イガさん
やだイガさんマジチンピラ
気が付いたらもう夜になっていた。
日中のことを思い出して少し気が萎えるが、少し落ち着いたのか先程までの自己嫌悪はもうない。
それにしてもさっきの感情はなんだったのか、自分でもまだよく理解出来ていない。
今までもこの身体のせいで体育の成績はほぼ最下位だったし、バカにされたって多少悔しさを感じることはあっても人を憎んだ覚えはなかったのに。
あの戦い以降、何かが変わった気がする。それが良いことなのか、悪いことなのかはまだ分からないけど。
「やぁ、起きてたんだね」
ふと部屋のドアが開けられ、声をかけられる。備前兄さんだ。
「備前兄さん……」
「ひどい顔だね。まだ疲れがとれないのかな?」
疲れがとれない。いや多分そうじゃない。
「ううん、もう身体は大丈夫。ちょっと色々あって……」
「そうかい、身体の調子はどうかな? おかしいところはない?」
そういえばずっと寝てたから身体の調子はまだ分からない。
身体を起こして調子を確かめてみるが、いつもと特に変わりはないようだ。もう魔力が身体を巡るような感覚も残ってない。
「うん、特に問題ないみたい。相変わらず身体は重いけど」
「それは僕のせいだね」
うん知ってる。だからちょっとは気にして欲しい。
「おいいつまで話してんだ。匠、邪魔するぜ」
「あれ……?」
備前兄さんに続いてもう一人、僕の部屋に入ってくる人がいる。
「香那ちゃんのおじさん?」
「おう、随分ひでぇツラしてやがんな。まあ話は聞かせてもらったが」
おじさんにもひどい顔だと言われる。それと話、というと昼間のことかな?
「香那が迷惑かけたな。すまん」
「ううん、むしろ僕がいつも迷惑かけてる方だし」
おじさんに謝られるような迷惑なんてかけられてない。それにいつも香那ちゃんに守られているし、僕は感謝しなきゃいけない立場だ。
胸がチクリと痛む。
「迷惑、か。それは香那が言ったのか?」
「え? いや、それは言われたことはないけど……」
「そうか、ならいい」
でも僕みたいに何も出来ない奴の面倒を見てるんだし、迷惑だと思われても仕方ないんじゃないかな。
「まあ今までが今までだからな。そう思うのも仕方ねえか」
「えっと、おじさんは何しに?」
香那ちゃんのことを言いに来たんだろうか? それならわざわざ今日じゃなくても。
「あん? ビゼン、テメェ匠に何も言ってねえのか?」
「ん? ちゃんと団長のところで言ったよね? 匠を鍛えてもらうって」
ああ、それは確かに聞いた。でもそれはイガさんって人が……
うん? イガさん……ってもしかして。
「えっと、イガさんって……そういうこと?」
五十嵐、略してイガさんなのか。確かにおじさんは厳しい人だけど、子供には優しい人だ校長先生も死ぬななんて大袈裟だなぁ。
「校長先生が死ぬななんて言うからどんな人かと思ったよ。おじさんが僕を?」
「校長……団長か。ったく」
そういえば備前兄さんも校長先生のことを団長って呼んでたけどどういうことなんだろう?
「えっと、団長って校長先生のことだよね? 備前兄さんもそう呼んでたけどどういうことなの?」
「ん? ああ、昔の知り合いでな。そんときゃ騎士団の団長だったからそのまま団長って呼んでんのさ」
騎士団の団長……だからあんなに威厳があるのか。
「香那ちゃんが校長先生と教頭先生のことを強いって言ってたけど、やっぱり強いの?」
「そうだな、団長はバカ力でぶん回す斧が強力だったし、ヒースさんはとんでもねえ槍の使い手だったぜ」
斧……見たままなのか。
「で、匠。コイツから頼まれたのは抜きにしても、強くなりてえってのはお前の意思ってことで間違いないんだな?」
改めて問いかけられる。そうだ、僕は強くなりたい。強くならなきゃ。
「うん、僕は強くなりたい。香那ちゃんよりも」
そして。
「父さんよりも」
声も顔も知らないけれど、その強さは知っている。いや、正確には知り始めたところだ。
「ボウズよりも、か。なら団長の言うこともあながち間違いじゃねえな」
「え?」
校長先生の言うこと?
「オレからも改めて言わせてもらうぜ。匠、死ぬんじゃねえぞ」
「え?」
本人から言われた。えっと、それは厳しいから覚悟しろってことでいいのかな?
「う、うん分かったよ」
「よし、今のセリフ忘れんなよ。じゃあ行くぞ」
行く? 行くってどこに?
「この家で暴れるわけにはいかねえだろ」
「え? 今から?」
もう夜なのに?
「昼間はオレも道場の方があるから忙しいんだよ。それに香那にはバレたくねんだろ? だったら我慢しろ」
確かにおじさんは道場の師範代として多くの生徒の指導に当たっている。僕も昔教えてもらってたし、香那ちゃんもその内の一人だ。
「分かったらとっとと支度しろ。ビゼン、テメェもついてこいよ」
「もちろんだよ。僕の知らないところで匠が死んじゃったら困るしね」
それにしてもさっきから死ぬ死ぬ連呼してるけど本当に殺されるわけじゃないよね? 例えだよね?
胸中に不安が膨らんでいく中、おじさんに言われるまま支度を終える。
「嬢ちゃん、匠借りるぜ」
「うん、よろしくね」
そういえば家に帰ってきてから母さんとまともに話してない。
「母さん、行ってきます」
「匠、無事じゃなくてもいいからちゃんと帰ってくるんだよ?」
母さんまで……
「う、うん。大丈夫だよ……たぶん」
大丈夫だよ。で言葉を切りたかったところだが、もはや自分でも自信がなくて多分と言ってしまう。
しばらく三人で歩き、連れてこられたのは僕の通うオルデンス学園だ。
「大丈夫だよ。団長には許可貰ってるし」
「いつの間に……」
そのまま体育館まで足を運ぶ。既に誰かが準備してくれていたのか、体育館には灯りが点いていた。
「さて、確認だが匠。お前は道場に来なくなってからまともに剣術は続けてないな?」
「一応素振りや型の稽古は自分なりにしてたけ……すぐに疲れちゃうから」
他人が聞いたらなんとも情けない理由だとは思うけど仕方ない。
「てっきり諦めたと思ったが一応続けてはいたか。ならいい」
おじさんも事情を理解してくれているのか、特にそれを責めるようなことは言わない。
「ならまず今の状態でオレに打ち込んでこい。全力でだ」
今の状態……ってことはこのままだよね。
おじさんから木刀が手渡される。
木刀を握ってみるが、昼間のような高揚感は沸いてこない。だけど全力でと言われたんだから全力でやるべきだよね。
木刀を腰だめに構え、意識を集中する。
心臓の音が大きく聞こえ、自分の呼吸の音と心臓の音が一致し始める。
--今だ!!
「ふっ!!」
右手に力を込め、一気に木刀を振り抜こうとする。
が、やはり相手に届く前に力が抜けてしまい、おじさんが構えた木刀に当たる頃には力のない一撃となってしまっていた。
「今のは……暴風か」
やっぱりおじさんには分かるか。今のは香那ちゃんの必殺技。暴風だ。
「ったく、香那の影響か。大方アイツの練習に付き合わされてたんだろ」
「うん、僕に出来るのはそれくらいしかないから……」
目の良さだけは自信があったし、何より香那ちゃんの相手になるような人もそうそういなかったから、練習相手は僕が務めていた。
「匠、しばらく香那とは距離を置け」
「えっ?」
長くなったので二話に分けています。