4話 託児所
今日は初めて託児所にあずけられる日だ。初めてということもあり、今日だけ、お昼から夕方までそこで過ごす。
ここでは1歳半~3歳までの幼児は託児所にあずけられることがあり、親の仕事が終わるのをそこで待つらしい。そして、だいたい3歳からは親の許可があれば仕事を手伝ったり、森へ行ったり色々と出来るようになるみたいだ。
先が長い。
わたしが今日から託児所にあずけられるのは、多分親の仕事云々が理由ではないと思う。何故ならわたしはもう2歳なのだ。今まで一度もあずけられなかったことを考えると明らかだ。
これは推測なのだが、書斎騒動の後、諦めきれずに書斎に入ろうとしたり、やることがなさ過ぎたので目を盗んでは家のカギを開け、ひとりで外に出てウロウロと徘徊したのが原因だと思う。いや、絶対これが原因だ。
因みに、徘徊に関しては直ぐに連れ戻され、全て不発に終わっている。かっこ悪い。
そして書斎なのだが、もともとカギはついていなかったのに、カギが取り付けられ、常時施錠されるようになった。
……歩けるようになってから監視の目が減ってきてチャンスだと思ったのに…
くうっ、自分の行動が裏目に出てしまったよ!けど、まぁ託児所には興味あるし、いいかな。
わたしがプラス思考に考えていると後ろからお父さんの声が聞こえた。
「いこうか」
「うん」
わたしはコクリと頷く。
今は春だけど、まだ少し肌寒いので厚手の服を着せられたわたしはガッチリと手を握られ家を出る。
……うぅ、まるで囚人みたいだね。まぁ、前科もちだし仕方ないかぁ。
そんなことを考えながら何度もはぁーっと大きなため息をつく。
途中まではわたしも歩いていたが、体が小さく歩く速度が遅いため途中からは抱き抱えられて託児所へむかう。
暫くすると、少し大きめの赤い建物が見えてきた。おそらく、これからしばらくお世話になることになる託児所だろう。
その建物につくとお父さんと一緒に中に入る。
すると中には茶色のエプロンみたいなのを付けた女の人が二人いた。一人は若く、もう一人は中年だ。顔立ちが似ているから多分親子なのだと思う。
「ガルシアさん、今日からこの子をよろしくお願いします。」
お父さんは中年の方の女の人にそう言うと、わたしの方に向き直った。そして、少しかがんで、わたしの顔を両手で包み込み、微笑みながら「いい子にしているんだよ」と言い放った。
「…わかった」
……一応返事だけはしておく。だが、所詮口約束、確約はできないよ。
わたしの考えていることが分かったのかどうかはわからないが、お父さんは一瞬引き攣った笑みを浮かべた後、フッっと吹き出した。
そして、わたしの頭を撫でると手を振って出ていった。
……よっし、初めての託児所だ!異世界特有のおもちゃとか置いてあるのかなあー。家にはそれらしきものはなかったからちょっと楽しみ♪
おもちゃで遊ぶようなわたしではないが異世界の玩具には興味がある。
わたしがルンルン気分でスキップをしながら2人の後をついていこうとすると、前を歩いていた若い方の女の人がこっちを振り返り「優しそうなお父さんね」と言って頬を染めた。
……目が怖い。ヤバい、お父さんが喰われる……。
お父さんが褒められるのは自分の事のように嬉しいが、それどころじゃない。何とかしないといけないかもしれない。
わたしが立ち止まって思案しているとガルシアが戻ってきて、「こっちに来なさい」と言って手を引く。そして、子ども部屋に入ると、微笑んで数人の子ども達のいる方を指さした。
「エマちゃんは、あっちでみんなと遊んできなさい」
ざっと数えて15人くらいだろうか、思っていたよりも多くの幼児がいた。数は少ないがわたしよりも年上の子もいる。こんなに子どもがいるなら珍しいおもちゃの一つや二つはあるだろう。そう思ってガルシアに言われたとおり子ども達のいる所へ足を進める。
ガルシアと女の人は子ども達がよく見える位置に移動したみたいだ。
……さてと、おもちゃは…ん?積み木にぬいぐるみ、そこまではいいけどロープに三角、、、木馬?
探していた珍しいおもちゃはなかったが、それ以上に何だかヤバい組み合わせを見つけてしまった。だけど今のわたしにできることはない。前世の世界と同じ意味を持っているとは限らないし、考えすぎかもしれない。
「これから1年間どうしよう。」
わたしは自分の無力さに肩を落として近くにあった積み木に腰を下ろし、溜息を一つつく。
「溜息のつきすぎで幸せがなくなっちゃいそうだよ」
そう一人でつぶやいて子ども達を見ていると、見覚えのある顔を発見した。向こうも私に気付いたみたいでこっちに駆け寄ってくる。ラウルだ。もうすぐ3歳になるラウルも預けられていたらしい。
「エマちゃんっ!」
「ラウル」
ラウルはニコニコと笑うと、わたしの隣にもう一つある積み木に座った。
「ラウルもここにあずけられてたんだね。楽しい?」
「うーん、ぼくよりも小さい子ばかりだから…」
遊び相手がいなくて退屈していたということだろうか。ラウルはもじもじしながら言葉をつづける。
「それでね、ぼくは、ときどきここにくるんだよっ、エマちゃんは?」
……おぉぉふ、相変わらず喋り方がかわいい。流石は本物幼児といったところか、似非幼児のわたしにはここまでの再現できないよ。それにしても、時々ってどういうこと? わたしは今日からほぼ毎日なんだけど。やっぱり逃亡癖が響い…た?
「わたしは…多分、今日からほぼ毎日。」
消え入るような声でぽつりとつぶやくと、ラウルは目を見開いて「どうして?」と聞いてきた。それは答えられないので「さぁ?」とだけ返すと、何かを決めたように口を開く。
「じゃあ、あしたからぼくもくる」
予想外のことに言葉を詰まらせていると、「2人ならたのしいよ」と言ってきた。
……いや、二人でもあんまり変わらないと思うんだけど。ラウルを道連れにしたとしてもきっとわたしは暇だよね? それにこの託児所どうこうというよりあの女の人から逃れたい。どうしたものか……。
先の事を考え、悶々とする。だけど、せっかくラウルが決意表明してくれたのだ。無下に扱うことは出来ない。一応、笑顔で相槌を打っておくことにした。秘儀相槌、発動である。
私はニコッと笑ってコクりと頷く。
ラウルも満面の笑みを浮かべて喜んでいるようなので、ひとまずは良しとしよう。
それからしばらくラウルと話をしていると、小さな子たちが寄ってきて話しかけてきた。しかし、基本、何を言っているのかわからない。とりあえず、ここでも相槌を発動させておく。
……かわいいんだけど、同時に喋られると何を言っているかわかんないよ。聖徳太子じゃないいんだもん。それにしても相槌って便利だよねー。そういえば、日本人って相槌が多い人種だったような気がする。
そんなどうでもいいことを考えながら、しばらく過ごす。
「エマちゃん、お父さんが来たわよ」
どうやら迎えが来たみたいで、ガルシアが知らせてくれた。そのままガルシアに手を引かれたので、もう片方の手で子ども達にバイバイと手を振って子供部屋を出る。
部屋の外には女の人とお父さんがいて、女の人が何か言っているみたいだけどあしらわれていた。お父さんは私に気付くとすぐに手を取って「帰ろうか」と言って微笑む。
「うん」
そう言いガルシアの方を向きペコりと頭を下げた後、チラリと女の人を見ると目が合った。何故か、目を輝かせている。
……ん? なんで?
1歳と2歳の間をうろうろ
次は庶民のごはん