15話 買い取り
家に帰るとお父さんが仕事に出かけていて鍵がかかっていた。わたしは首に下げていた鍵を取り出すと扉を開けて入る。そして即刻着替えて即刻昼寝タイムに入った。起きた後は疲れが取れて頭もスッキリしていたので夕飯は作ることが出来た。食事中お父さんに今日の事を問われたけど不思議な現象の事を省いたうえで話し、疲れたから早めに帰って来たと伝える。あの事を話すと気味悪がられる可能性が否めないからだ。これは奈留の時の経験則だ。もうあんな思いはしたくない。それに今は特に何も感じないし、体の不調もないのだからいいだろう。
それはそうと、あの森は安全だと聞いていたのに、巨大化する犬がいるというのは本当に安全だといえるのだろうか。シロはいい子だったけれど、もし他の不思議生物がいるのだとしたらおとなしいとは限らないのではないだろうか。昼寝をするまでぼんやりしていた頭では考えなかったけれど、スッキリしている今はそんな考えが浮かぶ。しかし、シロが巨大化したことは前後関係の説明が難しいのと、もし話したときにシロの身に危険が及ぶかもしれないため伏せておいているので、お父さんにそのことを聞くのは控えている。まあ、下手に聞いても藪蛇だろうし、こっちの世界では巨大化なんて当たり前なのかもしれない。とにかく安全だと言っていたのは心配性のお父さんなのだから大丈夫なのだろう。きっとわたしの考えすぎに違いない。他の子たちは今まで何もなかったんだから大丈夫と自分に言い聞かせた。
次の日も森に行く途中でカレン達と会った。今回は待ち合わせしていたわけではないので偶然だ。因みにラウルとティレーヘルはいない。ラウルの方は町で遊んでいるのだそうだ。元気で何よりである。ティレ―ヘルの方はよくわからないが多分家にいるのではないかとのことだ。
わたしが感心しているとカレンとイリーナが心配そうにわたしの体の調子を聞いてきた。昨日のわたしの様子を見て心配してくれていたのだろう。
「エマちゃん……」
「体の調子は、どう?……ちゃんと休めた?」
「うん、バッチリだよ。心配してくれてありがとう。」
「それならいいんだけど……無理しないでね。」
「うん!」
わたしは眉を曇らすカレンとイリーナにコクりと頷いて微笑む。
……2人とも優しいね。カレンはレオンにはアレだけど。
「何かあったのか?」
わたし達が話しているとレオンが話しかけてきた。カレンがフンとそっぽを向いてしまったので、わたしは「ううん、何でもないよ。」と簡単に答えて会話を打ち切ろうと試みる。しかし、レオンは「そうか」と呟くと自分の話をぶっ込んできた。なんでも、昨日捕れた獲物の自慢がしたかったらしい。
……この子空気読めないの!?また、カレンの機嫌が悪くなっちゃうよ。
「……それで、昨日オレが捕ったフォルクの話なんだけど、聞きたい?」
「う、うん。」
特に聞きたいわけではないけれど、正直に言ったらレオンが傷つくかもしれないのでここは大人の対応をする。カレンは相手にするのも億劫だというオーラを出して離れてしまった。
レオンの話は誇大表現が多くて長いので要約すると、仕掛けていた罠に偶然フォルクがかかっていたということだった。フォルクは狐に似た魔獣だ。体長50cm程度の小型魔獣らしくシロよりも少し小さい。大人達にとってみれば雑魚の部類なのだろうけれど、レオン位の年頃の子にとってみれば良い小遣い稼ぎになる魔獣のようだ。
富裕層の子どもといっても平民、いずれは自分で働いて生活しなくてはならない。自分でお金を稼ぐことでお金の有難味を学べるようにという方針らしく、ここにはお小遣い制度というものがない。わたしの場合、欲しいものは料理用のものばかりということもあってかお父さんが買ってくれようとするけれど、他の子達の親にはそうでない人もいるみたいだし、買ってくれるとしても小言を付きの場合もあるらしい。その為、一番の稼ぎ場所である森で魔獣などの大きな収穫があれば、子どもはとても喜び興奮するみたいだ。わたし達が行くことが出来る森にはあまり魔獣が出ないみたいなのでフォルクが出たことは幸運だとレオンが言う。
「それで、そのフォルクをどうしたの?」
「お、興味あるのか?」
……さほど興味はないよ。話の流れで質問しただけだよ。
そんなことは言えるはずもなく、レオンの話に付き合う。
「商業ギルドに行って、買い取ってもらった。自分で解体して肉と素材とに分けて持って行ったから、銀貨1枚と銅貨3枚だ。凄いだろ。」
「うん、凄い。レオンお兄ちゃんは解体もできるんだ。」
「おう、父さんに貰ったナイフが役に立ったぜ。」
レオンが自分のバックから革でできた包みを取り出しその中から3本のナイフを出してくる。1本はわたしがお父さんから貰った植物採集用のものと同じ形状をしているが、他のものは少し形状が異なっていた。鋭い包丁のような形をしたものが骨スキ用のナイフで刃が上に反っていて少し厚みのあるものが革剥ぎ用ナイフらしい。
へぇ、これがと感心しているとレオンが「初めて見たのか」ときいてきた。わたしはそれに頷いて肯定する。すると、その後にレオンが話してくれる話は全て狩猟用道具の事になってしまった。鳥猟用のナイフとか狩猟用の鋏とか色々道具が豊富なのは分かったが、お前は武器屋か鍛冶屋なのかと言いたいほどに語られるうんちくには少々肩が凝る。レオンには悪いが、わたしは助けを求めるためにカレンに視線を送ることにした。
……助けてカレン!
直ぐに視線に気付いてくれたカレンが熱くなり過ぎたレオンを一喝してわたしを救出してくれる。
「ありがとう。」
「いいのよ。レオンは話し始めたら止まらないから、慣れてないとビックリしてしまうのは当然だもの。次困ったときはもうちょっと強く言ってやるとエマでもレオンを止められると思うわ。」
「そうかな?」
「ええ」
……別にカレンみたいなりたくはないよ。多分レオンが止まるのはカレンだからじゃないかな。わたしの直感的なものがそう訴えてるよ。
森についてからは今までと同じ作業の繰り返しだ。木の実やハーブ、薬草を採集したり、罠を仕掛けたりする変わり映えの無い日常だ。変わった事と言えば前日に出会ったばかりのシロに今日も会えたことで、わたしの周りにはグリルスのキーンとシロがベッタリ引っ付いているということくらいだ。シロの思念波的なものも聞こえなくなっているので変わったことはそれくらいしかない。シロは昨日出会った場所で名前を呼ぶと、後ろからヒョコッと顔を出してくれた。死角になっているところから出てきたのでほんの少し驚いたが、また会うことができて嬉しかった。
因みに、その日の収穫は自分で採った木の実などと、シロが持ってきてくれたまだ温かい死んだフォルクだった。シロにご褒美をあげようと思ったけれど、お腹がいっぱいなのか食べようとしなかったので沢山褒めて感謝の気持ちを伝えた。キーンには今日もそばにいてくれて有難うと木の実を贈呈した。そして、皆と合流する前にシロとキーンと別れた。いや、合流した時にはもう2匹の姿がなかったというべきか。
「そのフォルクどうしたんだ!?結構大物じゃん!」
「え、そうなの?」
「あぁ、毛並みもいいし、脂も乗ってる。」
「レオン、落ち着いて。」
カレンの言葉でレオンが落ち着きを取り戻す。流石はカレンだ。レオンの話によれば、このフォルクはこの森で捕れる品質で言えば割といい部類のフォルクらしい。秋から冬の初めにかけては脂の乗ったコッテリした肉のものが捕れ、春から初夏にかけてはあっさりした肉のものが捕れるらしい。これは、例外もあるが、フォルクに限らず他の生物にも適応されるそうだ。今は春ということもあり、季節外れのコッテリお肉のフォルクは珍しいので商業ギルドで高く売れるのだそうだ。シロが持ってきてくれたとは言えない為、運が良かったとレオンには答えておく。
……シロ、凄い。
「それで、どうする?今日売りに行くならオレのナイフ貸してやるけど。エマは持ってないんだろ。」
「うーん」
……解体とかしたことないのにいきなり出来るものなのかな……。自分の指をザックリ切ったりしそうなんだけど。安くなってもいいからそのまま売っちゃダメなのかな。
「レオンがやってあげたらどう?エマは初めてで上手くできないかもしれないし、わたしよりも早く、綺麗にできるでしょう?」
わたしが考えていると、カレンが助け舟を出してくれた。カレンの一声でレオンがやる気になり作業を始めるさまは流石はカレンとしか言いようがなかった。
作業が終わると皆で商業ギルドに向かった。商業ギルドは初めて行くが、冒険者ギルドの隣にあるせいかそんな気がしない。内装は冒険者ギルドと大差はなかった。カウンターのある位置が冒険者ギルドよりも前の方にあることが一番の差だといえる。商業ギルドの方はむさくるしいムキムキの男ばかりではなくて女の人も沢山いて、バランスが良かった。
それから、受付の女性に解体済みのフォルクを渡し、買い取り金を受け取る。今回は銀貨3枚と銅貨1枚だが、銀貨1枚分を銅貨で銅貨1枚分を鉄貨で支払ってもらうように頼んだ。
商業ギルドを出た後レオンが首を傾げる。
「どうして、わざわざ細かくしたんだ?銀貨3枚と銅貨1枚でいいだろ?」
「ん、今日は3人にここまで付き添ってもらったでしょ。レオンお兄ちゃんには解体もしてもらったし、カレンお姉ちゃんとイリーナには素材を整える細かい作業を手伝ってもらった。だから、そのお礼を支払おうと思って。」
わたしはさっき受け取った通貨を3人にさっと手渡す。レオンには銅貨3枚カレンとイリーナには銅貨と鉄貨を各1枚ずつだ。3人はパチパチと目を瞬いていた。
「お礼なんて良いのに……。」
「そうだよ、わたしとお姉ちゃんは大したことしてないよ。」
「オレもだ。それに、あのフォルクはエマのだから、オレ達に金を渡す必要なんてないんだぞ。」
集団で狩りをしたわけではないのだから、獲物は捕ったものにすべての権利があるとレオンが言う。確かに、そうだ。わたしは皆で狩りをしたわけではないからそれは間違っていない。しかし、わたしは彼らに解体作業を手伝ってもらった。貴重な時間と労働力を貸してもらったのだからその対価は支払わなければならないと思う。あわよくば次も手伝ってもらいたいし。後半が本音だ。
画的にグロいのもそうだが、解体作業は慣れないと割と大変だし、失敗すると価値が下がる。それに、捕らえた生き物が生きていた場合、苦しめずに命をいただくには腕が必要である。覚えるまでは自分でやらないほうがいいだろう。それはたとえ時間があってもだ。結論、できる人に頼んだ方がいい。
「お兄ちゃんの言ってることは分かるよ。でも、今日はほんとに助かったから、お礼がしたかったの。だから、受け取って。それで……また手伝ってくれるとうれしいな。」
わたしは、ニコリと笑う。3人は勿論という表情でコクリと頷いた。
……これでよし。
3人に渡したお金は大した金額ではないが、幼い子どもにとっては嬉しい臨時収入だ。有効活用してくれるとうれしい。
話が脱線するが、今日商業ギルドに行ったことで判明したことがある。わたし以外の子ども達は字を読むことがまだできないらしい。わたしが買い取り品リストを読んでいると3人とも驚いていたので間違いない。わたしくらいの年齢で読み書きが出来るというのは早い方だとわたし自身思っていたので、今回は確証が得られただけだ。因みに買取品リストにはよくわからない名前の物の他に、薬草やハーブ、木の実といったよく森で採れるものも載っていた。しかし、薬草やハーブは束での買い取り、木の実も大量に持ち込まないと買い取ってもらえないらしい。しかも買い取り金額も安いため採算が取れない。だから、そういうものは家庭で消費するのだそうだ。余計に需要が低くなってしまっていると思う。需要が低いから仕方がないと言ってしまえばそれでおしまいの話だけれど、獣以外で稼げる手段が減ったことは確かなので、がっかりだ。
シロは褒めてもらって喜んでいます。
出来ないことはレオンに丸投げしました。
初めての買い取りで臨時収入が入ってホクホクですが、
子どもが獣を手に入れることはレアなので次いつ収入が入るか不安なエマです。