楽しい自殺
「ねぇ」
「……なにかしら」
屋上に立つ少女に、少年はあくび交じりの声をかける。
「死ぬの?」
「そうね、死ぬわ」
フェンスの向こう側に立つ少女は、振り返って笑ってみせた。
「じゃあ最期に話さない?」
「人生最期の話し相手にしては、妙なやつに見つかったわね」
「妙なのって俺のこと? ひどいなぁ」
すとん、とフェンスを乗り越えて、また少女は戻ってくる。
「あれ、どしたの」
「あそこ、不安定だから。話してるうちに落ちたらお笑い種でしょ」
「確かにね。僕も降りた方がいい?」
「どっちでも」
屋上の、さらに高くなったところ。そこに寝そべって、少年は明るく笑う。
「じゃあこのままで。ね、どうして自殺するの?」
「ありきたりな理由よ。聞かなくていいわ」
それだけ告げて、少女は黙る。それ以上話すことはないのだろう、少年もまた笑顔のまま次の質問をする。
「ここから飛び降りるのって、なんで?」
「そんなの……ここに住んでるからよ。遠くまで行くのも面倒だわ」
当たり前だと言いたげな口調で、少女は言う。
「え、ここに住んでんの? 俺も俺も」
「あら、そうなの。高校は?」
「えっとねー」
言い合った高校は、違う高校だった。それは会わないはずだ。
「遠いところに通ってるのね」
「そ。だから家出るの早いよー、朝6時とか」
「まだご飯食べてるわ、私」
「そりゃそうでしょ。下手したらまだ寝てるとか?」
「それはないわよ」
気分を害したように口を尖らせる少女に、少年は笑いかける。
「ごめんごめん。……遺書って書いた?」
「書いたわよ。原因についてだけ簡単に。それ以上に書くことなんてないわね」
「先立つ不孝を~、的なのは?」
「書くわけないでしょ」
「まぁテンプレ過ぎてださいもんね」
きっと親にも原因の一端があるのだろう、と思いつつも少年は踏み込まない。
「……そろそろ逝くわ。また数十年後かに会うかもしれないわね。……ああでも、自殺したら賽の河原だったわね」
「さぁ、会うかもね。賽の河原で」
妙な人ね、と少女は笑う。
「ねぇ、最後に1つだけ」
「なに?」
「止めようとしないのはなぜ?」
「止めてほしくないだろ?」
「もちろんよ」
「それがすべてだよ。止めるのが優しさじゃない。あんたは止めてほしくないだろうし、俺が止めてたらなにも聞かずに飛び降りた。違う?」
「違わないわ。……ありがとう。それじゃあね」
軽やかな動きで、少女はフェンスの向こうに消える。そして少し遅れて、肉の潰れる音。
「かわいかったし、もったいないなぁ」
でも死後じゃ普通の姿で会えるだろう、と根拠のない確信を少年はする。
「数十年後じゃないんだよな。数十秒後、だよな」
少年は持っていた瓶の中身を口に含む。きっと騒ぎになるだろう。同じ時間に、2人の高校生が死んだ。遺書では少年について触れられていないのに、なぜ同時に?
混乱する大人を思い描いて、少年は喉の奥で笑う。視界が黒く染まる。まぁどうせ、1日もしないうちに俺らのことなんて忘れられるだろうけど。
でも、それでも。自分しか知らない真実がこの世にあると思うと、少年は楽しいのだった。
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