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23話 アイス


初夏、それは雨の日が多くなったり、ピリピリとした日差しが肌に当たるようになったりして、外に行くのが億劫になる時期だ。勿論わたしも例外ではなく、そろそろ森に行くのは控えようという気持ちになっている。




天然酵母はというと、菌の培養中だったことをすっかり忘れてしまっていて失敗したので最近又初めからやり直した。不注意で食材を無駄にしてしまったので今回は成功させようと一日一回は瓶のふたを開けてゆすり、ガスを逃すという作業をしている。現在3日目で、瓶の中の液体に気泡があるのが見える状態である。




「エマは森には行かないの?ラウルが呼びに来ていたでしょう?」

「行かないよ。」


わたしは台所にある椅子に座って、出されたホットミルクをすすりながら答える。すると、対面に座っているお母さんが疑問を口にする。


「あら、どうして?お家にいてもする事も無いのでしょう?」


わたしはウッと息を詰まらせる。確かに最近何もしていない気がする。料理という十八番はお父さんは勿論、お母さんにもとられてしまった。悔しいが、2人の方が断然上手なので仕方ないと思う。特にお母さんはかなりのやり手で、初めから色々な種類の料理を作れた上に、レストランとかホテルの元料理人か何かなのかと思うほど上手い。最初の頃のお父さんの下手な料理から見ても、多分この家で料理をしていたのはお母さんだったのだろう。

わたしは仕事は失いはしたけれど、知らない料理を食べたり、欲しかったマヨネーズを作ってもらったりと幸せを満喫していた。だが、そう考えてみるとわたしがしているのはレシピの提供だけだ。しかもそのレシピの中にはこの世界にもあってお母さんが作れるものもある。つまり、前世で知り得たけれど忘れているレシピを思い出すなりしないと、家ではやれる仕事がほとんどない。


時間が沢山あって前のわたしなら暇なのだろうけれど、実感がない。話し相手もいるし、書斎で本を読む事もできるし、大して辛くないのだ。それよりも暑い夏場は出来るだけ家の中で過ごしたい。


わたしはしょんぼりと項垂れる。


「子どもは外で遊ぶものだと思っていたのだけれど……。」


小さく呟いたお母さんが頬に手を当てて首を傾げる。相変わらず、子持ちに見えないくらいの美人さんだ。



「暑いの苦手で、だから外には……」

「そう……無理をして出る必要はないわ。わたしも暑いのは苦手だもの。」


お母さんが少し睫毛を伏せる。どうしたのだろうかと思い、目を瞬く。そしてふと、わたしの体が弱いと思わせてしまったのではないかと考え、慌てて弁明する。



「あの、お母さん、わたしはただ森に行くまでの過程で夏の日差しに当たるのが嫌なだけだよ?嫌だから行かないだけで行けないわけじゃないんだよ。それに暑くなければ平気だし、元気だよ。」


お母さんは目を丸くした後、微笑む。


「ありがとう。エマは暑いのが嫌いなだけなのね、良かったわ。」


そう言うと、わたしの頬に手を当てる。少し前に食器を洗っていたからか、ひんやりして気持ちいい。手が退けられた後もその部分だけほんの少しひんやりしている。



……冷たい食べ物が食べたいな。


頭の中で連想して、アイスクリームが食べたくなった。しかし、作るにしても我が家の氷室では少しばかり馬力が足りない気がする。冷蔵庫としての機能はあるのだが、冷凍庫としては出来損ないだ。まず、隅の方に置かないとダメで、次に時間をかけても少ししか凍らない。うーん、どうしたものか。



「難しい顔をして、どうかしたの?」


困った表情でお母さんがきく。

わたしは自分の顔に考えている事が出ているのを知ってペシッと頬を叩く。


「大したことじゃ……ううん、やっぱり大したことなの!」


反射で言ってしまった事を言いなおす。明らかに顔に出ていたし、そもそも、お母さんにはぐらかす必要なんてない。


……それに、そんな事したら悲しそうな顔されちゃうんだもん。


「えーと、冷たいお菓子が食べたいと思ったの。その……甘くて、凍ったやつ。」


こちらでの『アイスクリーム』という言葉がわからない為、ジェスチャーを交えて話す。

頬に手を当てて考えるそぶりを見せたお母さんが口を開いた。



「氷菓子のことかしら……?この季節になると売り出す店があった筈だけれど、エマが言う物かどうかはわからないわ。」


「氷菓子……多分、それだと思う!お母さんは食べた事あるの?」


「えぇ、夏場の氷は珍しいものらしいけれど手に入らないわけではないから。」


……やっぱり、高価なものなのかな?


「今から行ってみる?わたしでも案内出来ると思うわ。」


わたしが考えているとお母さんが提案してくれる。しかし、お母さんはあまり体が丈夫ではなかった筈だ。だから、長時間家の外には出られないし、家事以外の仕事もそれに伴い、在宅での手仕事を選択している。


「ううん、無理しなくていいよ。我慢できるし、場所を教えてもらえれば自分でも行けるから……」


「あら、心配してくれなくてもわたしは平気よ。お店はそこまで遠くないのだから行きましょう!ねっ?」


パンと手を打ち、少し首を傾けて微笑む。


本当に良いのだろうかと思うが、そうこう考えている内にも、お母さんはマントを羽織り準備を済ませる。わたしの遠出用マントも台所の隅にあるポールハンガーに掛けてあるので持って来て羽織らせてくれた。

このマントは通気性もよく服を砂埃などから守ってくれるし、日避けにもなる優れもので、赤ちゃんだった時の外出にもこれを体にグルグル巻くという方法で使わされていた。遠出用ではあるが、夏場の日差しから肌を守る為に着ることもあるのだ。


お母さんはわたしにフードを被せると椅子から降ろし、手を引いて家を出る。ドアに鍵を掛けたところで質問をする。


「近いって、いったい何処にあるの?家からギルド迄の距離より近いの?」


「ギルドよりは遠いわ。でもそれほど変わらないわね。」

「そうなんだ。でも無理しないでね、お母さん」


わたしの手を握っているお母さんを見上げ言う。そして、「大丈夫」だと言って微笑むお母さんに「絶対だよ!」と、念を押した。



氷菓子を販売しているお店はお食事処ガイストンの前の道を挟んで左斜め前にある雑貨屋だった。つまりギルドから近い。


戸を開けると戸についてあるベルがカラカラっという音を出し、客の来店を知らせる。



「いらっしゃい」


店内にいた一人の初老の男性が声を掛けてきた。服装も他の人と違い、エプロンを着けていることから簡単に店員だとわかる。


お母さんが口を開く。


「氷菓子はないかしら」

「氷菓子かい、それなら奥にあるが、買うのかね?」


男性は訝しんでいるように見える。わたしはお母さんを見上げた。すると、お母さんは「えぇ、3つほどお願いしたいのだけれど」と返事をする。一拍間をおいて男性の「あんたも物好きだね。」と呟くのが聞こえ、男性は奥に引っ込んだ。


数分待った後で男性が奥から戻ってきた。手には器を持っている。


「小金貨3枚だ」


男性の口から出た言葉にわたしは目を丸くする。器に入っているのは3つの小さな氷の塊だ。色がついてあるのもあるがただの氷であるのに高過ぎる。しかし、お母さんは表情一つ変えずに革のバッグから可愛らしい巾着袋を取り出し、その中から小金貨を3枚を取り出しカウンターに置いた。


「確かに」


わたしはお母さんの手をギュッと握って合図する。すると、こちらを見たお母さんはわたしの表情から何を考えているのかを察したらしく、微笑んで「大丈夫」と小さな声で言った。そして、器の中の氷の塊を一つ自分の口に入れた後、わたしの口にも入れる。


……あああ、小金貨一枚が〜


「美味しい?」

「うん、シャリシャリしてる」



3つ目の氷菓子がわたしの胃袋に収まっると2人で雑貨屋を後にした。雑貨屋は様々な物を取り扱っているのだなと思う。氷菓子については、ジュースで作るシャーベットの味がした。高価すぎるので自発的に食べる機会を作るのは控えようと思う。それにしても、どうしてあんなにも高価な価格設定をしているのだろうか。あそこまで高過ぎると誰も買いたいと思わないはずだ。

わたしはアダム・スミスの『神の見えざる手』という考え方を思い出す。確か、簡単に言うと価格メカニズムの働きにより、需要と供給が自然に調節されるというものだったと思う。

ここでわたしは氷菓子の生産と消費が過不足のない状態になっているかを考えて首をひねる。というのも情報が足りなくて全くわからなかったからだ。それに、わたしの専門分野でもない。


わたしは一人で悩まずにお母さんに疑問をぶつける。


「氷菓子ってかなり高いよね……欲しがる人なんているの?」

「そうね……」


お母さんは空いている片方の手を頰に当てる。


「よくわからないわ。欲しいという人はいるのでしょうけれど、わたしは会ったことがないから」


そう言うと肩をすくめる。


「じゃあ、どうしてあんなに高いのか知ってる?」

「えぇ」



……それは知ってるんだ


わたしは「教えて」と言ってお母さんを見上げる。


「氷菓子を作るには魔術具が必要なの。魔法道具とも呼ばれているものよ。お家にもあるからエマも知っているわよね?」


わたしは首を横に振る。


「そう、それなら説明するわね。魔術具は魔法の才が有る者だけが作る事が出来るの。」

「あ、それってお貴族様のこと?ラウルが教えてくれたよ魔法が使えるのはお貴族様だけだって。」


クイズに答えるような感覚で教えてもらったことを話す。すると、ふふっと笑ったお母さんがわたしの頭を撫でる。


「え?」

「厳密に言うとそうではないのだけれど、その解釈で大丈夫よ。」

「そうなの?」


頷いたお母さんが話しを続ける。


「限られた人間にしか作る事の出来ない魔術具はとても高価だというのはわかるかしら?」

「うん、でもお家にもあるんだよね」


お母さんが頷く。


「お家にあるものでよく使うものは空調と氷室かしらね。」


…… 空調……そう言えば、室内は外と比べると快適な方だったね。


しかし、冬場は暖炉付けっ放しにしてるし、夏以外の日も肌寒い日は寝るまで暖炉をつけている時もある。流石に外出時は火を消すけれど。そんなかんじだから、全然気付かなかった。ただ、夏場の室内は涼しいから、空調の魔術具は冷房機能だけなのだろう。


「それで、魔術具が高価だっていうことはわかったけど、それが氷菓子の値段とどう関係があるの?もしかして、作る道具が高いから高めの値段設定なの?でも……」


売れなければ、初期投資分の金額も稼ぐ事が出来ないんじゃないかと言う前に、お母さんが柔らかく微笑んで次の言葉を口にする。



「エマの言いたい事はわかるわ。お家にある魔術具よりも氷菓子を作る魔術具の方が高いのは確かよ。でも、それだけがあの価格の理由ではないの。平民は基本的に魔術具を手にする事はないのだけれど、貴族との繋がりやお金さえあれば平民でも手にすることができるでしょう。雑貨屋の魔術具は貴族との繋がりによってもたらされたものなの。しかも半分は貴族の所有物みたいなものらしいわ。」


指を立てて説明をするお母さんに質問をする。


「ん?どういうこと?借金?」

「いいえ、魔術具を手に入れる段階で交わした契約があったらしいの。それ以上はわたしも知らないけれど、その契約であの価格設定だと聞いたことがあるわ。」


つまり、魔術具は雑貨屋のものだけれど、作ったものを販売する権利は貴族のもの。だから、価格設定は貴族がしているということか。

それなら、店側にもしっかり利益が入る契約をしているのだろうか。わたしの知ったことじゃないけれど少し気になる。不平等な契約じゃなければ良いのだけれど、もし不平等なら店主は割に合わないだろうなと思う。そもそも、どうしてそんな契約を結んだのかと疑問さえ湧く。


……身分で無理やりだったら怖いかも。でも、まあ、不平等かどうかはわからないし、推測になるんだけど。





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