8.先生のダメだし
けたたましいチャイムの音で目が覚めた。誰かがインターホンを連打している。宅配業者ではなさそうだ。
僕は重い体を起こし、閉じそうな瞼を擦った。ぼやけている視界のままゆっくりと歩き出した。ずっと鳴り続けるチャイムの音にイラつきながら、なんとか玄関に辿り着いた。
ドアを開けると先生がいた。
「ようさぼり野郎。元気だったか?」
僕は額に手を当てて体温を測ってみた。眠る前に感じていた体調不良は綺麗さっぱり無くなっているし、熱も無いようだった。
「大丈夫です」
「どうせ仮病だろ?」
完全に否定できないから、僕は微妙な顔をしてしまった。
「なんの用です?」
「プリントとか届けに来た」
「そういうのって普通、クラスの生徒に頼みません?」
「お、なんだ女子生徒に来てほしかったのか?べえ助だな」
僕はいわれのない蔑称にむっとしながら、プリントを受け取った。
「ありがとうございます」
「おいおい、まさか部屋に上がらせないつもりか?」
そのつもりだった。逆になぜあげなければいけないのか分からない。しかし僕の意志に反して、先生は無理やり家に入って来た。
僕は先生の後を追う形でリビングに向かった。
「へえ、立派な家じゃないか」
「なにがしたいんですか?」
「家庭訪問みたいなもんだと思えよ」
高校生にもなって家庭訪問とはいかに。そもそも今保護者が不在なのだが。
「コーヒーでいいですか?」
僕は観念して最低限のもてなしをすることにした。母が仕事で不在なことが多いから、自炊は得意だった。あんまり自分では飲まないけれどコーヒーを淹れるくらいは出来る。
「お、頼むよ」
先生は勝手にリビングの円卓に座った。
コーヒーメーカーのスイッチを入れて、マグカップを二つ用意し、先生の向かい側に座った。
「それで?」
「と言いますと?」
「今日なんで休んだんだ?」
僕は何を話すべきか少しだけ悩んだ。けれど言わなかったとしても、自首してしまうのだから同じことだと思った。ならば言ってしまってもいいかと考えた。
僕は順序立てて、ゆっくりと、自分が人を殺したことを話した。少女のことも少し話したが、詳しいことを知らない為、あの男のことも含めて大したことは話さなかった。
「なんだお前、作家志望か?」
先生は少し引きつった顔でそう言った。完全に軽蔑しているみたいだった。
「一応言っときますが嘘じゃないですよ。ちゃんとこのあと自首するつもりです」
僕は淹れ終ったコーヒーを取りに行った。マグカップにコーヒーを注ぎ、それを持って円卓に戻った。
「それが本当だとして、お前はやっぱり狂ってるな」
先生はコーヒーを一口啜り、そう言った。続けて煙草に火を点けようとしたので「台所の換気扇で吸ってください」とお願いした。先生は立ち上がり台所に立って、換気扇の電源をいれて煙草に火を点けた。
「今もそうだが、普通聞くだろ。なぜ追われているのか、なぜ傷を治せるのか、どうやって男の死体を処理したのか、気にならなかったのか?」
僕は無言で頷いた。気にならなかったわけではない。ただ、僕が聞いてもいいことなのか分からなかった。判断に困ったから、その疑問は放置しただけだ。
「作家志望ならその辺はちゃんと書かなきゃだめだぞ。読者に受け入れられる語り部じゃないと、読んですらもらえん。多少不自然でも世界観の説明はちゃんとさせなきゃな」
「だから作家とかにはなりませんて」
先生は煙草の灰を台所の三角コーナーに振るい落とし、また口に銜えた。
「なにより狂気じみているのは、お前の心変わりの速さだよ」
先生は煙草を銜えたままそう言った。僕は灰を落としやしないかとはらはらした。
「お前、助けたいと思ったんだろ。なのに目が覚めたら、どうでもよくなって帰宅してやがる。お前何がしたいんだよ。語り部に一貫性がないと、読者は置いてけぼりをくらうぞ」
こんなことを思うのは癪だが、先生に言われて「確かに」と思った。僕は何がしたいんだろう。
助けてと言われた時、どうしたいと思ったんだろう。
本当にあの時、助けたいと思ったんだろうか。違う、と思った。そうじゃなくてきっと、僕は格好つけたかっただけだ。格好つけて――死のうとしたんだ。
そんな結論に至って僕は自分が情けなくなってしまった。
先生の言う通りだ。僕はいつまで姉の影を背負っているんだろう。姉の影を追い、死に方までも選べずにいる。
「次同じことがあったら、今度はちゃんと考えてみろ。そうすればきっと、何かが変わるさ」
先生は無責任なことを言うと、煙草に水をつけて火を消し、三角コーナーに捨てた。そして空のカップを台所に置いて帰ってしまった。
メタ発言があると、場面がぱっと明るくなるから好きです。全体的に暗いので、先生には照明役をやってもらっています。