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しあわせは悪魔とともに  作者: 実乃里
第一章 転校は憂鬱とともに
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謎の少女

「上等上等。これなら儀式は可能ね。さすがは十夜君。私が見込んだだけはあるわ」


 先に部室に戻っていた有国さんは、僕が抱えてきたものを見てご満悦だった。

さっそく儀式の場のセッティングを始める。

 まず画用紙を敷き、その上にマジックペンで魔法陣を描く。床に直接書くと後始末が面倒だからだ。魔法陣は有国さんが担当し、その間、僕は調達物の加工を行った。

 コピーしてきた本からサタンの顔を切り抜き、有国さんが手芸部から借りてきたクマのヌイグルミの頭部に、お面の要領で貼りつける。これで簡易サタン像の完成だ。かなり可愛い外見だけど、気にしてはいけない。

 逆さに置いたドリンクケースに黒い布を被せ、即席の祭壇を作る。その上にファンシーサタン像を乗せ、足元に生贄の牡牛もとい、パックに入った牛肉を添える。ちなみにこれは調理部から分けてもらったらしい。

 ここでちょっとした問題が発生した。描き終えた魔法陣の要所にロウソクを配置するのだけど、どうも僕が持ってきた分では数が足りないようなのだ。


「大丈夫、ロウソクはこの部室にもあるわ。調達をお願いしたのは本数が少なかったからで、足りない分を補うにはじゅうぶんな数よ」


 有国さんは隅にあるダンボール箱からロウソクを数本取り出す。

 青色やら黄色やら、やけにカラフルな外観で、包装にはアロマキャンドルと記されている。


「アロマキャンドルでもロウソクには違いないわ。本にも使用するロウソクの種類までは明記されてないから大丈夫よ。問題ない問題ない」


 有国織衣、意外に大雑把な性格だ。

 彼女がそれでいいのなら、こちらはとくに構わない。普通のロウソクとアロマキャンドルを魔法陣の上に置き、かくして邪悪な悪魔召喚の場は完成を見るのだった。

 でき上がった儀式の場を見渡すと、なんとも不思議な光景だ。可愛らしいサタン像に、画用紙に手書きされた魔法陣。そしてロウソクと一緒に並べられた、カラフルなアロマキャンドル。

 異議はないにしても、さすがにツッコミたくなってきたので、


「ねえ、有国さん」


 と振り向き、そこで動きを止めた。

 彼女はすでに黒魔術の司祭の装いをしていた。

 ローブの代わりに纏っているのは黒い雨合羽。台風中継でレポーターが着ているあれだ。短剣の代わりに握っているのはオモチャの日本刀。デパートの玩具コーナーに並んでいるあれだ。


「なに、十夜君?」


 ダメだ、ツッコムなんて野暮なことはできない。


「ああ、これ。刀は演劇部からで、合羽は用務員さんから。どお? 司祭みたいじゃない」


 咄嗟に頷いてしまった僕は、とんでもない嘘つきだった。

 気を取りなおしマッチを擦り、ロウソクに火を灯す。アロマキャンドルが交じっているせいか、徐々に甘い香りが満ちてくる。肩から力が抜けるくらい甘い香りで、部室の中はちょっとしたリラクゼーションスペースと化す。


「キレイ。クリスマスみたい」


 有国さんはうっとりと頬を緩めた。


「これなら井坂君の中に入る悪魔も、きっと出てきてくれるに違いないわ!」

「ならすぐ儀式に取りかかろう。長年苦しめられてきた悪魔に、早く文句の一つも言ってやりたい。オレはどうすればいいんだい?」


 有国さんが思案顔をする。


「そうね……。本来この儀式は異世界から悪魔を召喚するものだけど、今回召喚するのは井坂君に憑いている悪魔だから、意味が違ってくるわ。多少のアレンジが必要になるわね」


 そう言って有国さんは腕を組み、儀式の場をジッと凝視する。


「わかんないけど、とりあえず魔法陣の中央に寝てみるのはどう? なんかそれらしい絵図にならないかしら?」


 やっぱり大雑把だ。僕は言われたとおり魔法陣の中央に寝そべる。


「まるでオレが生贄みたいだな。悪魔が勘違いしないことを祈るよ」

「任せて。間違われないように注意書きを貼っておくから」


 はっ? と思う間もなく。有国さんは余った画用紙にマジックペンで文字を書き始める。

『※注 彼は生贄ではありません』。できあがった注意書きが僕の体に貼りつけられる。


「そうだ、お賽銭も上げてみましょう。黒魔術もジャパニーズアレンジよね」


 もはやなにも言うまい。今はただ、この変な儀式の速やかな終了を願うのみだ。


「五円がありますように」


 僕のお腹に五円玉を乗せると、有国さんはようやく儀式を始めた。

 不思議な呪文が彼女の口から発せられる。僕の耳ではなんと言っているか理解できない。知らない外国語を聞かされているみたいだ。さすがはオカルト少女といったところか。

 一分ほどしたところ、彼女は手に持っている刀で十字を切る。西洋風の短剣なら絵になっていたかもしれない。……残念だ。

 二分ほどしたところ、彼女は両手を上げ、一際強く言葉を発する。黒のローブならさまになっていただろう。しかし彼女が着ているのは雨合羽だ。強風に傘を飛ばされてしまった人にしか見えない。……残念だ。

 五分ほど経過した。儀式も佳境だろうか。周りをロウソクに囲まれているせいで、暑くて仕方がない。わからないけど動いてはいけないように思えたので、目を瞑りジッと我慢した。

 熱さのせいか頭がボーッとしてくる。体からはダラダラ汗が流れ、ねっとりした感触が全身を覆い始める。すでに咽はカラカラで、潤いを失った舌が口内に貼りつき、痺れたように痙攣する。ただ横になっているだけなのに、頭がどうにかなりそうなぐらい辛かった。これも不幸の賜物なのだろう。

 辟易したものを感じつつも、不思議と悔しさはなかった。

 僕の中から悪魔を召喚するというのは建て前で、この儀式は確実に自分の趣味だろう。言うなれば、彼女の奇行につき合わされているだけなのだけど、とくにイヤな気分ではない。『有国さんのためなら構わない』、自分の中にそんな感情が芽生え始めていた。

 彼女は大切なクローバーを届けてくれたのだ。一目惚れとか、そんな生易しいものではない。恩人と言っていいだろう。そんな彼女のためならこんな辛さはなんということはない。不幸だって甘受してやる。

ふと、いつからか呪文が聞こえなくなっていることに気がつく。儀式が終わったのだろうか。目を開けようとするも瞼が動かず、なぜか体も動かせない。手足にまったく力が入らないのだ。というか体の感覚がない。例えるなら、意識だけで空中に浮いているような。空中ではなく水中かもしれない。どんどん水中に沈んで行くような不気味な感覚に襲われていた。

 ほどなくして、自分が眠っているのだという結論に辿り着く。

 儀式中に眠ってしまうのが、マナー的によいのか悪いのかは不明だけれど、がんばっている有国さんを余所に、居眠りをしているのは失礼な気がした。

 さあ目を覚ませ、目を覚ますんだ十夜。全意識を覚醒へと注いだときだった。不意に目の前を少女が横切った気がした。

 背は小さくて、髪は銀色で、瞳は碧眼で、黒を基調としたワンピースを着ていて、遠い世界の住人のようで、その実、身近にいるような。


「えいやあとぉ~」


 胸に奔った衝撃で、僕は目を覚ました。


「起きて井坂君。儀式は終了よ」


 寝起き特有の気怠さに軽い眩暈を覚えながら、ゆっくり上半身を起こす。

時計を見ると、儀式開始から六分程度しか経過していないことに驚く。一時間は経ったような気がしていた。完全に時間の感覚が狂っている。


「ときに、なにがあったんだ? これ」


 セットした祭壇はメチャクチャになっていた。土台にしていたドリンクケースは壁の方に転がり、かけてあった黒い布は丸まった状態で離れた場所に落ちている。


「途中でハイになってきちゃってさ。つい暴れちゃった。テヘッ」


 そう言って有国さんは、持っているオモチャの刀をスイングしてみせた。これで祭壇を殴打したらしい。


「ロックミュージシャンが演奏の最中にギター振り回してアンプとか壊すシーンあるわよね。あの気持ちがよくわかったわ。この現象はプリーストズ・ハイと命名しましょう」


 どんな司祭だ、それは……。


「最後、オレの胸に刀を突き立てたのも、その……プリーストズ・ハイのせいか」

「ごめんね。優しくやるはずだったんだけど、つい力が入っちゃった。痛かった?」

「目覚めの一撃にしては刺激が強かったかな」


 胸に触れると鈍い痛みがした。軽い打撲といったところか。


「それはそうと、見たところ悪魔らしき影は見当たらないけど……」

「召喚は失敗だったみたい。ゴメンね、井坂君」

「いいって、気にしてないから……。それより咽がカラカラだ、食堂脇の自販機コーナーで休憩にしないか。そんなの着て暴れたあとだ、君も暑くてヘトヘトだろ?」


 言われて有国さんは、苦笑いしながら雨合羽を脱ぐ。僕と同じく首筋には大粒の汗を掻いている。


「じゃあ片づけは休憩のあとにしましょう」


 話は決まりだ。冷たいもので咽を潤すとしよう。

 僕が床から立ち上がったとき、カランと落ちるものがあった。それは五円玉で、お腹の上に乗せられていたことを思い出す。

 拾おうと手を伸ばすも、五円玉は逃げるように床を転がり始める。小さく音を立てながら転がるそれを目線で追っていると、やがて、床で丸まっていた黒布にぶつかり動きを止めた。

 ――異変が起きたのはそのときだった。


「今……、布が動かなかったか?」「今……、布が動かなかったかしら?」。


 僕と有国さんの問いかけが交差する。

 どうやら気のせいではなさそうだ。彼女も見たのだ。無機質な黒布が、生きているようにモゾモゾと動いた瞬間を……。

 そして僕らの注目に答えるかのように、それはもう一度動き始める。今度は大きな動きだ。まるで自身の存在をアピールしているようにも思えた。

 布の中になにかがいる。気づかぬうちに猫でも入り込んだか、それともネズミか? その他では第三者の悪戯など、思いつく限りの可能性を頭の中に羅列するも、結局こうしていたって答えは得られないのだという結論に行着く。

 とりあえず、足元に落ちていたファンシーサタン像を投げつけてみた。

 それが引き金となり、バタバタと暴れ出す布の中身。激しい動きが、巻きついている布を徐々にずらし、やがて中身が現れる。

 最初に見えたのは腕だ。人の腕。真っ白な右腕が布の隙間から飛び出し、続いて左腕が現れる。次は両足だ。腕と同じくこちらも真っ白で、スラッと長くキレイな足だ。

「ムギュギュ!」と変わった鳴き声を発しながら、ヨロヨロと危なげに立ち上がった『それ』は、不器用な手つきで布を解き始めた。

 巻きついていた布が全てはだけたとき、そこに立っていたのは、銀髪、碧眼、黒のワンピースを着た女の子だった。

 ああ、そうか、と思った。ああ、そうか、この子は僕が夢の底で見た子なのだと……。確信のようなものがあった。

 僕と彼女は互いを凝視し続ける。遠い世界の住人のようで、その実、身近にいるような感じ。夢の中で抱いたのと同じ印象がした。


「オッ、オッス!」


 彼女の第一声はフランクなものだった。

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