4.姉の美談。僕の醜聞。
姉が死んだのは二年前のことだった。僕が中学二年生で、姉は高校一年生だった。姉は馬鹿な僕とは違って頭が良かった。有名な進学校に通い、将来を有望視されていた。そしてそれ以上に、気高い心を持っていた。
何よりも他人のことを考え、自分を捨てて人に手を差し伸べる人だった。
「いいか。溺れている人を見つけたら、迷わず助けようとしないさい。たとえ自分が泳げなくとも」
姉は僕によくそう言っていた。事あるごとに、僕が現実から目を背けそうになるたびにそう言った。その言葉は時に僕を励まし、時に僕を悩ませた。
姉の存在も言葉も眩し過ぎて、僕には直視することが出来ないことがあった。でもそれはある意味で誇らしかった。
そんな人が、僕の姉でいてくれたことが、僕には嬉しかった。
だから、恥ずかしくて表には出さなかったし、年相応に反抗期を迎え喧嘩ばかりしていたけれど、大好きだった。
そんな姉が死んだのは、茹だるような暑い夏の日だった。
その日も僕はいつも通り友達とだべりながら帰宅して、途中アイスを買い食いするような普通の日常を送っていた。姉もまたいつも通り、気高く生きていた。
けれどその日は、姉の目の前で車に轢かれそうな子供が現れた。現れて――しまった。
姉はきっと迷いなく、車道に飛び出して、子供を救おうとした。目撃者がいないから確かなことは言えないけれど、きっとそうだったんだろう。そういう、人だった。
そして、子供と一緒に姉は車に轢かれて死んだ。
僕は思った。結局救えなかったじゃないか、と。
どんなに正しい志を持ち、どんなに気高い行動をしようとも、死んでしまったらどうにもならないじゃないか。
姉の死という悲しみと、姉が命をかけたものの小ささに絶望した。
もともと、そんなに情熱的な人間ではなかった。もともと、生きる目標なんて僕にはなかった。
これは心を閉ざした少年が努力で人生を切り開くお話ではなくて、もともと人付き合いが苦手で落ちこぼれの少年がそのまま、変わることなく生きていくお話だ。