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本気を出して

あの方は年を取っても最強です。

 いきなりどうしてだろう? 僕何かしたのかな?


「別にお前が悪いわけじゃない。むしろ香那が悪いんだが……」

「香那ちゃんが? どうして?」


 僕が悪いのならまだ分かるが、何故香那ちゃんが悪いって結論になるんだろう?


「確かに香那はあの年齢にしちゃ強くなった。そのおかげで相手がいないくらいにはな」

「それの何が悪いの?」


 頑張って強くなったんだ。それが悪いことだとは思わない。


「いや、それが悪いわけじゃねえんだが、そのせいでお前に頼りっぱなしで実戦が積めてねえ。多分今日魔族ごときに負けたのも大方それが原因だろ。それにお前にゃ香那のスタイルは合わねえ。要はお互いがお互いの成長を止めてんだよ」

「そんな……」


 それに魔族ごときなんて言い方はいくらなんでも……


「ハッ、納得できねえってツラしてやがんな」

「うん、ちょっと納得出来ないかも」


 いくら自分の娘だからって過小評価しすぎじゃないだろうか。香那ちゃんが弱いんじゃなくてあの魔族が強かっただけだと思う。


「なら分からせてやるよ。匠、ビゼンを使え」

「えっ?」


 備前兄さんを? 木刀じゃなくて?


「ああ、本気でいいぜ。オレもちょっとくらいは本気でやってやる」


 おじさんは昼間のことを知っているはずなのに本気でやれと言う。でも……


「僕まだ力の加減とかよく分からないよ?」

「加減? 何言ってやがる。本気でやれって言っただろうが。加減しろなんて一言も言っちゃいねえよ」


 どうやら本気のようだ。なら目にもの見せてやる!


「備前兄さん。いいの?」

「うん、イガさんがそう言うならね。あ、でも匠」


 なんだろ? やっぱりちょっとは手加減しろってことかな?


「絶対に手を抜いちゃダメだからね?」


 などと言う。もう、怪我させちゃっても知らないからね!


 備前兄さんが刀へと姿を変え、僕はそれを手に取る。


 同時に力が溢れてくる感覚。この高揚感が気持ちいい。


「行くよ」

「宣言はいらねえ。とっとと来やがれ」


 まずは様子見、おじさんに向けて横薙ぎに刀を振るう。


 --ガッ! という音とともに刀が宙を舞う。


「ったくクソガキが。本気でやれっつったろうが」


 僕の手から刀が弾き飛ばされ、喉元に刀を突きつけられる。


 決して手を抜いたわけじゃない。だけど。


 たった一手で敗北した現実を突きつけられた。


「も、もう一回!!」

「命のやり取りにもう一回があると思ってんのか?」

「う……」


 悔しい。だけど言う通りだ。今のが僕の命を狙った相手だったら既に殺されている。


「まあいい、オラ、とっとと刀拾え」


 言われるままに弾き飛ばされた刀を拾う。


「言っとくが次はねえぞ」

「は、はい!」


 特に大きな声を出されたわけでもないのに威圧されてしまう。校長先生の威厳とは違う。これはきっと殺気、なんだろう。


 おじさんは僕を殺すつもりだ。


 刀を手に持ち、再度おじさんと相対する。今までは厳しくも優しい幼馴染みのおじさんだったのに、今は僕を敵のような目で睨み付けている。


 --怖い。


 全力でやらないと殺されてしまう。そんな予感が胸に渦巻く。


 もう様子見なんてしない。最初から全力で行く。


 魔族を倒したあの連撃で!!


「備前兄さん。モード・ダブル!!」


 刀を一刀から二刀に持ち変える。


「ああああああああ!!」


 右手と左手を交互に振るいながらおじさんに迫る。一撃、二撃、四撃、八撃。十で足りないなら二十、二十で足りないなら三十。


 けれど全て紙一重でかわされてしまう。


「ただ無茶苦茶に振ってるだけか?」


 なんで。


「ちょっと速くなったくらいで調子に乗ってんじゃねえ。もっと考えやがれ!」


 なんで当たらない……!?


「なんで当たらないのか考えんな。どうやったら当たるか考えろ」


 なんで当たらないんだよ!!


「ったく、剣速まで鈍ってきやがった。迷いながら刀振ってんじゃねえよ」


 ついには刀を振るおうとした初動で右腕を捕まれてしまう。


「なん……で?」


 まだ左手は動かせる。


 でも僕はもうその左手を振るうことはしなかった。


「簡単に諦めてんじゃねえ!!」


 腹部に強烈な衝撃を受けて後ろに吹っ飛んでしまう。


「うぐっ!」


 苦しくて思わず声を上げてしまう。


「片手を塞がれたくらいで諦めてんじゃねえよ、まだ左手が動いただろうが」

「うぅ……」


 痛い。


「オラ、まだ生きてんだろうが、動けるだろうが!」


 お腹を押さえてうずくまる僕におじさんの蹴りが飛んでくる。


「うげっ!!」


 顔を蹴られ、更にのけ反る。


 痛い。


「ったく、なんだその目はよ。すっかり怯えちまってるじゃねえか」


 怖い。


「そんなんでよく強くなるとか言えたもんだな。あぁ?」


 怖い。


「チッ、本当に参っちまったのか。だったら仕方ねえ」


 ああ、失望されてしまったんだろうか。でも仕方ないじゃないか、怖いんだ。


「これ以上続けても意味ねえな」


 その言葉を聞いて安堵する。終わり……なのかな。


「殺すぜ」


 僕は耳を疑った。今おじさんはなんて?


「テメェはオレに刃を向けた。相手に刃を向けた以上殺されたって文句は言えねえ」


 殺す? 誰を?


「嬢ちゃんには申し訳ねえがこのままじゃどうせ殺されんのがオチだ。ならオレが背負ってやるよ」


 僕を?


「じゃあな、匠」


 いやだ。死にたくない。


 おじさんがゆっくり僕に向かって歩いてくる。


 死にたくない。


 刀を持った手を振り上げる。まるで死神の鎌のように。


 死にたくない。死にたくない死にたくない。


 そしてその手が振り下ろされる。


 死にたくない死にたくない死にたくない。


 --死んで、たまるか!!


「むっ?」


 咄嗟に右手を上げて刀に刀をぶつける。


 力負けして僅かに軌道を反らした程度だったが、それでも死だけは避けることが出来た。


 刀が僕の顔を掠り、地面に突き刺さる。


「ハッ、悪あがきか。中途半端に足掻いても痛い思いするだけだぜ?」


 確かにそうかもしれない。実際今の一撃を無理矢理受けたせいか、右手が折れてしまったのか力が入らない。それに……


「いい殺気じゃねえか。痛みは超えたか」

「痛いよ。痛いし怖い。右手も折れたみたいだし、左目だって見えない」


 右目は問題ない。ちゃんとおじさんの姿が見える。


 だけど左目を掠ったのか、目に血が流れ込んでくる感触はあるが、左目の前は真っ暗だ。もしかしたら掠ったどころじゃなくて眼球毎斬られたのかもしれない。


 だけど。


「だけど僕は生きてる」

「ああ、それがどうした。言っとくがまだ終わらせるわけじゃねえからな」


 分かってる。おじさんは本気で僕を殺すつもりなんだろう。


「でも僕は殺されるつもりなんてない」

「ほう、じゃあどうするんだ? 言っとくがオレに命乞いなんざ通用しねえからな?」


 決まってる。殺されたくないのなら、方法は一つしかない。


「僕がおじさんを殺す」

「ハッ、言うようになったじゃねえか。やってみろよ」


 右手は動かない。左目は見えない。


 だけど左手は動く、右目は見える。


 なら十分だ。まだ戦える。


「いいツラになったじゃねえ、か!!」


 僕を待つようなことをせず、おじさんが斬りかかってくる。


 さっきから刀を弾かれ続けてもう既に分かってる。おじさんの一撃は僕なんかの力じゃ太刀打ち出来ないほど重い。


 だったらまともに受ける必要なんてない。受け流し、かわし、反撃の一撃を叩き込むまで!!


 幸い残った右目でもおじさんの動きは見える。


 かろうじて動く身体で、普段の動きを思い出す。


 派手に動く必要なんてない。ただ致命傷を避ける、それだけでいい。


 地面ごと砕こうかというおじさんの一撃を紙一重で回避する。僅かに目測を誤って右腕を掠るが、既に使い物にならない腕だ。別に斬られたって構わない。


 回避の体制からそのまま左手で斬りかかる。あまり力は込めない。力を入れれば入れるだけ硬直が長くなる。


 一進一退の攻防のまま、目測を修正しながら回避と攻撃を重ねていく。


 恐怖はない。慢心はない。痛みはない。


 ただこの攻防を続けながら集中力を研ぎ澄ませていく。


 --どれだけの時間が経ったか分からない。


 身体は傷だらけで満身創痍。だけど心だけは折っちゃいけない。


「ハッ、いいぜ合格だ。なら見せてやるよ」


 おじさんが合格だと言った。けれど言葉は入ってきても頭には入ってこない。


 今はただ、相手を殺すことだけを。


「これが正真正銘の」


 構えを腰だめに、ただそれだけで目の前の敵から放たれるプレッシャーが増加する。


「暴風」


 咄嗟に後ろに跳んでかわす。


 一撃を回避することは出来たが、内蔵ごと腹部を持っていかれたかのような衝撃が襲いかかってくる。


「ぐっ!」


 だけど、だけども。


 僕はまだ生きている。だったら。


「うああああああっ!!」


 刀を手に、敵へと向かう。まだ、まだ終わっちゃいない。


 足が重い、腕が重い。


 それでも僕は刀を振るう。生き残るために。


 そして僕の振るった一撃は、少しの肉を裂く感触とともに、その動きを止めた。


 見上げればおじさんが刀身を素手で掴んでいる。


 その手には僅かながら血が流れていた。


「よくやった。今日はここまでだ」

「あ……」


 どうやら本当に終わったようだ。だが僕の心が安堵を覚えることはなかった。


 --悔しい。


 強くなったと思っていた。


 香那ちゃんが勝てなかった魔族を倒して、この力があれば誰にも負けないと思っていた。


「うっ、うう……」


 けれどそんなことなかった。僕が本気を出してもおじさんに傷一つつけることすら出来なかった。


「うあああ……」


 ただ悔しかった。悔しくて泣く以外の方法が分からなかった。


「匠、それでいい。これからだ」


 おじさんが声をかけてくれる。


「これからお前は強くなる。オレがお前を強くしてやる」


 涙が止まらない。


「だから泣け。その涙は今日までのお前だ。全部流し尽くしてしまえ」


 僕は絶対に強くなる。もう二度と泣かないために。


「うわあああああああ!!」


 --だから、今この時だけは。


評価、感想ありがとうございます。

まだまだ(ry

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