2.人を殺す二時間前
日が落ちるのも早くなり、冬に向けて次第に冷え込みが激しくなっている九月下旬、僕は学校で文化祭の準備に勤しんでいた。
僕のクラスはメイド喫茶をやることになっていた。決まった時は「メイド喫茶て!」と思ったものだが、ありきたり過ぎてどのクラスもやらないから、逆に意外でインパクトがあった。
クラスの大半はメイド役をやる女の子や、料理を作る男の子で盛り上がっていた。そのどちらにも入れない僕は、教室の隅っこで宣伝用のポスターを描いていた。
「どう?楽しんでる?」
せっせとポスターを仕上げる僕に、クラスメイトの山本小夜子が話しかけてきた。僕と会話してくれる数少ない人間である彼女は、メイド服を着ていた。
「うん、まあ、楽しんでいるよ」
「楽しくなさそー」
僕の反応を見てけらけらと笑っていた。
「ていうか、どうよこれ」
小夜子はその場でくるくると回って見せた。回転に合わせて、たくさんのフリルがひらひら舞った。
「うん、まあ、可愛いよ」
「でしょ?」
さっきと同じように言ったのに、今度はつっこまれなかった。都合の良い耳を持っているらしい。
「人文くんはそんな仕事でいいの?料理の人ならまだ足りてないから大歓迎だよ」
「いいよ。楽な仕事が好きだから」
「将来が不安な発言だ」
小夜子は本気で引いてしまった。けれど今のは僕の本心だからしょうがない。
「でもさ、こういう皆が楽しむイベントで、辛気臭い顔してちゃだめだよ。世の中には空気ってもんがあるんだから」
小夜子の言葉は僕の心に突き刺さった。空気読んでよ、という文句は僕のトラウマとも言える言葉だから。
「そうだよね……。でも大丈夫だよ、楽しいからさ」
これも一応、本心だった。楽しそうにしている人の傍にいると、自然と楽しい雰囲気に包まれてしまう。僕も案外普通の人間なんだ。
「そっか、ならいいけどさ」
小夜子は微笑むと踵を返して去って行った。残された僕はせっせとポスターを描き、そして出来上がったものをコピーするために職員室に向かった。