18話 クレープ
シロはここでフォルクを捕まえたみたいだけれど、ここに罠を仕掛けるのは気がひける。第1に距離が遠い。第2にさらに景観を損ねる。
……やめとこう。そうと決まれば話は早い。帰ろ。
変な植物に関しては、放置だ。1株だけ持ち帰ろうかとも思ったが、近寄るとウネウネ動いて気持ち悪かったからだ。
ここまで来ても何の収穫もなかったので、折角だから帰る前に泉を近くで見て行く事にした。ついでに水筒の中身が無くなっていたので補充する。
……透き通ってるし、多分飲めるでしょ。
水を汲むときに水面に映る自分を見る。手鏡とか桶の水とかに映して顔は見たことがあるけれど、全身を映して見たことはなかった。お風呂に入ったときなんかは、アネットがいたからじっくり見ることが出来なかった。
こうして自分の姿を見ると、自分の小ささが良くわかる。他の子達より成長が早いとは言え、大人だった頃とは違う。そんなことを改めて思う。
帰りも徒歩で帰る。かなり距離があるから大変だけれど頑張った。いつも通り、シロとキーンとは他の子達と合流する前に別れる。
「カレンお姉ちゃん!聞きたいことがあるんだけどいい?」
「どうしたの?」
「この森の奥に行った事ある?」
「ないわよ。行く前に結界が張られてるから、わたし達には入れないの。どうして?もしかして、結界を見て来たの?」
カレンが首を傾げ、赤いおさげが揺れる。
「結界?うん、まぁね。」
「結界」という言葉に引っ掛かりを覚えたが、多分そのことだろうから肯定の意を示す。
「わたし達は知ってたから、そんなに奥まで行かないけどエマは知らなかったのね。」
カレンはクスッと笑う。
あの膜は結界でその話を知っていたカレンは奥まで行かずに手前で採集をしていたという事らしい。しかし、話を聞くとおかしい点がある。結界というのにシロ達もわたしも中に入れた。結界とは名ばかりで子ども達を近づけないためのフェイクなのだろうか。だとしたら、小石が弾かれたのは何故なのか。そもそも結界とは何なのか、この世界での何かしらの技術の一種なのか。
一度考えると疑問が泉の様に湧きでる。
わたしは、うーんと唸って下を向く。
「あ、そうだ!わたしよりもラウルに聞いた方がいいわ。あの子も知らずに結界まで行ったらしいから。」
カレンは愉しそうに笑って手を打ち鳴らすと、レオンと一緒にいるラウルを呼ぶ。
「何かあったの、カレン?」
「エマにあの話をしてあげて。」
呼ばれてこちらにやって来たラウルを一瞥して、わたしの方を見るとカレンはニッと笑う。
「あの話って……まさか、あの?」
「そうよ!」
「……嫌だよ!なんで僕が……」
「いいじゃない。面白いんだから。ラウルが言わないならわたしが言うけど?」
「うー」と唸っているラウルが何故そんなにわたしに話したがらないのかわからない。
……別にいいんだけど、長くない?今の状況って2人だけ楽しそうで、わたしは置いていかれてるって感じなんだけど。イリーナたちの所に行こうかな。
「カレンお姉ちゃん、もういいよ。ラウルが話したくない事を無理に聞こうとは思わないし……わたしイリーナに話があるから後ろに下がるね。」
わたしは2人がいる場所から移動して、後方でティレーヘルと一緒にいるイリーナの所に行こうとする。
「そう?つまらないわね。」
「ごめんね。」
わたしはハフゥと息を吐いて、後ろを振り返ろうとすると、ラウルがわたしの手を引き留めこちらを窺うように口を開く。
「エマちゃん……エマちゃんは聞きたい?僕の話。」
「ん?気になるけど……さっきも言った通り無理に聞こうとは思わないよ。」
眉尻を下げて問いかけてくるラウルが安心するように出来るだけ優しい笑顔をつくる。ラウルは「そっか……」と呟くと何かを心に決めたようにこちらを見つめてくる。何事かと思い、わたしは首を傾げた。サラリと髪が肩から流れる。
「あのね……」とラウルが切り出すが、後に続く言葉は拍子抜けするものだった。
簡単に言うと、結界に触れた途端に吹っ飛ばされ、近くにあった水溜まりに顔を突っ込み、服は泥だらけになったらしい。前日に雨が降っていたことがさらなる不幸を招いたと言う。帰り際にみんなに笑われ、家に帰ると服を汚したことを母親に怒られ災難だったそうだ。
……それだけの話をするのに渋りすぎでしょ。また笑われると思ったのかな。……あれ?でも、ラウルが弾かれたとなるとあの結界はフェイクじゃないということか。じゃあ、なんでわたしは入れたの?
「笑わないの?」
「なんで?」
わたしが考えている時にラウルが訊ねてきたので、咄嗟に質問を質問で返す。すると、安心したような嬉しそうな、なんともわかりにくい表情で見つめられる。
……なんだろ?まあ、いいや。
家に帰り着いてからは特にやることもないので、料理をする事にした。
今日は色々な事があり過ぎて頭がおかしくなりそうだから、何かをして気を紛らわすのが一番だからである。
……今日はクレープをつくるよ!本当は生シューを作りたかったんだけど、材料はわかっても分量が微妙だから失敗する確率が高いんだよね。お菓子って材料の配分が成功の鍵なんだもん。うん、うん、生シューはまた今度。
わたしは一つ頷いて木のボウルを取り出してくると、カップ1杯の牛乳とカップ4分の1の水、卵を1つ入れて混ぜる。その後に砂糖少々と小麦粉を目分量で100グラムと、溶かしバター20グラム(こちらも目分量)を加えて混ぜる。これで生地の準備はバッチリだ。本当は計量器や粉ふるいがあればもっとバッチリだったのだが、無い物は仕方がない。
次の作業は焼き上げだ。鉄板にはお父さんが買い置きしているキャメリーア油を使わせてもらった。生地を少し外側がパリッとするくらいに焼き上げて完成である。
「ふぅ、出来た。」
お皿に盛り付けて、周りにベルーリの実を薔薇の形に飾り切りしたものを添える。ベルーリの実は見た目も味も苺でお菓子との相性がバッチリなのだ。
……力作だよ。あとはお父さんが帰ってくるのを待つだけだ!帰って来たら生クリームを泡立てもらおう。ふふん
非力なこの身では長時間生クリームを泡立てるのは苦痛だから仕方がない。実にハンドミキサーが欲しいものである。
そんな事を考え、お父さんの帰りをホットミルクをちびちび飲みながら待つ。
……暇だ。あ、シロ
わたしはポンと手を打つと自分の影に話しかける。
「シロ、いるなら出て来て!」
すぐにニョキっと2つの耳が影から飛び出す。外の音を窺うようにピクついているのが可愛い。
「クレープ食べる?」
一応きいてみる。すると顔を出して首を傾げるので、クレープを鼻先に近づけてみた。しかし、匂いを嗅いでそっぽを向いてしまう。どうやら、嫌いなようだ。
その後は、シロにダラダラと話しかけることで時間を潰す。わたしが話している間、シロは影から耳を出すだけだった。森じゃないから警戒しているのだろうか。森でも他の子には近づいていないみたいだし匂いとか人の気配に敏感な子なのかもしれない。
お父さんが帰ってきてからは予定通り、生クリームを泡立ててもらい、一緒に食す。シロはというと人の気配を察したのか身を隠してしまった。
食べながら、魔獣の本や植物の本が読みたいと告げ、無理を承知で書斎を使わせてもらえないかを頼む。シロのことや今日見た変な植物について調べたいと思ったからだ。そうする事で、今日の不思議体験の謎の1つくらいはわかると思ったからだ。
「あぁ、書斎か。そう言えば、鍵をかけるようにしてたな。」
お父さんは思い出したように小さく呟く。
「いいよ、君なら大丈夫だろうし。」
クレープを頬張りながらそう答えてくれる。なんとも、あっさりと書斎への道が開かれてしまった。昔あんなに頑張って入ろうとしていたのが嘘のようだ。寧ろ、頑張りすぎて鍵が取り付けられるようになったのだろうけど。
……わたしがお父さんの仕事場を散らかさないっていう信頼が得られたって事かな……言動変えて正解?
次は、調べものをして金物屋に行きます。