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8話 料理とおべんとう




 「今日のお昼から食事はわたしがつくるよ。」



 家に帰りついてからの第一声がそれだった。

 突然わたしが食事をつくると言い出したのでお父さんは口をポカーンと開けて固まってしまった。仕方ないと思う。料理の「り」の字すら知らないはずの幼児が張り切って宣言しているのだから。



 

 ……徐々に言動を変えていこうと画策してたけど、さじ加減が分かんないんだもん。もう、別にいいや。



 「突然どうしたんだい? 料理の仕方なんて知らないだろう?」

 「す、少しは知ってるよ。前にお父さんが作ってるのを見たことがあるもん。……ただ、竈に手が届かないから台が欲しいな。」



 色々とボロが出ているのをあまり取り繕わずにおねだりモードに突入すると、お父さんは困った表情になり「台はすぐに用意できるけど、一人で料理をさせるのは危ないからできないよ」と言った。


 そんなことは勿論心得ている。市場にあった変な食材の調理は一度しっかり見ておきたいし、わたしにできない力仕事は手伝ってもらいたい。それにお父さんが見ている間に料理スキルを見せておけば台所がわたしのテリトリーになるかもしれない。そうすれば我が家の食事改善に大きく近づくと思うから、わたしとしても一人じゃない方が都合がいい。


 「それじゃあ、手伝ってよ。二人なら危なくないでしょ?」

 「エマにはかなわないな。いいよ、一緒にやろうか」



 さっそく台と材料を準備してもらい、料理を開始した。

 

 まずは卵を木のボウルに割り入れて溶かし、牛乳と砂糖を適量加えて混ぜる。そこにスライスしたパンを浸してしばらく放置する。すると不思議そうな顔をしたお父さんに話しかけられた。



 「何をつくるつもりなんだい?」

 「フレンチトーストだよ。こうすればパンの食感が変わって美味しくなるでしょ」


 わたしはニコリと笑って、すぐに次の作業に取り掛かる。せっかくお父さんに手伝ってもらえるので、ついでに次の指示も出しておく。初めに出してもらうのを忘れていたバターを出すのを頼んだ。


 「お父さんは竈に火をつけて、バターを出して」

 「わかったよ」



 お父さんは暖炉から火種を移して竈に火をつけると、食糧庫からバターを取り出して机に置いてくれる。その間にわたしは台を押して棚の前に移動し、フライパンと木べらを取り出した。そしてフライパンを火にかけ、いい感じに熱されたところへバターをひとかけら投入した。

 すると、ジュワーという音と共にいい匂いが室内に広がる。なんとも胃袋が刺激されるいい匂いだ。



 「いい匂いだね」

 「うん、だけど、これを入れるともっといい匂いになるよ。」



 そう言って、液に浸しておいたパンをフライパンの上に丁寧に並べ、両面にきれいな焦げ目がつくように注意を払う。奈留時代の時のような、ガスコンロでもIHクッキングヒーターでもないから簡単に火加減を調節できない。だから、自分が気を付けるほかないのだ。


 パンを入れてほんのちょっとすると、甘い香りがフライパンから立ち始めた。それは徐々に室内を満たしていく。


 「……ほんとだ」

 「でしょ、美味しそうだよね。」



 わたしは木べらで一枚ずつひっくり返して、出来上がりを今か今かと待つ。お父さんも何だかそわそわしているようだ。


 「もうすぐ出来るからお皿をお願い。」


 お父さんに声をかけ、お皿を持ってきてもらい、それにフレンチトーストを乗せる。


 「ふぅー、完成だよ! 後は今日買った野菜でもう一品つくったらお昼にしよう。もう一品はお父さんに任せてもいい? わたしは調理してるところを見てるから。」

 「いいよ。でも、私は料理が得意ではないからエマのようなものは作れないけどそれでもいいかい?」


 お父さんは長い睫毛を伏せて返事をした。


 ……あれ? もしかして敗北感を感じてる? そんなつもりじゃなかったんだけど……

 これはフォローしなくては!



 「あのね、わたしにはまだあの野菜を調理することが出来ないからお父さんに教えてもらいたいんだよ。それはお父さんにしか出来ないことだと思うから。それに……今のわたしに出来ることは少ないから、料理の腕を磨いてお父さんに恩返ししたいんだ。」


 わたしは一生懸命フォローする。流石に食事を改善したいということは言わなかったが、どれもわたしの本音だ。嘘は言っていない。するとお父さんは「ありがとう、子供の成長は早いものだね」と言って、ぎゅっと抱きしめてくれた。フォローが上手くいって良かった。




 その後は野菜たちの調理をしっかり見て覚えた。そして出来上がったサラダとフレンチトーストを二人で食べる。


 「これは本当に美味しいね。昔似たようなものを食べたことがあったんだけど、こうやって作ってたんだ……」

 「へぇ、似たような料理があるの?何て言う料理?」


 「それは覚えてないんだ。」

 「そっか」



 ……この世界にも似たような料理があるということは、わたしが思っている以上に料理のレパートリーは少なくはないのかな?



 うーんと考え込んでいたらお父さんが話しかけられた。


 「よくこれを思いついたね。エマは料理の才能があるのかもしれないね。」

 「そ、そんなことないよ!」


 急いで顔の前でパタパタと手を振り、首もぶんぶんと振って、否定する。前世の記憶を使っただけだから才能でも何でもない。身に余る期待をかけられても困るのだ。この話題がししばらく続いても水掛け論みたいになりそうだから話題を変える。


 「それより、今日の夕食もわたしが作ってもいい? タマオンを使った料理を作ってみたいんだよね。せっかく調理法を教えてもらったから」

 「もちろん、色々チャレンジしてみるといいよ。」


 「食料庫にも入りたいんだけど……いい?」

 「あぁ、そう言えば今まで鍵をかけていたね。いいよ、ついでに氷室(ひょうしつ)も使えるようにしておくからね。」


 「ありがとう! ところで氷室って聞こえた気がしたんだけど、あるの?」

 「そうか、エマはまだ見たことなかったね。食料庫の中に氷室があって、腐りやすいものを入れて保存するんだよ。」


 この世界には冷蔵庫なんて存在しないものだと思っていたが、違った。しかし、話によれば氷室を持っているのは一部の富裕層や貴族だけらしい。正直氷室があったとしても、ちゃんと料理して活用しなくては宝の持ち腐れだと思う。でもわたしのお父さんが料理が苦手なだけで、他の家庭ではちゃんと料理したりしているのかもしれない。

 そんなことを考えながら、食べ終わった食器を片付けるために席を立つ。よくよく考えてみれば、料理をすると洗い物がいっぱいになって大変だ。だけど、自分が使ったものだから自分で片づけなくてはいけない。そう思って料理に使った道具と食器を洗い始める。すると、お父さんが驚いたようにぱちぱちと瞬きをして近寄って来た。


 「どうしたの?」

 「いや、エマが洗い物をするのは初めてだと思って、少し驚いたんだ」


 「今までは小さかったからね。これからはちゃんと洗い物もするよ。」

 「ありがとう」


 そう言って二人で微笑み合った。



 夕方になってからは、挽き肉とタマオンと卵そして、香草や塩コショウを使ったハンバーグとサラダを作った。殻付き味卵も作ったのだが、これに関しては味がつくまでに時間がかかるので、明日食べられるように食料庫に保存した。ハンバーグは、言うまでもなくかなり好評だった。そして、夕食の席でわたしはある質問をする。


 「お父さんは明日のお昼、お仕事で家にいないでしょ? お弁当を作ろうと思うんだけど、家にこれくらい大きさで蓋のついた容器とかないかな?」

 「うーん、どうだったかな、探してみるよ。お弁当と言えばパンや干し肉、果物を包んでいるものなんだけど、そういうのじゃないんだよね?」

 「うん。」



 ……へぇ、こっちの世界のお弁当はそういうものなんだ。でもまぁ、不思議でも何でもないんだけど。







 その日はお弁当箱の代わりになる容器が見つからなかったのだが、次の日にお父さんが買ってきてくれた。木工職人に頼んで作ってもらったらしい。まさかこんなに早くに手に入るとは思わなかったから驚かされた。娘の為にすぐに動くなんて、行動力半端ないと思う。



 「二つも買ってきてくれたの?」

 「うん、エマと私の分だよ。」


 「ありがとう。早速、明日から使わせてもらうね。」


 夜のうちに下ごしらえしなくちゃと張り切って食材を取り出す。ミートボールとか八幡巻(やはたま)きとかを作って氷室に保存しておけば次の日にそのまま使えるためその二つをつくることにした。そして、お弁当には卵焼きも入れたいので明日の朝食のメニューは必然的に卵焼きになった。お米がないから、主食はパンなんだけど。




 ……これからできるだけ毎日作るよ! 出来ることがあるのっていいね。ふふん♪




これ書いてるとき、頭に『おべんとうばこのうた』が流れてきました。あの歌に出てくるおかずはお肉系がなかった気がします……。


次も料理回


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