25話 鉄の手
冷たい食べ物を補給出来た翌朝は森に行く事に決めた。というのも、最近怠け癖がついた気がして、ここいらで行っとかないと将来に響きそうだったからだ。
朝食後、ラウルが家に来たので一緒に行く事にする。道中、最近森に行ってなかった理由を訊かれたので、体調が良くなかったと答えた。実際は暑くて行きたくなかっただけなのだが、理由としては微妙なので、『嘘も方便』ということである。でも、ラウルが心配そうに眉を寄せた時は良心が痛んだ。
森に着くと、子どもたちが一箇所に集まっているのが見えた。中にはカレンたちの姿もある。
「どうしたの?何かあったの?」
わたしとラウルもその人だかりの中に入って、近くにいた子に訊く。
「変な人がいるらしくて、わたしもよく知らないんだけど。」
その子もみんなが集まっているからここに来ただけらしく、大した情報を持っていなかった。その為、気になったわたし達は、子どもたちを掻き分けてこの人だかりの中心にいる変な人を見に行く事にする。上手く掻き分けられないわたしを見かねてか、ラウルがわたしの手を引いて連れて行ってくれた。男の子は力があるからすいすいと前に進めて、頼りになるなと思う。
中心には黒いマントを着た、おじさんがいた。言っちゃ悪いが醸し出す雰囲気が変だ。違和感がある。身なりもこの辺りに住んでいる人とは何処と無く違う感じがする。そうなると、他領の人間かと思う。冒険者か商売人ではないだろうか。というのも、ギルドカードがなければ手続きが出来なくて領地を越えられないからだ。お父さんがギルドに立ち寄って、手続きをしているのを見たことがあるので多分そうだと思う。
おじさんは鍋を火にかけて、枝を火にくべながら懐に手を突っ込んで笑っている。
……確かに変だよ、あの人……何か、違う
わたしはラウルと顔を見合わせる。
おじさんの唇が動く。
「わしは、鉄の手を持っとる。今からこの熱した鍋を素手で持つから、よぉく見とれよ!はあっ!」
おじさんは意味のわからない事を言って、鍋の下の方に手を入れた。
「あちっ!!……」
……何やってんの、そりゃそうでしょ
自分が感じていた違和感の事など頭から吹っ飛び、目の前で意味不明な行動をしている男から目を背ける。
指先にフーフーと息を吹きかけたり、パタパタと手を振ったりしているおじさんを見て、ある子どもは肩を竦め、またある子どもは首を傾げている。わたしは呆れて、ため息を漏らした。
笑えない。熱そうで見ていられない。
「行こっ、ラウル」
「あっ、うん、そうだね」
他の子達も止まっていた行動を再開するように動き始める。
「ちょっ、ちょっと、待ってくれ、これからなんだ」
おじさんの慌てた声が背後からきこえる。しかし、みんな動きを止めずに、森の中に散っていく。わたし達も同じだ。また熱い鍋を触るという意味不明の事をされても反応に困るだけだ。
「あの人、何だったんだろうね」
「うん、何だったんだろ。多分、他領の冒険者か商売人かなと思ったんだけど……そう言えばあの人、何も持ってなかったんだよね……となると商売人の線は無いね。旅の商売人ならもっと荷物多いはずだもん。」
わたしは腕を組みながら自分の推理を話す。
「じゃあ、冒険者って事?」
ラウルが首を傾げて問いかけた。
「うーん、だったら、ちょっと嫌かも。」
わたしの中の冒険者のイメージはお父さんなのだ。それが崩れる。
「どうして?」
「だって、ほら、冒険者ってもっと格好良くって、強いっていうイメージだもん。あのおじさんは、大道芸人になり損なった人……それじゃあ、その人に失礼か……」
わたしはうーんと考えて、ポンと一つ手を打つ。そして口を開く。
「素人みたいな事してたし……」
肩を竦めたわたしの隣で「冒険者か……」というラウルの呟きが聞こえる。
「冒険者がどうかした?」
「えっ、ううん、エマちゃんは冒険者が好きなの?」
一瞬、驚いたように目を見開いたラウルだったが、次の瞬間には探るような目になっていた。
「うん、まぁね。お父さんみたいに強くて、格好良い冒険者は憧れだもん。わたしも大きくなったらお父さんみたいな冒険者になりたいし。」
好きかと問われても冒険者がどういうものか詳しくは知らない。でも、冒険者であるお父さんは好きなので好きだと答えた。そして、その流れで自分の夢を語る。強い冒険者になって、色んなところに行って稼ぎ、いずれはお父さんみたいにある街に腰を据えるのもありだと思う。冒険者ランクを上げてお風呂に入るというのが今のわたしの目標だけど。
「ラウルは?ラウルは将来の夢とか無いの?」
何となく口をついて質問が出た。
ラウルは逡巡する素振りを見せたが、それはほんの一瞬の事だった。
「……も」
「え?」
小さ過ぎて良く聞こえなくて、わたしは足を止めてラウルの方を向く。
「僕も、冒険者になるよ!」
「うん、頑張ってね」
ニコリと笑う。
一大決心したように、グッと拳を握ったラウルと比べて、かなり温度差のある返事になってしまった気がする。
それにしても、わたしと同じという事は、わたしの考えに流されてたりして。だとしても、人生を賭けた面接でもない、子どもの会話の中での事だから別にいいけどね。
……まぁ、いいや。
話しながら歩いているといつの間にか目的地の川に着いた。
西の森の川は大きくないけど、子どもが夏に水遊びするには丁度良い深さだ。つまり、浅い。
今日はラウルと一緒なので、シロを呼ぶ事も出来ないし、キーンも来ない。
……魚でも捕まえるか
採集用の籠を背中から降ろし、マントを脱いで、ナイフが入った革のショルダーバッグと水筒と一緒に地面に置く。靴も脱いで、その近くに揃えて置く。
「エマちゃん、今週末の事だけど……」
「週末?それがどうしたの?」
スカートが水に浸からないように、裾をたくし上げて、川に足を入れ、背後からの声に首を傾げる。
「あの……星見祭だよ。もしかして、忘れてた?」
「あ、あぁ」
……忘れてた。そう言えば、なんか約束したような……
わたしは振り返る。
ラウルは眉を下げて、心なしか悲しんでいるように見えた。
……ご、ごめん
「あー、星見祭って来週じゃなかったんだ、勘違いしてたよ〜、ごめんね。お母さんにはまだ言ってないから、明日また返事するね」
場を取り繕う為に誤魔化す。そして、両手を合わせて、頭を下げ、腰を低くする。
「そっか」
そう言って微笑むラウルを見て、気付かれないようにそっと息を吐く。
……うん、よかった。泣かれなくて
事が一段落して、再び行動を開始する。わたしは釣竿や網などは持っていないので、魚は手掴みで捕まえる事にした。しかし、魚は小さい上に動きが早く、やっと見つけても、すぐに逃げられる、の繰り返しとなった。水に濡れまいと膝の上で縛ったスカートも魚との乱闘で尻餅をついたりしてビショビショだ。スカートだけでなく全身水浸し幼女が完成した。
1時間も経っていないのに。
「ラウル、わたし、帰るね」
ムスッとして、声をかける。
……魚に負けた。
「えっ、もう!?」
コクリと頷く。
ラウルは何やら作っているみたいなので、「一人で帰るから、来なくていいよ」と言葉を続けた。それでも送ってくれようとするあたり、子どもなのに紳士だなと感心する。
「ほんと、大丈夫だから、ラウルはそれ、続けてて。中断させちゃ、悪いでしょ……だから、また、明日ね」
わたしはラウルが作っている物を指差し、一度目を伏せて、ニコリと笑う。その後は、ラウルが折れて、一人で帰る事になった。
わたしは採集用の籠から、寄り弁しないように入れていたお弁当を一度取り出して、マントを畳んで入れ、その上に革のバッグと水筒とお弁当を乗せる。そして、その籠を背負って、ラウルに手を振って、歩き始める。ラウルが見えなくなった所からはシロとキーンと一緒に歩いた。
しかし、シロが突然影に隠れ、キーンはわたしの頭から飛び立ち、近くの木の枝に留まる。
「おじさん?」
軽い気持ちで夢を語りました。
将来の夢、園児の時はコロコロ変わってたなと思いました。
皆さんはどうでしたか?