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勇者、南へ  作者: 風来山
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6.釣れるかな、釣れないかな

「にゃおーん!」

「急かすなよ、釣れるものも釣れないだろ」


 俺が船頭近くの船縁に座って、釣竿を垂れ始めたら、その周りを巨大な猫竜キャドラがそわそわそわそわと歩き回る。

 天敵がうろちょろして水面に巨大な猫の影が落ちたら、そりゃ魚も寄ってこない。


「にゃおーん!」

「あー待ってろ、釣りは待ちだ」


 俺としては暇が潰れれば、釣れようが釣れまいがどうでも良いんだが、チャンドラーが楽しみにしてるならぜひ釣り上げてみたい。

 もう何も出来ないと思った俺だけど、期待してくれる人がいて(猫だけども)出来ることがあると思ったら楽しい。


 だがまあ、焦っても釣りはうまくいかない。

 そわそわするチャンドラーに釣りの邪魔だーなんて怒ったりもしない。むしろそれを見て、楽しむぐらいの余裕が釣りには必要だ。


 まだ肌寒くはあったが、春の訪れを感じさせる澄んだ空気。

 チチチチッと向こうの枯れ木ばかりの森から、姿は見えないけれど鳥の鳴き声が聞こえる。


「勇者殿、風邪を引くぞ」

「ああっ、ありがとう」


 イーミャが俺に上着を着せてくれる。暖かい上着だけど、縁取りにキラキラの金糸が入っている。なんだこりゃ、貴族が着るような長衣ローブじゃないか。暖かいけど、高級すぎる。


「ちょっとこれ、豪華過ぎないかな」

「勇者殿に安物は着せられない」


 退職金代わりにもらってきたってやつか、イーミャの笑顔を見ると、善意でやってくれてるのだから文句も言えない。

 もうちょっと釣り合いの取れた、普通のチョッキとかのほうがいいんだけど。


 これを売って買うとか……いや、こんなの通りがかった普通の村とかじゃ、絶対に売れないよな。

 さっきのベルベッドの絨毯もそうだけど、高級品過ぎて船旅じゃ手入れもできないし、扱いに困るよね。


 おそらくイーミャは、武器や防具の感覚で、物は高ければ高性能と思い込んでるのだろう。

 着れないわけじゃないし。


「まあいいか……」


 こんなのんびりした時間を過ごすことなんて、考えたら一度もなかった。

 俺は異世界に来て、これまで何をやっていたのだろう。


 そりゃ、勇者だからしょうがなかったけど。

 地球よりもずっと空気が美味しくて、自然が豊かで、不思議な世界をこうしてゆっくりと眺めずに生きてきたなんてもったいなかったなあ。


 釣り糸の近くに、どこから流れ着いたものだろう笹の葉っぱで出来た船が流れてきてツンと当たった。

 そうして、またゆっくりとどこかに流れていく。


 静かだ、静けさの中に包まれている。


「にゃおーん!」

「アハハッ、だからそんなにすぐには釣れないって」


 俺は苦笑いした。

 チャンドラーが足音や影を水面に映し続けたせいだろうか、結局その日は日が暮れるまで魚が釣れることはなかった。


「ぎゃおーん!」

「怖い顔するなよ、運が悪かったんだって。食べ物ぐらい他にもあるから、そういやチャンドラーの餌はどうしたら良いんだろう」


「当面、栄養豊富なキャドラフードというものがあるから大丈夫だが」

「そうなんだ、ん?」


 イーミャが頬に手を当ててちょっと考えこむ。

 考えなしのこの娘が、考えこむとかちょっと怖いんだが、なになに。


「ちょっと量が心許ないので、いずれは現地調達ということになるだろう」

「そうか、それは困るね」


 やっぱり足りないのか。二トンもの巨体の生物が食べる量と考えると、そりゃそうだよな。

 船にある食べ物を食べたとしても、量が全然足りない。よっぽど魚でも大量に釣れない限り、食糧問題に見舞われそうだ。


 これは釣り糸なんて垂らさずに、網を張ったほうがよかったか。

 俺も考えていると、チャンドラーがなんか言っている。


「にゃにゃ!」

「なんだ」


 飼い主のイーミャがやってきて通訳する。


「勇者殿、チャンドラーはフードより天然の魚のほうが美味しいと言っているのだ」

「ふうん、わりと分かる理由だ」


 気分の問題なのだろう。

 ペットフードは、味気なく感じる。保存食ばかり食べてると、俺もそんな気持ちになるもんな。


「チャンドラー、明日こそはちゃんと釣ってやるから」

「にゃーん!」


 俺に大きな鼻先をすりつけて、ベロっと舐めて鳴いた。

 猫の舌はザラザラして濡れてるのだが、まあ気持ちは伝わる。


「さて、今日は片付けるか」


 俺が釣り竿を片付けようと引き上げると、糸の先に何かヌルッとした白い触手のようなものが絡まっていた。

 うわこれなんだ、嫌な予感しかしない。

なろう一、スローペースなスローライフ小説です。

次回、魔法の釣り竿で釣れたものは。

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