怒りと後悔
学園のキーワードがメインの小説って少ないんですね……何故かジャンル別のランキングに載ってました。
前作はファンタジーがメインだったので一度も入ることはなかったんですけどね……
最後の死ぬなよってどういうことだろう……
校長室を離れて廊下を歩く傍ら、先ほどの言葉が気になって仕方ない。
備前兄さんはその後「イガさんと話してくるね」と言って窓から出ていってしまった。いや、一階だから別に驚くようなことでもないんだけど、なんでわざわざ窓から……?
それにしてもイガさんって誰なんだろう? 伊賀さん? そんな知り合いいたかなぁ?
考えながら歩いていると保健室の札が見えた。そういえば香那ちゃんはもう治療を終えたのかな? 先生もいるだろうし、ちょっと顔を出してみよう。
「失礼しまーす」
「はーい」
中から返答があった。先生かな?
「こんにちは、どうかしたのかな?」
「あ、はい。さっき女の子が治療に来たと思うんですけど、大丈夫だったかと思って」
声の主が姿を表す。
「あ、五十嵐さんね。怪我を治してあげたら体育館に戻ったよー」
先生を見て驚いた。先生を、というよりはその一部分か。
何しろデカい。いやこういう言い方もなんだが、うちの母さんも相当デカいし、周囲に母さんほどのサイズの人を見たことがなかっただけに驚いた。
自分の母親と比べて若干何を考えてるんだと思わなくもないが、逆に身内以外で大きいと思った人は初めてだ。
ってそれよりさっき先生何て言った?
「もう治ったんですか!?」
「うん、治したよー?」
それにしても若いというよりも幼いという印象の先生だなぁ。年齢は……聞かない方がいいだろうな。
「それで君もどこか怪我しちゃったのかな?」
「いえ、僕は大丈夫です。失礼しました」
香那ちゃんはもう体育館に向かったのか。だったら僕も向かわないと。
「あ、ちょっといいかな?」
「はい?」
保健室を出ようとした僕に声をかけてくる先生。どうかしたのかな?
「いや、用があるわけじゃないんだけどね? なんか見たことある顔だなーって」
「見たことが、ですか? 多分先生とは初対面だと思いますけど……」
「だよねー。ごめんね引き留めて」
うん? なんだったんだろう?
「あ、はい大丈夫です。それじゃ失礼します」
「はーい、怪我には気を付けてねー」
なんか不思議な先生だったな。とにかく体育館に向かわないと。
保健室を出てすぐ、見覚えのある女性とすれ違いそうになった。
「あ、如月君。良かった、無事だったんですね」
「アイサ先生。戻ったんですね」
担任のアイサ先生だった。僕の家まで来たって話だけど、きっとそれだけじゃなくて色々走り回ってたんだろうな。
「ええ、また話は聞かせてもらいますね。貴方も体育館に手伝いに行くんでしょう? みんな待ってるだろうから早く向かいなさい」
「分かりました。それじゃまた」
アイサ先生が僕と入れ替わりで保健室に入っていく。
「あ、お姉ちゃんお帰りー」
「学校でお姉ちゃんは止めなさいと言ってるでしょうアイラ。本当いくつになっても直らないんだから……」
……なんか聞こえた気がするけど気にしないでおこう。しかしあの二人が姉妹だなんて信じられないなぁ。主に性格と一部分のサイズ的に。
おっと、立ち止まってる場合じゃないや。早く体育館に行かないと。
今度は誰とも会わずに体育館まで辿り着く。
怪我をした上級生達が体育館に運び込まれていた。下級生達はヒース先生のところに集まっているようだ。
うーん、一人だけあそこに戻るの気まずいなぁ……
「あ、如月だ。おい! ダラダラしてないで早く来いよ!!」
めざとく僕の存在を発見して大声で騒ぎ立てる生徒が一人。例によって例のごとく渡辺君その人である。
「ごめんごめん、思ったより校長先生との話が長引いちゃって」
「そんなこと言って手伝いたくないからサボってたんじゃないのか?」
なんでそういうこと言うかなぁ。みんな僕の方見てるじゃないか。
「違うよ、校長室から真っ直ぐ向かってきたよ?」
「本当だろうな? なんせ俺達が魔物と戦ってる間何もせずに突っ立ってただけの奴だからな。大方ビビって動けなかったんだろうけどな」
いや、確かに突っ立ってただけだけど、渡辺君も香那ちゃんが倒したワイバーンに向けて魔法打ってただけじゃないか。
「戦ってたのは上級生達と香那ちゃんの間違いじゃないの?」
「あん? 俺に口答えすんのか?」
自分でも少し驚いた。いつもなら反応せずに流してしまうところなのに。
「いや別に、今さらそんなことはどうでもいいんだ」
「どうでもいいだと? 流石腑抜けだな。魔物が襲撃してきて大変だったっていうのに」
いやでもそれ倒したの僕だし。
「そうだよ、魔物が襲撃してきたからこそ今後のことを考えないといけないんじゃないのかな」
「今後? 次があったら俺が吹っ飛ばしてやる。なんせ俺は新入生の中でも五十嵐と二人で魔物と戦った人材だからな」
ああもうめんどくさいなぁ。
「そうだね、次は頑張ってね」
「てめえケンカ売ってんのか!!」
でも何故か、ただ流すことが出来ない。さっきのも「そうだね」と言えば終わった話なのに。
「そこの二人静かにしなさい!! まだ話の途中ですよ!!」
教頭先生から叱られてしまう。ほら見ろ言わんこっちゃない。
「覚えてろよ腑抜け野郎」
もう僕は何も言わない。
だけど下は向かない。渡辺君がこちらを睨んでいるが関係ない。
「匠、お前……」
「ああ香那ちゃんただいま。もう怪我は大丈夫なの? ってその格好は……」
香那ちゃんは何故か制服の上から大きな白衣を着ていた。
「あ、ああ、保健室で借りた。制服がボロボロだったからな」
「そっか、確かにあのままってわけにはいかないもんね」
確かにさっきはそれどころじゃなかったけど、落ち着いて考えたら恥ずかしいよな。香那ちゃんだって女の子だし。
「ん? どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」
「……いや、なんでもない」
なんか妙に歯切れが悪いな。まだ怪我の調子が良くないのかな?
おっと、香那ちゃんと話している間に教頭先生の話も終わったのか、生徒達が解散し始めている。
どうやら今日の授業はなしで帰宅命令が出たようだ。そりゃあんなことがあったばっかりだしなぁ。
体育館には今日のことを話してなかなかその場を去ろうとしない者、家族の安否が気になって急ぎ足で帰路に着く者など様々だ。僕も母さんが心配だし急いで帰ろう。
「香那ちゃん帰ろう」
「おい待て如月!!」
もうまたかよう。もう疲れたよう。
「なんだい? 僕家が心配だから早く帰りたいんだけど」
「てめえの家のことなんざ知ったことじゃない。さっきの続きだ!!」
何を言ってるんだろうこの人は。
「それこそ知ったこっちゃないよ。僕の家は父さんがいないんだから母さんが心配なんだ。だから申し訳ないけど僕は帰るよ。行こう香那ちゃん」
アイサ先生が何も言わなかったということは恐らく無事なんだろう。でも自分の目で確かめるまでは安心できない。渡辺君だって家が心配じゃないのかな。
「なんだ片親かよ。通りでマザコンくさいと思ったぜ。五十嵐がいなけりゃ何もできねえくせに」
「おい渡辺、言い過ぎじゃないか?」
「そうよ、親のことを言うのはちょっと……」
周りが流石に言い過ぎだと彼を諌める。だけどそれももう遅い。
「どうせ父親もロクな奴じゃないんだろ? なんせお前のような腑抜け野郎の親なんだからな!!」
僕を腑抜けと呼ぶのは構わない。
だけど何故僕の父さんまで貶められなければならないのか。
--許せない。
「お、なんだその目は? やっとやる気になったのか? ほらかかってこいよ腑抜け野郎」
「匠、相手にするな。帰るぞ」
香那ちゃんが珍しく庇ってくれる。
「ほらまた五十嵐だ。全く五十嵐も大変だよな。幼馴染みだかなんだか知らないがそんな奴のお守りまでさせられてよ」
だけどそれもいいネタだというように挑発してくる。分かってる。これは挑発だ。
分かってる。
だけど。
「お前に何が分かる」
「匠……?」
許せない。
「お前に何が分かる。僕の父さんのことを何も知らないくせに、母さんのことを何も知らないくせに。俺のことを何も知らないくせに」
「匠、お前何を」
少しでいい、たった一瞬でもいい。
「どれだけ父さんが頑張ったのか知らないくせに、ただのうのうと生きてきただけのくせに」
「な、なんだよ。何言ってるんだよ……」
僕も知らなかった。でも知ってしまった。
父さんが母さんを守るために命を賭けたことを。どんなに相手が強大な存在だろうと立ち向かったその勇気を。
「僕はもう目を背けたりしない。知ってしまったから」
「な、何をだよ!?」
思い出せ。あの感覚を、魔力が身体を駆け巡ったあの感覚を。全力で剣を振るったあの感覚を。
「流麗なる水よ。汝は槍、凍てつかせ、貫け、砕き尽くせ。」
今僕の感情を支配するのは凍てつくような氷の感情。もはや慈悲など不要。
「苛烈なる炎よ。汝が掲げるは鋼の槍。鬨の声。」
今僕の感情を支配するのは怒りに燃え盛る激情の炎。
相反する感情を混ぜてぐちゃぐちゃにする。
「なんだよ、そんな詠唱聞いたことないぞ」
僕の紡ぐ詠唱に答えるかのように、辺りの温度が下がったような気がした。
「抉り尽くせ! フリージング……」
「そこ!! また君達か!! いい加減に帰りなさい!!」
あと少しのところで集中が途絶え、身体の熱さが消えていく。
--僕は今何を。
「教頭先生……」
「如月君か、ここはもういいから早く帰りなさい」
僕は今何をしようとした。
「匠、お前は一体……」
「香那ちゃん……」
僕は今渡辺君に向けて魔法を放とうとした。それは覚えている。
だけどその魔法はなんだ? 人に向けていいような魔法だったのか?
「ごめんなさい、教頭先生。僕、帰ります」
逃げるように踵を帰し、体育館を出ようとする。
「匠、おい待て」
香那ちゃんが慌てるように僕を呼び止める。
だけど僕は止まるつもりはなかった。あんなどす黒い感情を表に出した僕を見られたくはなかったから。
身体はいつの間にかまたダルく、いつもよりも重く感じたほどだった。
けれど一刻も早くこの場を離れたくて、走った。
校門を出ても、香那ちゃんが追いかけてこないと分かっていても走った。
結局家に着くまで走り続け、母さんにただいまの一言もかけないまま、部屋に入り、ベッドに横たわる。
後悔も冷めやらぬ間に、それでも身体は疲れを感じていたためか、僕はそのまま眠ってしまった。
ランキングから来てくれた方に「つまんねー」と思われないように頑張ります!!