20話 再現の準備
今日はどうしてかラウルの様子が変だった。まず、森についてからわたしをつけていたみたいで、シロやキーンを呼んでいる時に声を掛けてきた。あれはかなりわたしの心臓に負荷をかけた。
しかも、キーンはともかく人が苦手らしいシロのことは秘密にしておいたほうが良いと思ったため、何をしているのかをきかれたときはかなり焦った。
出会ったばかりの頃はシロの事を全然知らなかったから、少しお父さんに話してしまったけれど、苦手がわかってからはもう誰にも言わないと決めたのだ。シロの過去に何があったか知らないけれど、わたしのせいでこれから嫌な目に遭わせるのは嫌だ。
しかし、頭をフル回転させて頑張って捻り出した答えは「発声練習していた」などというものだった。あれは反省しなくてはならない。怪しまれはしないかもだけれど、絶対変な人だと思われた。
その後は質問を避けるため、さっさとその場を離れたけれど。
帰りはカレンがお祭りの話を振ってきて、ラウルに誘われた。夏祭りは行ってみたいので楽しみだ。それにしても、改まって誘わなくても祭りに行けば会えるのにおかしなものだ。祭りって言うと子どもはもっと砕けた感じでワーキャー言ってるイメージなのに。
……まだ先の事だけど、行っていいかお父さんにきかなきゃ
そんな事より気になった事がある。ラウルが言っていた魔法と貴族についてだ。この世界はわたしの常識を覆すことばかりが起きるので、魔法があると聞いてももう驚かない。いや、少し驚いたけど。それにしても、魔法が貴族限定なんてなんかずるい。そんな面白そうなものわたしも使いたいのにと思った。どうこう言っても意味ないんだけど。出来れば、中途半端に引き継いだ前世からの能力は必要ないから、魔法が使いたかった。
帰ってからはガイストンのポルフェンの再現に取り掛かる。看板メニューだから秘伝のレシピなのかもしれないが、そんな事は知らない。美味しいものは作る。公表されてないから再現してやるのだ。
……あれと同じじゃないけど、昔、会社の近くのベーカリーで似たようなの食べたんだよね……いつも行列が出来てたからあの時は運が良かったなー。
「さて、作りますか。」
気合を入れる。
しかし、わたしは材料を並べている時に気づいてしまった。
「……イースト菌……ドライイースト!ないじゃん!あー」
ふわふわのパンを作るには酵母が必要だ。パンに使われる酵母で代表的なのがイースト菌、それが無い。無ければ、発酵時に排出する炭酸ガスで生地を膨らます事が出来ない。
「準備からかー」
ムムムと口をへの字に曲げる。
「無いなら天然酵母、作るしかないよね。でも、あれって難しいんじゃなかったっけ?」
弱い発酵力と一定量で培養されない酵母菌のせいで慣れないと失敗しやすいとネットに書いてあった気がする。作り方は大体わかるので試してみようとは思うが。
天然酵母は、果実や穀物に付いている酵母を利用して作る事が出来たはずだ。それをパン酵母として使用すれば、果物ごとにパンの風味が変わると本にも書いてあった。
わたしは、ここで一度昨日食べたポルフェンの味を思い出してみる。
「ミルク風味だったけど、それだけ。フルーツっぽい味はしなかったような……。」
……根菜かな?
考えながら、食糧庫に向かい根菜を取り出し、その足で氷室に向かい果物を取り出す。それをテーブルに並べる。
使う果物はアルプとナナナとキュルンだ。左からリンゴ、バナナ、キウイの外見で味も同じである。因みに中身の色は赤、黄、青で毒々しい。
棚からビンを取り出した後は、お湯を沸かし、今回使用する道具と一緒に煮沸消毒をする。
そして、果物と根菜を皮ごと切り、それぞれの瓶に投入してスプーン一杯分のハチミツをかける。最後に浄水を加え、きっちりと瓶の蓋を閉めればおしまいだ。これを一定温度に 保っておけば作れるはずだが、このまま台所に置いておけば、人の出入りで温度管理が上手くできないため食糧庫に保管することにした。
……食糧庫は暖か過ぎず、寒過ぎずだからね。氷室は冷蔵庫だから菌が育ちそうに無いもん。
作業が一段落したので、最初に出した小麦粉を使った料理に取り掛かる。作るのは餃子だ。餃子は皮から作ったことはあるので手早く済ます。
皮に使うのは、小麦粉と熱湯と塩2つまみ、後は片栗粉だ。片栗粉は唐揚げを作る時に必要なため前にポテル芋から自分で作った。
皮を剥いたポテル芋を粉々にし、綺麗な布に包んで水を張ったボウルに入れて20分揉む。布を取り出したら、ボウルをしばらくそのままの状態で放置し、水を捨てる。ボウルに残った沈殿物を乾燥させれば完成だ。
片栗粉なんて前世では普通に売っていたから作ったことはなかったけれど、こちらに来てからは自作しなくてはならないからめんどくさい。今日試作をはじめた酵母菌もそうだ。したいことをする前の段階で時間と体力をたくさん使う。
片栗粉を作った時の事を思い出し、溜息をつく。
皮が出来たので餡を作り、皮で包んでいる途中にお父さんが帰ってきた。
鍵を開ける音で気づいたわたしは振り返る。
「おかえり!」
「ただいま。おっ、料理中か……何を作っているんだい?」
お父さんが荷物を一度床に置き、身につけている剣を腰から外しながら問いかけてくる。
「『餃子』だよ。」
「ぎょーざ?初めて聞く名だ……新しい料理かい?」
お父さんが目を瞬く。わたしがコクンと頷くと、「よく次から次へと新しい料理を思い付くものだ。やはりエマには料理の才があるよ。」と感心したような口調で言われた。
「買いかぶり過ぎ、わたしよりお父さんの方が料理上手いし……だって、シチューとかいつの間にか追い抜かれてたんだよ!あの時は衝撃的だったもん。」
フラグ回避の為にブルブルと頭を振ったわたしがはじめてお父さんのシチューを食べた時の事を語ると、お父さんは表情を崩す。そして、ワシャっとわたしの頭を撫でてら着替えの為に部屋に引っ込んだ。
……変なフラグ立てられるのも嫌だけど、だからと言ってしたい事を我慢するのも嫌なんだよね〜。うーむ、難しいものだ。
しばらくすると部屋から出てきたお父さんが作業を手伝ってくれ、餃子が完成する。2人で食べて片付けをしたらその日やる事は全て終了だ。何か忘れている気がするけれど多分大した事ではないだろう。
次の日、眠い目を擦りながら部屋を出て台所に行くと、扉の前に父さんが立っていた。肩にはキーンではないグリルスがとまっている。
お父さんがわたしより早く起きた時はいつも朝食の準備をしている最中なのに、「変だなぁ」と思いながら近く。
「おは……」
「エマ!」
わたしの言葉は嬉しそうなお父さんの声に遮られた。
「へ?どうしたの?」
「朗報だ!アリアがめ……いや、戻ってくるよ!」
戻ってくる、会える、
すぐにはその言葉の意味を理解出来なかったけれど、その言葉は何度も頭の中で繰り返され、その度に嬉しさが込み上げてくる。
「お母さん」
それは無意識の内に呟いた言葉だった。
次はお迎えと再会