五十嵐菜々
道具は全て学校内で調達しなくてはならない。当然だけど黒魔術の道具なんかが備品としてあるわけはない。探すのは、あくまで代用品だ。
僕は渡された調達物リストを確認する。
本の拡大コピーに、大判の画用紙を数枚。マジックペンとロウソク。そして祭壇の土台に使えそうなもの。リストにはないけど、ロウソクに火を灯すのにライターかマッチがいるだろう。
入手できる場所も教えてもらった。コピー機、画用紙とマジックペンは事務室、ロウソクは理科室、土台にできそうなドリンクケースは食堂で借りられるそうだ。
まずは近い理科室から当たることにした。
六時限目にどこかのクラスが使用していたのか、理科室の中は微かに焦げた臭いが漂っていた。
ロウソクを探して棚の中を見て回るも、それらしきものは見当たらない。
やむなく理科準備室のドアを開けると、中に人がいた。
「あなた、どうしてここに。その制服……ここの生徒だったのわけ?」
「今日転校してきたんだ。君の蹴りはなかなか強烈だったよ」
肩まであるセミロングの少女。今朝、冷蔵庫に潰されていた僕を助けようとするも、些細な勘違いから暴力に訴えてしまった、そそっかしい人。
「覗き魔にそれ相当の報いを受けさせただけよ」
行きすぎた行為だったと理解しているのか、彼女からは動揺が窺えた。
「ショートパンツを穿いていたなら問題はなかったろ? 蹴ることはないと思うけどな」
「あら、それはつまり。今朝私はショートパンツを穿いていたから助かったものの、一歩間違えば、あなたの目にノーマルパンツを晒していた可能性があったというわけね。危なかったわ」
彼女は髪を掻き上げ、こちらに侮蔑の瞳を向けてきた。
「結局、あなたが私のスカート内に、意図的に目を向けたという事実は変わらないわけでしょ。泥棒がなにも取らずに逃げたとしても、無罪にはならないわよ」
彼女から動揺は消えていた。僕は劣勢に追い込まれているのを悟った。
「転校生にスカートを覗かれたって、新聞部にリークしちゃおうかしら。あそこの部員はものごとを荒立てるのが大好きな人ばかりよ。一瞬で学校中にあなたの噂が知れ渡るわよ」
僕は両手を上げた。
「わかったよ。蹴られたことはもう水に流す。だから、お互い今朝のことは忘れてしまうことを提案するけど、どう?」
彼女はしばし考えたのち、「それがいいかもね」と承諾する。
「私はあなたの変態行為を忘れてあげる。あなたも私に蹴られたことは忘れなさい」
双方の意見がまとまった。交渉成立というやつだ。
「ところで、なんの用があってここにきたわけ?」
僕が事情を説明すると、彼女が目を細める。
「オカルト研なんて、物好きね……」
呆れたような物言いで、奥の棚を指差した。
「あなたのほしいものは、あの棚の一番下にあるわ」
そう言って窓の方に顔を向けてしまった。
窓からは校庭が一望できる。聞いた話では、校庭はサッカー部、野球部、陸上部が交代で使用しているらしい。今日練習しているのは陸上部のようだ。
僕は指定された棚から、ロウソクとマッチを手に取る。
準備室を出る際、壁に貼ってある当番表が目についた。今日の準備室整理係の欄には、『五十嵐菜々(いがらしなな)』と表記されていた。多分、彼女の名前だろう。
この名を記憶に留めつつ、僕は理科室をあとにした。