣された聖魔導士数名により、本格的な現場検証が行われた。結果はやはり「微弱ながら霊的な魔力反応あり」ということだった。つまりそれは単なる残留思念ではない。微弱な反応は意志を持たない低級死霊、もしくは死霊として具現化する直前の状態であることを示唆している。
この結果を受けてオリヴィエルは城内、特に空中庭園周辺の警備を強化した。この区域の警邏担当には聖魔導士を同行させ、死霊出現時には状況次第で対話を試み、危険と判断した場合は直ちに浄化せよと通達した。
できることならばその場に立ち会いたいとオリヴィエルは言ったが、現場の判断に任せるとも言い添えた。亡き兄の霊なら対話したいという王の希望を尊重する余り、近衛騎士や聖魔導士の身が危険に晒されることを危惧したためだ。
「――とはいえ、あれから音沙汰ねぇな」
近衛騎士団及び王都、各四方騎士隊の全てを束ねる王立騎士団の副団長エドヴァルド・フォーシェルは、窓辺から問題の噴水を見下ろして苦笑した。夕刻、噴水の乙女像は夕日の残滓と魔法灯の灯りに照らされて濃い茜色に染まっている。足元で波打つ水面は残照を反射してきらきらと美しく輝き、不気味な死霊が潜む場所には到底思えなかった。
虫嫌いのエドヴァルドに気付かれないよう、こっそりと壁の蜘蛛を始末していたペルゥがぷるんと震えた。その身体を撫でながらオリヴィエルは窓の外に視線を向ける。
「警備で人が増えて残留思念が散らされているのかもしれないとは聞いたが、どうだろうね」
実体を持たぬ思念体は存在感が薄く、生者の発する気配――生身の身体から発せられる生気に満ちた生体魔素には遥かに敵わない。ゆえにその姿形を保てぬほど弱い思念体は、人の出入りが多い場所では気配が散らされてしまうのだ。この状況が続けば二度と具現化しないまま、その存在は消滅するかもしれない。
「このまま何にも起きねぇで済んでくれりゃあいいが」
終業後の私的な時間ゆえに砕けた口調のエドヴァルドは、立ったまま紅茶を啜り溜息を吐く。いかに浮かばれぬ魂であろうとも、強制的な手段に依りて消滅するよりはあるがまま自然に溶け消えていく方がずっと良い。
――時を経て骸が土に還るように、魂もまたいずれは大気に還っていくのだから。
「あと四日何も起きなけりゃ、聖魔導士を引き上げさせてぇって大神殿から打診があった」
正式な通達は明日大神殿から直接出されるだろうとエドヴァルドは言った。
一度は人型に近い姿で具現化した亡霊ではあったが、最後に出現してから既に八日が経過している。魔力探査の反応も微弱となり、この分ではあと数日ほどで消滅するだろうというのが聖魔導士の見立てだった。
微弱なりにもどうにか具現化できたのは、そこが水場だったからだ。水は魔素との親和性が極めて高く、それゆえ魔素を媒体として具現化する死霊には都合がいいのだ。死霊が水場や湿気が多い場所に集う習性があるのはそのためだった。こと、この空中庭園の噴水は魔導具で作り出した水だ。死霊の発生場所としては極めて条件が良い。
「いつまでも彼らを拘束しておくのも申し訳ないな。向こうの希望通り、四日後特別警備態勢を解こう。何も起きなければ、だけど」
そう言って残った紅茶を飲み干したオリヴィエルの肩を、同じく茶器を空にしたエドヴァルドが叩く。
「何も起きねぇことを祈ってる。城内でドンパチはできりゃあ避けてぇからな。さて」
きりりと表情を引き締めた彼は、緩めていた襟を正すと再び庭園に視線を向けた。
「俺は連中を見舞ってくる。肩透かし食らってちっとばかり気ぃ抜いてる奴もいるみてぇだからな」
年若い騎士の中にはこれを機に名を上げようと目論んだ者もいるようだ。主要任務が王家の警護とあって厳しい選考や選抜を重ねて選ばれた精鋭揃いではあるが、近衛騎士団は戦闘部隊と違い目立った成果を上げる機会が極めて少ない。こうした折に手柄を立てようと目論む者が出るのも仕方のないことと言えた。
それゆえ貴重な機会が何事もなく過ぎようとしているこの状況に、士気が低下している騎士もいるようだ。それは窓越しに見下ろしているオリヴィエルからでもその様子が分かる程度には少々目立っていた。
エドヴァルドは見舞いとは言ったがつまりは渇を入れるということだ。こうして別件で気が緩んでいる隙に、良からぬことを企む輩が出ないとも限らない。
――あの忌々しい王位継承権争いの最中、城内は緊張の最高潮にあったが、その一方で気の緩みが目立っていたことも事実だった。お家騒動、改革、革命――そんな言葉に踊らされて、自らの職務を疎かにする者もまた多かったのだ。その隙を突いて王家の居住区域に入り込む者、要人に近付こうとする者は後を絶たなかった。
あの頃まだ騎士見習いだったエドヴァルドは当時の城内の様子を直接は見ていないが、宰相を務めていた父から内情は聞いていただろう。それに騎士訓練校の様子もまた似たようなものだったようだ。自前の剣を持つことを許されない訓練生の身分で王太子派か第三王子派かと浮足立つ同輩達に、彼は相当な不快感を抱いたらしい。
――城内で近衛騎士が気を緩めたために防げなかったいくつかの事件を、彼は苦々しく思っている。
「騎士が気ぃ緩めていいのは騎士服を脱いだときだけだ。勤務中、王家の庭でアレはいただけねぇな」
近衛騎士団にも面目というものは当然ある。指導するにも彼ら直属の上官を通した方が角が立たないのだろうが、この区画への出入りを許可されている要人の一人、そして近衛騎士団を含む全ての騎士隊を管轄下に置く立場としては、直接目にしてしまった勤務態度の緩みはその場で正したいと彼は言った。
「厳しいね」
「当たり前だろ。何のための近衛だよ」
一見寛いでいるように見えるときですら、実は一切気を抜くことはないエドヴァルド。彼が気を緩めるのは自宅に戻ったときだけだ。
そんな彼が副団長職を退き、いずれは己の側近となる。
頼もしくもあるが恐ろしくもあるなと秘かに笑いながら、「僕も行くよ」とオリヴィエルは言った。
「陛下直々の激励たぁありがてぇな」
「お前が鞭を与えるつもりのようだから、僕は飴を与えることにするさ」
「何事もバランスって訳かい。ま、いいさ」
エドヴァルドはにやりと笑う。
「御意のままに、我が君」
十数分後、二人と一匹は護衛を伴い空中庭園を訪れていた。連れのスライムに瞠目した者もいたようだったが、先触れもなく現れた王と王立騎士団重鎮を、警邏隊に交じる若い騎士達は興奮と畏敬の眼差しを以って迎えた。
「ご苦労。変わりはないかな」
たった一言発しただけだったが、彼らの背筋がぴんと伸びた。引き締まる面持ち、敬意が込められた真剣な眼差し。この眼差しを決して裏切ってはならないと王自身もまた気を引き締めていたことを、彼らが気付くことはない。
「異常ありません。平和なものです」
しかし王と付き合いの長い上級近衛騎士のこの言葉に、幾人かの目の熱が引いた。中には失望の色すら浮かべている者もいる。王の御前で何の実入りもない警備の報告をせねばならないことを、内心悔しく思っているに違いない。
――近衛騎士の選定基準の一つに、王都騎士隊もしくは四方騎士隊の戦闘部署に所属し二年以上の実務経験がある者、という条項がある。ゆえに近衛騎士の全てが、街の警備や捕り物、討伐で常日頃から国民の目に触れる場所で活躍してきているはずだ。
一定の権利と身分を保証された騎士として人々の尊敬と羨望の眼差しを受ける生活が当然だった彼らにとって、ごく限られた者しか出入りしない幾重にも囲まれた壁の内側で、代り映えのしない顔ぶればかりを警護する近衛騎士の生活は、ひどく地味で退屈なものに思えることだろう。年若く上昇志向の強い者ならなおさらだ。
彼らの態度の変化に当然エドヴァルドも気付いたようだ。
「仮にも陛下の御前でその態度はなんだ。異常なしなら何よりと思え。貴君らの職務は陛下や城内に務める者全てが恙無く一日を終えられるよう努めることだ。決して華々しい戦果を上げることが目的ではない。貴君らの勤務態度はそのまま団全体、ひいては陛下の評価にも繋がる。近衛騎士団長に恥をかかせるな。改めろ」
(……仮にもって何だい、仮にもって)
その言葉が一体どこに掛かるのかは気になるところだ。友人を偉大な脱走王と評価する幼馴染みの台詞に多少の引っ掛かりを覚えつつも、敢えてこの場では指摘せずオリヴィエルは穏やかに微笑みながら騎士達を見守った。
語調こそ穏やかだったがエドヴァルドの言葉は厳しいものだ。王に褒められるどころかその御前で騎士団の重鎮に叱責された彼らは、内心を見透かされて可哀そうなほどに恐縮していた。
そろそろ「飴」を出すかと、頃合いを見計らって口を挟む。
「些細な気の緩み、過ぎた出世欲が思わぬ事態を招くこともある。それで身を亡ぼした人間を僕は何人も見てきた。その中に君たちの誰かが加わることのないよう、僕は祈っているよ」
身を亡ぼすとは何も立場を失うということばかりではない。文字通り心身を壊して去る者もいる。
「――僕達は君達近衛騎士に護られて生きている。しかし君達もまた王たる僕が護るべき民でもあるんだ。そんな君達に何かあったのでは悲しいからね。どうかくれぐれも気を付けて励んでくれ」
間近に立つ若い騎士の肩を軽く叩くと、叱責に緊張していたその身の強張りが解けた。
場の空気が清々しさを帯びた緊張感のあるものに変わった。直々の叱責と激励が効いたようだ。
足元のペルゥが嬉しそうにぷるんと震え、そのとぼけた可愛らしい姿に癒されたのか穏やかな笑い声が上がった。
ペルゥは何か思うところがあるのか、伸ばした触手でちょいちょいとオリヴィエルの足をつついた。
「うん? 何だい?」
その問いにペルゥは触手をまずオリヴィエルに向け、それからエドヴァルドを指し示した。そして何か演説でもするかのような仕草。
「……ああ、なるほど」
しばしの間考え込んだオリヴィエルは、使い魔にして友人の言わんとすることを察して頷いた。
「つまり君も皆を激励したいと」
その通りだと言うように、ペルゥはぷるんぷるんと震えた。
「いいとも。してあげなさい」
主にして友人の言葉に喜んだスライムはぷるんと一度大きく震えてから、もぞもぞと身体をくねらせた。その姿が覚えのある双丘を模ろうとした瞬間、何を以って騎士達を元気付けようとしたかを察したオリヴィエルは目を剥いた。
国王らしさなどかなぐり捨てての形相でペルゥを制止したオリヴィエルに近衛騎士は一様にぎょっとした様子を見せたが、今はそれを気にしている場合ではなかった。
「やめなさいペルゥ。今ここであの姿になってはいけない」
いや、癒されるかもしれないが、万が一にもセシリアに見つかりでもしたら目も当てられない。せっかく和んだこの場の空気が凍り付くだけでは済まないだろう。何よりも自分の身が危なくなる。
双丘を模ったスライムを揉みしだいている現場を妻に目撃され、使い魔相手に如何わしい遊びに耽っていると誤解した彼女に手合わせと称して恐るべき制裁を食らったオリヴィエルとしては、何としても阻止しなければならなかった。
オリヴィエルの必死の制止に何かを察したのか、ペルゥは分かったとでもいうようにぷるるんと震えた。その代わりに別の方法で彼らを激励したいようだ。
「……ああいいとも」
些か疲れた顔で許可したオリヴィエルの前で、ペルゥの形がゆらゆらと変化していく。
「……あ」
「あれは……」
「おいまさか……」
途端に近衛騎士達がどよめき、何事かと視線を巡らせたオリヴィエルの前でペルゥが怪しげな人型を模った。人のようで人ではない何かはやがて、見事な二つの膨らみと絶妙な曲線美を描く腰つきの麗しい女人の姿となった。顔を形作る細かな部品までは再現されなかったが、人らしい表情が見えない分その造形の美しさが際立っていた。
何もなければそれは芸術的造形、まさに癒しと喝采を浴びたであろう。
だが今はそれを許さぬ空気があった。
「ペ、ペルゥ……君、その姿……」
否、その姿に変化する直前の、人のようで人ではない何か。
――目撃されていた亡霊の姿と完全に一致する。
マジかとエドヴァルドが片手で顔を覆い、騎士達は微妙な引き攣り笑いを浮かべた。
認めたくはないが、どうやらこの亡霊騒動の下手人は自身の使い魔であるらしいと悟ったオリヴィエルは、曰く言い難い表情でペルゥを見下ろす。
と、そのとき。突如としてその場の気温が著しく低下した。否、気温そのものはさほど変化はないのだろうが、付近に渦巻く恐るべき殺気がそのように感じさせているのだ。そしてその殺気を放つ者の気配に覚えのあるオリヴィエルは、ぎこちなく背後を振り返る。
「……セシリア……」
――オリヴィエルの視線の先。己の愛する妻にして王妃の、般若の如き形相がそこにあった。
「――なるほど。つまり気を張る勤務中の細やかな癒し欲しさに、ペルゥに女体の形を覚えさせ、それを眺めて楽しむつもりであったと君達は言うのだな?」
「ぎょ、御意」
腕組みして仁王立ちするセシリアの前には、猛獣を前にした子兎のように震える若い近衛騎士二人の姿があった。
セシリアの手には一枚のあぶな絵が握られている。どうやら女体のモデルとなった女らしい。美しい裸体を晒したその女は、艶やかな巻き毛を結い上げるような仕草で両腕を頭の上に掲げ、見事な張りを持つ胸元を露わにして微笑みかけている。
「……ロヴィーサ座のトップダンサーか。なかなか目が肥えておるな」
古巣にかつての同僚を訪ねた帰りであるらしいフレードリク・フォーシェル――前宰相にしてエドヴァルドの父だ――が今この場においては至極どうでもいい情報を口にし、火に油を注ぐんじゃねぇと青くなった息子にひそひそ叱責されている。
――亡霊騒動の正体。それは親しくなった近衛騎士に癒しを提供しようと奮闘していたペルゥであった。わざわざ変化の練習場所に深夜の噴水を選んだのは、オリヴィエルのそばで物音を立てて起こしたくなかったというのが一番の理由だ。さらにその場所がオリヴィエルの寝所にごく近く、有事の際にはすぐ駆け付けられる距離であったこと、そして好物である魔素をたっぷり含んだ水の供給場所であったからというのも理由の一つのようだ。
そして亡霊騒動が持ち上がった際にも、まさか自分の変化中の姿が見間違われていたとは露とも思わなかったようだ。八日前の目撃を最後に「亡霊」が出現しなかったのは、その正体であるペルゥが騎士達の警備の邪魔にならぬよう遠慮したからに過ぎない。
ともかく純粋なスライムのその行動には善意こそありすれ悪気などまったくなく、それを知るがゆえにこの騒動の切っ掛けを作った二人の若き騎士の軽率な「お願いごと」をセシリアは許せなかったのだ。使い魔の主人であるオリヴィエルよりもよほどだ。勿論その根底には夫であり王でもあるオリヴィエルへの愛情と敬意がある。二人の騎士にとってペルゥは友人の一人であったかもしれないが、よりにもよって彼らは主君の使い魔に「女体化」などという破廉恥な頼みごとをしてしまった。王妃としては到底看過できない問題であっただろう。
二十をいくらか超えた年頃であろう二人の騎士の顔色は、美しい王妃の凄まじい怒りの形相に青を通り越して紙のように白くなっている。彼らこそまるで死霊のようだ。仮にも厳しい選抜と選考を潜り抜けてきた精鋭をここまで怯えさせるセシリアの形相と殺気を、「不死者の王も土下座して助命を乞うほどの恐ろしさだった」とエドヴァルドは後に述懐している。
王妃による説教はその後一時間ほど続いた。
噴水とペルゥの魔力探査を済ませた聖魔導士は、似たような波長を描く計測結果に「これは誤認もやむなし」と気まずそうに苦笑しながらそそくさと引き上げていった。高位の死霊であれば間違えようもないというが、微弱な気配はやはり正確な計測は難しいようだ。まだまだ改良の余地ありということだろう。
――大神殿が誇る聖魔導士隊ですらも正確な計測が難しく、そして目撃証言の数と信憑性の高さから「ほぼ亡霊と見て間違いなし」とされた此度の亡霊騒動は、この日こうして呆気なく幕を閉じた――かと思われた。
「……やれやれ。ここ数年で今日ほど疲れた日はないよ」
事情聴取と後始末を終えてようやく自室に引き上げたオリヴィエルは、疲労困憊でどっと音を立ててソファに座り込んだ。行儀の悪さはこの際目を瞑ってもらいたいとだらしない仕草で襟元を緩め、ぐったりと背凭れに身体を預ける。
セシリアは些か険の残る表情をどうにか緩めて手ずから淹れた薬草茶を夫とその幼馴染みに勧め、何やらずっと考え込んでいる使い魔には好物の焼き菓子を与えている。
「今日はもう休んだらどうだ。明日に差し支えるぞ」
私的な空間でさえ口調が騎士時代の硬さを残しているのは、まだ感情が高ぶっている所為だろう。そんなセシリアは気遣うように夫の背を撫でたが、オリヴィエルは「いや」と頭を振った。
「確かに疲れてはいるが僕もまだ気分が高ぶってるんだ。せっかくだからこの件の書類をさっさと纏めてしまおうと思う」
言いながら傍らのエドヴァルドから調書の写しを受け取ったそのとき、ペルゥの触手がしゅるりと伸びた。先ほどからずっと解せぬと言った態でぷるんぷるんと震えていたペルゥは、受け取ったばかりの書類をぺしぺしと叩く。
「うん? なんだい? 何か気になることでも?」
肯定するようにぷるんと身体を揺らしたペルゥは、オリヴィエルの膝にしゅるりとよじ登った。覗き込んだ書類は「亡霊」が出現した日付を記している。ペルゥは伸ばした触手でその日付にぺたぺたと触れた。
「ん? 何だ?」
何かを訴えているらしいペルゥを、エドヴァルドとセシリアもまた怪訝そうに覗き込む。
「二日、五日……?」
二日と五日は目撃者が出た最初の二回だ。残りの八日と十一日、そして十五日には触れずに、二日と五日の日付のみをペルゥは必死に指し示している。
「ちょっと待ってくれ」
友人が何を言わんとしているのかを察したオリヴィエルは低く唸った。
「まさか……君が練習していたのは、この二日間だけだったと?」
その問いに、ペルゥは「そうだよ!」とでもいうように大きくぷるんと震えた。
しばしの沈黙が室内を支配する。
オリヴィエルはエドヴァルドに目配せし、それからセシリアに視線を移した。
ペルゥの証言が正しいとするならば、それが示す事実は即ち――。
「……おいおい待て待て」
エドヴァルドはごくりと喉を鳴らし、セシリアは驚愕に目を見開いた。
「――するってぇと、あれか。残りの三日は……本当に」
静まり返った室内。
ボーン……ボーン……ボーン……。
――精巧な彫り細工を施した壁掛け時計の時報が、くぐもった音で日付が変わる時刻を告げた。