零――或る春の日に
黒い瞳が、一瞬黄金に輝いた様であった。
「ねぇ、この絵」
桜の花びらがどこからともなく舞う、青空映えるうららかな春の日。陽気な香りに誘われたのか、普段以上の賑わいを見せる市の一角である。他の町人たちとはどこか違った、不思議な男の売る絵の一つを少年は指差した。
その絵に描かれていたのは、――鬼。
「その絵が、どうかしたのかい?」
男は、優しげな笑みを顔に張り付けているようであった。
男を見てから、再び少年は鬼の絵を見る。その瞳は、やはり黄金に輝いていた。
「何か、良くないものが憑いてるよ」
至極真面目に、言い放つ少年。
本来ならば、何を言っているのだと一蹴されてしまうような言葉に、男は目を見張った。
その様子に気がつくことなく、少年は熱心に絵を見続けている。
「君、名前は何と言うんだい?」
男は笑みを浮かべて言う。少年は絵から視線を離し、顔を上げる。
大賑わいの市の中で、男と少年の間には静寂が訪れているかのような、独特の時間が流れていた。
「……虎影。佐野虎影」
真っ直ぐと男を見つめて、おずおずと名乗る少年――虎影。
夜闇のような、肩につくほどの髪と瞳というその容姿は、まだ六にも満たぬ幼いものである。しかし、口調はその容姿に似つかわしくない、大人びたものであった。
「そうか、虎影と言うんだね」
「貴方は?」
嬉しげな笑みを浮かべた男に、虎影は尋ねる。男の、腰ほどまでの長い髪は背中で一つに結われ、少し焦茶を帯びていた。
その髪形のせいもあってか、江戸の町人達とは違う、どこか不思議な雰囲気を虎影は敏感に感じ取っていた。
「私は、……土御門清弦。ところで」
「虎影、君は絵に興味はあるだろうか?」