親の愛は偉大
目の前の何百といる温羅の姿に目眩がしそうだった。
「兄貴どうせ数が増えた雑魚です! 最後の足掻きですよ」
そういって犬は手持ちの手榴弾を敵へと放り投げた、周囲を巻き込んで手榴弾は爆発する。
跡形もなく消し飛ぶかと思われたクローン温羅たちは、一人も傷をつく事なく佇んでいた。
「んな!? そんな馬鹿な! 生身の人間じゃ即死のはず!」
隣で驚いている犬の姿がやけに滑稽だった、温羅は笑いながら愉快そうに教えてくれる。
「普通ならな! 申し訳ないがこいつらは普通じゃないんだよ! 銃弾も爆発も化学兵器でさえ効かない、文字通り最強の兵士なんだ」
遺伝子の組み替えにより圧倒的な強さまで昇華されているクローン体、もはや人間と呼ぶのが当てはまらなかった。
「……どうやら化け物として対処したほうが良いみたいだな」
「ようやく気づいたかな? 私はここで貴様らの悲鳴とともにワインを楽しむとするよ」
ワインに優雅に口をつける温羅、その前を金属音とガラスの音が弾けた。
「……強化ガラスか」
「ふむ、無粋な仲間もいるのだな」
音の発信源は雉のスナイパーライフルだった。
「……すまない」
「雉、それが分かっただけでも大きな収穫だ」
温羅が余裕の態度を見せる理由、それは自身の周りに絶対防御のガラスが張られていたのだ。
「ちなみにこのガラスは、厳密にはガラスではない、より強固な素材でできている。核を落とされたところでびくともしない」
にやけて喋る温羅の顔を桃太郎はぶん殴りたかった。
「兄者! こいつら本気で一人一人がつえぇ、宣言通りナイフに塗ってある猛毒が効かねぇ!」
猿は全身をバネのように動かして敵の攻撃をかわしながら隙を見て攻撃していた。
「兄貴どうするよ! こいつらの倒し方がわからねぇよ! こんな秘密兵器を隠してたなんてしらねぇ!」
周りは阿鼻叫喚としていた、一人温羅の笑い声がやけに耳に付く。
「アハハハ、愉快だここまでやってきて最後の最後は失敗に終わる。君たちはサーカスの劇団員かね?」
絶望的な状況だった、犬も猿も雉も手詰まりを感じていた、ここまで来たのに……あと少しだってのに。
もう少しで到達するゴールが突然遠ざかった、目の前が涙で見えない。
悔しい、俺たちはここまでなのか?
もうだめのか?
悲嘆に暮れ諦め掛けていた。
……ただ一人を除いて。
「みんな、どいていろ……今から一刀を放つ」
桃太郎は自身の愛刀に手をかけた、その様子を見ていた三人も桃太郎の意図するところを察して場所を空けた。
確かにうちらのリーダーは強い、けどこの状況を打開するにはやはり足りない。
三人は無謀にも挑もうとするリーダーに泣きながらも願った。
でも、もしかしたらリーダーなら?
幾多の戦場で圧倒的な強さを見せつけてきた桃太郎、その力は三人の想像する力よりも実は遥かに高みにあった。
桃太郎の圧倒的な強さ、それは幼少期から鍛え上げられた肉体と、その達人の域まで達していた剣捌きにあった。
今までも迫り来る敵をかわして、時に銃弾を斬り伏せ。彼の剣は爆発すらも切り裂いた。
究極にして最高の剣士、剣神「桃太郎」、それは最強の剣。
す……と一瞬の剣の軌跡を描いてガラスの表面を滑った。
ただ自然に、いつもの素振りのように。
そんなはずは無いと思った、その音はやけに後から耳鳴りのように聞こえた。
——ピキ——
その音はあり得るはずもない音、発して良いわけのない音がガラスの表面から聞こえてくる。
「どうやら、貴様の盾と俺の剣は俺の方が強かったみたいだ」
ほんの少し入ったひび割れが加速度的に周りに広がっていく。
「は? お前、なぜ人間如きがこの壁に傷をつけれるのだ!」
明らかな動揺が温羅から見て取れた、どう見ても異常な光景、温羅は想定外の事態に口をパクパクするしか出来なかった。
「すまんな温羅よ、お前には伝えていない事があった」
「なんだ!どうゆうカラクリだ!」
「カラクリじゃないさ……これが俺の力さ」
「そんなふざけた事があるか、こんな馬鹿力人間が出して良い力じゃない!」
「おい正解を言ってしまうなんて野暮じゃないか?」
「正解?……まさか?!」
「そうだ、先に謝っておくよ俺はおじいちゃんとおばあちゃんの研究を知っていたんだ、すまんな」
「そんな……嘘だぁ!!」
「嘘じゃない……これはもう二十年前もの前の話だ」
思い出すように桃太郎は昔の話を語り出した。
——むかしむかしあるところに、子供に恵まれなかったおじいちゃんとおばあちゃんがいました——
——おじいちゃんとおばあちゃんは自分達の子供を作るために禁断の研究へを進んでしまいました、それは決して許される事のない研究、「ホムンクルス」の創造——
——そして研究の結果、孫ほど年の離れた自分達の可愛い息子が誕生したのです——
——おじいちゃん達は決してこの息子を失いたくありませんでした、なので体は強靭に頭脳は明晰に、愛情を持って作り出したのです——
——その子の名は「桃太郎」——
「それが私だ」
「ハ……ハハ……そんな」
ポタリと落としたワイングラスが地面に落ちる、絶望の顔を張り付かせ温羅はショックで止まっていた。
「貴様がおじいちゃんとおばあちゃんを殺した時、私はまだ幼い子供だった、あの時助けられなかった事は本当に今でも後悔している」
「……」
「あの時俺には力が無かった、そして逃げたお前の居場所も分からなかった。だからこうして貴様を葬るためこの十年間力を貯め続けた」
「……ウァ……アアアア!」
錯乱状態へ移行した温羅は藁にもすがる思いで出口を探す、だがその出口は固いガラスの壁に遮られた。
「墓穴を掘ったな温羅、貴様は自分の身を案じる余り自分の逃げ道すら閉じ込めてしまった」
「ゆ……許してくれ! なんでも渡す! 金か? 女か? なんならお前の翁と嫗を作り出してやろう!」
「冗談はそれくらいにしてくれよ、クローンで出来たおじいちゃん達なんて本物には叶わない」
「頼む! この通りだ! 命だけは!」
恥も外聞も脱ぎ捨てて温羅は縋った、そんな薄っぺらい言葉が桃太郎い届く筈もない。
桃太郎は足を温羅に向けて歩き出す、それを迎えるかのようにガラスの壁が砕け散った。
「お前のこれまでの悪事許しては置けない、お前のせいでどれほどの人間が悲しみ苦悩したか分かるか?」
「そ、それは……」
「わからねぇだろうなぁ! 人の痛みを知らない化け物がぁ!!」
「やめろぉお!!!!……やめ……」
桃太郎の一閃によって温羅の首と胴体は綺麗に別れた、あっけない最後だった。
桃太郎が十年間待ちに待った復讐はこうして幕を閉じたのだ。
こうして秘密結社『ONIGASHIMA』として様々な悪事を働き、無辜な民を地獄に突き落としてきた人の心を知らない哀しき男。
『温羅』は死んだ。
「呆気ねぇな、復讐とは……」
その温羅の最後を見た桃太郎は、悲しむもなく喜ぶもなくただただ空を見つめていた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、俺仇をとったよ……」
上を見上げならそう呟いた、目に溜まった涙が溢れて落ちてしまわないように。
桃太郎たちの戦いは終わった、いまの現代では脚色され子供達には読み易いように改変された嘘が載っている。
復讐に燃えた四人の男達の物語は血生臭く、そして悲しい物語だった。
「桃太郎がハードボイルドになったら」 完
なんか数日間かかると思っていた話が1日で終わっちまった!どうしよ、今度は恋愛でも書いてみようかな?
みなさんここまで読んで頂きありがとうございました、最後は駆け足だったかもしれません、もう1ページ増やして話の肉付けしたほうが良かった気もしなくも無いですが。元々が短い物語なので変にこじれず終わろうかと思います。
また次回作を書こうと思います、今回は全く書き溜めずノリで書いていました。またノリで書くと思います。
もし次回作も読んで頂けたら最高に嬉しいです。皆さん最後に改めてありがとうございました。