入部完了
「つまりオレに入部してほしいというわけだ……」
彼女の目的は単純明快だった。つまるところ部活への勧誘だ。
「ええ、見てのとおりオカルト研は私一人だけなの。部としてはおろか、本来なら同好会としても認められない状態で、生徒会にも目をつけられているわ。現状、かなり危うい立場ね」
そう言って有国さんはションボリ肩を落とした。
……馬刀葉は正しかった。僕が期待していたようなものではない。
「クラスメートには一通り声をかけたんだけど、誰も入部してくれなかったのよ。なぜみんなオカルトを毛嫌いするのかしら? 飛んできたボールを棒で打つ競技なんかより、よっぽど知性的な分野なのに」
「いや、まあ、人には好みがあるからさ……」
僕の発言に、有国さんが反応を見せる。
「井坂君はどうなの! オカルトに興味はある!」
有国さんは僕に覆い被さるように迫ってきた。密着する体に、思わずドキッとする。
「ほっ、ほんの少しだけ……」と、心にもないことを言ってしまったのは、多少なりとも邪な心理が働いてしまったせいだろう。僕の答えに有国さんが歓喜の表情を浮かべる。
「それでじゅうぶんよ。私はずっと、あなたのような人を待っていたのよ。お願い、オカルト研に入ってちょうだい!」
両手で僕の手を包み、キラキラと輝かせた瞳を鼻先に近づけてくる。
お願い? それは違う。今君がしているのは脅迫だよ。女という性をタテにした、明確な脅迫行為に他ならないんだよ。女の子に両手を握られた状態でお願いされたら、男は断るに断れないじゃないか。卑怯だって。
「わかった、君の熱意には負けた。入部させてもらうことにする」
パアッと笑顔を花咲かせる有国さんを見ながら、僕は自嘲する。こうやって厄介な場面に遭遇するのも、不幸であるが故なんだよな、と……。
なりゆきでオカルト研なんぞに入部してしまったけれど、本当によかったのだろうか。僕は心霊とかにまるで興味がない。お荷物部員となることは明白だろう。
「でっ、井坂君はどのジャンルに興味があるの?」
さっそく難題が訪れた。自分の首筋を冷や汗が伝るのがわかった。
「オカルトと言っても、けっこうジャンルがあるじゃない。幽霊とかUFOとか超能力とか。井坂君はどのジャンルが好きなのかなって?」
今更、嘘とは言えない。この際なんでもいい、それっぽいことを言って切り抜けるしかない。
「……悪霊系かな……」
自然とそんな言葉が口から零れた。
かくして僕は話始めた。自分が生まれてこの方、不幸な目にばかり遭っていることを。中学のときの不幸エピソードを初め、ここへ転校してきた経緯なども話したあと、「きっとオレは悪魔に憑かれているんだろうな」と最後を締めた。
もちろん本気でそう思っているわけではない。完全な口から出任せだ。普通なら笑い飛ばされそうなところだけど、有国さんは違った。
「確かに異常ね。確率からいって、そんな不幸な目にばかり遭うのはおかしいわ。作為的なものを感じるわね」
極めて真顔でそう語った。僕は呆然と彼女を見つめる。
「悪魔に憑かれているというのは本当かもしれないわ」
驚くべきことに、彼女は僕の嘘を真に受けてしまったようだ。
「よし、悪魔祓いしましよう!」
突拍子もない言葉に、僕は、「はあ?」と聞き返す。
「だから悪魔祓いよ。井坂君に憑いている悪い悪魔を除去するのよ」
冗談だろ。僕の中に微かな後悔が生まれる。
「悪魔祓いって言うと、映画みたいに、対象をベッドに縛りつけて、その脇で十字架を掲げたりするやつ?」
「そうそう、それ。確かこの本に詳しく書いてあったはず……」
有国さんはラックに積んである本を一冊手に取り、パラパラとページを捲り始めた。表紙には、『実践くろまじゅつカラー百科』とタイトルが綴られ、帯には『真っ黒な黒魔術をわかりやすいカラーで解説』とある。
……面倒なことになってしまった。なんとか彼女を思い留まらせることはできないか考えていると、有国さんが、「あちゃ~」と残念そうに頭を押さえた。
「なんてこと、道具が準備できないじゃない。十字架と聖書はいいとして、聖水と法衣はさすがに無理だわ」
口惜しそうに唇を噛む有国さんとは裏腹に、僕は安堵の溜息を吐いた。なんとかベッドに縛りつけられることは免れた。
しかしその安心も束の間のことだった。
「でも安心して、私にいい考えがあるから!」
有国さんは自分の胸を拳で叩く。
「悪魔祓いがダメなら別の手段を行使するまでよ。これを見て」
本のページを確認すると、『くろまじゅつ№19 お手軽、悪魔召喚の儀式』という文字が目に飛び込んできた。料理雑誌のレシピ紹介みたいなノリだ。
軽い題名とは違い、中身はけっこう本格的だ。床に描かれた魔法陣と、その上に並べられた蝋燭。傍らには禍々しい祭壇が作られ、サタンを象ったと思われる像と、生贄となった牡牛が乗せられている。黒のローブを纏い、短剣を握り締めた司祭らしき男。これらがカラーイラストで図解され、その下には、用意する道具、儀式の工程、唱える呪文が丁寧な解説文で説明されていた。
「祓うのでなく、召喚という形で井坂君から悪魔を引き剥せばいいのよ。まさに発想の転換ね」
したり顔で語る有国さんを前に、僕は堪らず頭を抱える。頼むから諦めてくれ。
「そんなに嬉しがっちゃって、私としてもやり甲斐があるってものよ。なんか燃えてきたわ!」
天然なところを披露しつつ、彼女は僕の肩にソッと手を触れてきた。
「がんばって幸せになろうね、井坂君」
その言葉は僕の胸にじんわりと沁み込んできた。彼女は僕の幸せを望んでいる……。今日であったばかりの僕なんの幸せを……。
僕は頭を上げ、有国さんに向きなおる。
「ああ、幸せになるよ」
心の底から出た本音だった。有国さんは満足そうに頷く。
「なら決まりだわ、召喚儀式の準備をしましょう。使用する道具が多いけど、幸いどれも学校内にあるもので代用が利くわ。手分けして材料を集めましょう」
そんなわけで、僕と有国さんは儀式に必要な道具を始めるのだった。