26話 変な人
距離があるので、わたしの呟きがきこえた筈が無い。だとしたら気配を感じたのだろうか。黒いマントの男が振り返る。
……あれ?
おじさんじゃない。というより、わたしは何故おじさんだと思ったのだろう。似ても似つかないのに。
通り道に立っているその人の近くまで歩いた所で、挨拶をする。
「おはようございます」
「あぁ」
わたしは会釈して、前を通り過ぎようとしたのだが、呼び止められた。
「ちょっと、そこの君!」
「はい?なんでしょう?」
「君はいつから……いや、質問を変えよう。君には私はどのように見える」
「は?」
目を剥いたわたしを見ている筈なのに、その人は長すぎて前髪かどうかわからない髪を触りながら返事を急かす。
……初対面の相手に訊く言葉じゃないでしょ!
「どうと言われましても……」
じっくりと顔を見つめる。
「とても整ったお顔だと思いますよ。」
濃ゆい金色の長髪でそれと同じ色合いの瞳。背の高さと体つきから男の人だと判断したが、顔だけなら、どっちかわからない。
「そうか……いや、そうではなく!……まぁ、そうなのだが」
「どっちなんですか!」
……面倒な人に捕まってしまったよ
「もう、わたし、行っていいですか?」
魚に負けてビショ濡れになって気が立っていたわたしは、早く帰りたいオーラを全開にして微笑む。
「君に私が認識されている事は理解した。」
男の人は黒マントのフードを撫でながら、言葉を続ける。
「私に会った事は秘密にしてくれないか?」
「いいですけど……どうしてですか?あっ、やっぱりいいです。どうせ、それも秘密なんでしょ?」
気になるけれど、話が長くなりそうなので、わたしは顔の前でパタパタと手を振って言った。
「話が早いな。まぁ、そういう事だ」
「じゃあ、そういう事なので、わたしは帰りますね」
パチンと指を鳴らして笑う男にペコリと頭を下げて、一歩後ろに下がる。
「ちょっと待ちなさい!」
「なんですか?まだ、なにかあるんですか?」
ハァと溜息を吐く。
「君はこの森で、不思議なものに遭わなかったか?」
……不思議な人なら目の前にいますよ!
「いいえ」
首を横に振ると、「そうか、それならいい」と呟いた男は何を思ったのかわたしの頭に手をかざす。そして、その手を顎に当てる。
「ふん、私の気のせいか……だが……それにしても」
ブツブツと言っているので断片的にしか聞こえない。
「ついでだ、乾かしてやろう」
何を言い出したのか理解出来なくて、上を見上げたまま固まる。すると、男の手がポゥと光り始め、その手がわたしの服に触れた。次の瞬間には半乾きだった服は完全に乾いていた。
「な、え?……ま、魔術!?」
「良い反応だ。先程からずっと気になっていたのだ。身なりには気をつけた方が良いぞ。」
自分の髪を整えて、マントのフードを深く被ると、踵を返し、森の中に消えていった。
……なんだったんだろう。魔術を使えるって事は貴族?
貴族街の近くだから貴族に会うのはそんなに珍しくはないだろうけど、初めて会った貴族があの人とは。
もしかして、貴族ってみんな変だったり?そんな訳ないか。
考えながら、足を動かしていると、あっと言う前に家に帰り着いた。鍵を開けて中に入る。
「ただいま」
「お帰りなさい、早いのね、何かあったの?」
お風呂上がりみたいにツヤっとしたお母さんが首を傾げる。裁縫をしていたのか、テーブルには針や糸などの裁縫道具と一緒にレースを縫い付けた布などが置かれていた。
「うん、あのね!……!?」
……あれ?声が出ない
わたしは両手で喉を押さえる。黒マントの人の話をしようとすると声が出ないのだ。喉から空気が漏れ出るような掠れた音がするだけだ。苦しくないし、息が出来ないわけではない。
喉に当てた手を胸に移動させ、深く息を吸って吐き、驚いた事で跳ね上がった心臓を整える。
「エマ?」
異変に気が付いたお母さんがガタッと音を立てて立ち上がり心配そうな顔でわたしに声を掛けた。今にも駆け寄って来そうだったので、わたしは手で制止する。
「大丈夫だよ。急いで話そうとしたから息切れしただけ。それで、今日は川で魚を捕まえようとしたんだけど、出来なくて帰って来たの。」
心配させまいと、話題をすり替える。
わたしが魚に負けた話に。お母さんはクスッと笑って「今度は勝たなくてはね」と言う。
それにしても、あの人の話が出来ないのは何故だろうか。話さないと確かに約束した。でも、話せない、声が出ないというのは、魔術をかけられたのだろうか。だったらいつ?
かけられる機会は沢山あった筈だからわからない。わかったところで何も出来ない。
……わかったことは、口を滑らされても大丈夫なように、策を講じてたあの人は凄いって事だね。
口約束だったけど、約束は約束だ。あの時は守るつもりだったが、あの人のインパクトが強すぎて家に帰り着くまでに忘れていた。口を滑らしてしまった事を反省して目を閉じる。
わたしが帰宅した事でテーブルの上を片付け始めたお母さんを手伝い、一緒に食事を摂る準備をする。そして、わたしは食べていなかったお弁当を、お母さんは軽食を食べながら話をした。勿論、忘れない内に星見祭の話を話題に上げた。
「それで、ラウルに誘われたんだけど、行っていい?」
「あなたには、まだ早いと思うわ。」
「どうして?星見祭って夕方からでしょ?日がある内だけ、少しでいいから行ってみたいよ」
わたしはお母さんを見つめる。
「でも、あなたはラウルと二人で行きたいのでしょう?」
「え?ラウルは二人で行こうみたいな雰囲気だったけど、わたしは別に思わないよ?だって、お祭りに行けば向こうで会えるし、子どもだけで夜に出歩くのは良くないと思うもん。だから、ラウルと行くなら日のある内って決めてたし、どっちかと言えば、お父さんとお母さんと一緒に行ってお祭りを満喫したいし」
人差し指を立てて話すわたしを見ていたお母さんが「やっぱり、エマにはまだ早いわね」と小さく呟いた。なにが早いのだろうか。首を横にコテンとしたわたしに、「それなら、わたし達と行きましょう」と提案してくれる。その時には些細な疑問なんて頭から飛んで消えてしまった。
「うん!行く!」
魔術(魔法)を使う変な人に出会いました。
この人は何かを捜しています。
星見祭の事を話しました。父親には後でお願いしています。親子で行くのは快諾です。




