4.なんとか船出できた
前回のあらすじ、イーミャが連れてきた全長二メートル、重さ二トンの猫竜、それを乗せる木造船はボロボロの旧式船で乗せるのはかなり無理があった。
どうしようもないこの状況を、大賢者シドンは魔法で何とかしたのだった。
「というわけで、魔法で何とかしたぞー」
「おっ、おう……」
とりあえず、何とかなったとしか言いようが無い。
外見は、全長七メートル半ほどのオンボロの木造船なのだが、木材浮力強化の呪文で重い猫竜が乗っても沈まなくした。
猫竜自体が重いし、イーミャの着ている白銀の鎧や背負ってるパンパンに膨れ上がったリュックサックも、めちゃくちゃ重そうだ。
ミシミシっと船体が嫌な音を立ててる、そこをシドンは壁強化の呪文で固めて、辛くもカバー。
「うああっ、動き回るなー、イーミャぁぁ」
「ハハハッ、良い船ではないか」
ドスドス歩きまわって船を傾ける猫竜騎士イーミャと、追っかけて浮遊魔法をかけ続ける大賢者シドンとの死闘が続く。
俺は、シーソーのように左右に激しく揺れる船が沈まないことを祈ることしか出来ない。
シドンはついでに空間拡張の呪文をかけまくって、船の中のスペースをドンドン広げて行く。
これは実際に船に入って見ないとわからない、外から見ると小さな船だが、中に足を踏み入れると船が町の広場ぐらいの広さにガランとしてる感じになった。
「シドンこれはちょっと、広すぎるんじゃないか」
「猫竜は遊びまわる習性があるから、これぐらいスペースが必要なのだー」
「うむ、シドン殿ありがとう。このスペースなら、チャンドラーが運動不足になることもない」
「にゃおーん!」
チャンドラーも嬉しそうに、広い船内を歩きまわって辺りを嗅ぎ回り、尻尾をピンと上に振ってる。もうデカい猫が歩きまわっても船は揺れなくなった。
俺はちょっと広すぎて、落ち着かないんだけど、まあ喜んでるしいいか。
「しかたなくだからねー、大賢者だってなんでもできるわけじゃないんだよー」
「猫竜用のアスレチックは作れないだろうか?」
イーミャは、無茶を言いすぎ。
いくら大賢者シドンでも、なんでもできるわけではないし、いつかはマジックポイントが枯渇する。
「なあそれより、イーミャ」
「ん、なんだ勇者殿」
「お前って灰雪国最上位の猫竜騎士様なんだろう。俺に付いてきて、本当に大丈夫なのか」
「大臣に辞表は出してきたから大丈夫だぞ」
なんか聞くだけで、大丈夫でなさそうな感じだ。
イーミャはすごく強くて優しくて気立ての良い子なのだが、やることなすこと大雑把で人の話をあまり聞かない。
灰雪国は、超有名な最強少女騎士が居なくなって困らないんだろうか。
「いやいや、でもさ……」
「よし、南の楽園に向けて出航!」
あっ、それイーミャが言っちゃうんだ。
俺の旅なのに。
まあ、桟橋からロープを外して船を出す力仕事はイーミャにしかできない。
イーミャ船長ってことでいいか。
本当は、出航作業も魔法ですれば良かったのだけど、
大賢者シドンは、あーだこーだ独り言をつぶきながら、船の内装を壁強化で手直ししている。
とりあえず、補強を続けないと本当に沈んでしまうそうだ。
俺は何もできないので、シドンに頑張ってもらうしかない。
なんか俺は出航するだけでどっと疲れた。本音を言えば、魔法で椅子かベッドを作って欲しいのだが、贅沢は言えない。
まだ身体が本調子でない俺は、すぐ疲れてしゃがみこんでしまう。
俺が、疲れて座り込んでしまうとカーンカーンという鐘の音と、タッタッと後ろから歩く音が聞こえた。
振り向くと猫竜の巨大な逆三角形の鼻が間近にあった。猫竜は、鈴の代わりに首から小さな鐘を下げているのだ。
エメラルドグリーンの巨大な猫目が、こっちを見つめているので俺は心底ビビる。
強力な戦闘兵獣でもある猫竜が、モンスターにバクバク齧り付いて喰い殺しているのを何度も見てるからだ。
くんくんと鼻先で匂いを嗅がれても、子供にも負けるレベル1の俺は為す術もない。
もしかして、お腹が空いているのだろうか。
「チャンドラー、俺は食べてもおいしくない……ですよ」
「にゃおーん!」
チャンドラーが一鳴きしたあとで、強烈な電波のような音を発したと思ったら、喉を鳴らしているのだと気がついた。外見は可愛らしい猫だとはいえ、このサイズだと猛獣以外のなにものでもない。
ブルブブブブブと喉を鳴らしながら、チャンドラーは、ゴロンとその場に寝転んで、肉球で自分の白い毛だらけの胸をポンポンと叩いた。
「なんだ、何が言いたい」
「ブゥー」
「だから、お腹がどうしたの?」
「ブー」
「うあーっ!」
「ブ」
ビビって硬直している、俺にじれったくなったのか。
チャンドラーは俺を大きな肉球ですくいあげて、胸の白いモコモコの毛の中にうずめた。
「うう……、モコモコの毛だなあ」
疲れている俺にとって、チャンドラーの柔らかいお腹はとても暖かい天然のベッドだった。
俺を食べようとしていたのではなく、疲れている様子を見せた俺にここで休めと言ってくれていたらしい。
「そうか、そういうことだったのか」
「みゃーん」
いつも舐めて自分の身体を綺麗にしているチャンドラーは、猛獣とはいえぜんぜん臭くない。
むしろいい香りがするし、人間より体温が高いのかほどよく温かくて心地よい。
凶暴なモンスターもバクバク食べる猛獣なのに、なんて優しくて柔らかい毛皮なのだろう。
俺はチャンドラーのやわこい腹の毛に包まれて、いつしか微睡みに落ちていった。
猫竜チャンドラー、気は優しくて力持ち。
猫は飼い主に似てきます。