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その名はビゼン

プロローグの最終話です。

 初めて戦おうと思った。


 初めて守りたいと思った。


 初めて諦めたくないと思った。


 けれどそんな思いは圧倒的な実力と自らの無力によって打ち砕かれる。


 --いや、まだ僕は生きている。


 戦おうと思ったなら最後まで戦え。


 守りたいと願ったなら最後まで守り通せ。


 諦めたくないと誓ったなら最後まで貫き通せ。


「まだ……終わっちゃいない!!」

「その通りだよ、匠」

「なんだ貴様、貴様も邪魔をするのか?」

「備前……兄さん?」


 備前兄さん? 何故ここに?


「シャルに頼まれてね。ああ、アイサが教えてくれたんだ。匠達のいる学園が襲われてるってね」

「母さんに……? それにアイサ先生が?」


 どういうことなんだろう。頭の理解が追い付かない。備前兄さんとアイサ先生と母さんは知り合いなのか?


「もしもの時はってコウにもお願いされてたからね。元契約者の頼みじゃ僕も断れないよ」

「コウ……父さんが?」


 契約者って? 父さんは一体何者なんだ? それに目の前にいる備前兄さんは一体何を?


「魔法の知識はサニーに教わったね? 剣術はイガラシに教わったね?」

「う、うん。どっちも僕には使えないけど、知識だけは……」

「なら大丈夫。君にはコウの血が流れてる。偉大な魔導師の血が、ね」


 魔導師? 魔法師じゃなくて?


「それと器はもう十分なはず。なんせこの十五年間。ずっと君から魔力を貰い続けてきたからね」

「僕の魔力を?」


 備前兄さんが僕の魔力を? 一体どうやって?


「コウの予感が当たったんだろうね。一方的に契約を打ち切って、無理矢理君と契約させた時にはそれはもうコウを恨んだものだけど」

「いつまで話している。それに貴様、人間ではないな?」


 痺れを切らしたのか、魔族が話に入ってくる。正直僕もすっかり忘れていた。


「そうだよ。僕は精霊。言ってしまえばそこに転がってるコンのお兄さんみたいなものかな」

「備前兄さんが……精霊?」


 どこからどう見ても人間にしか見えない。


「我が名はビゼン。契約者と共に戦場を駆け巡る神を殺すための刃。鋼の精霊とでも名乗らせてもらおうかな」

「鋼の……精霊?」

「さあ匠、君はどうしたい?」

「僕は……」


 僕は……


「強くなりたい。アイツを倒したい。香那ちゃんを助けたい!!」


 少しでもそこに希望があるのなら。


「ならイメージしなよ。君の描く、君のための武器の姿を」


 僕は魔法が使えない。僕は剣術が使えない。


 だから願う。何よりも強い魔法を、何よりも強い刃を。


 魔力がないと知って絶望に暮れたあの気持ちを反転させる。


 いつしか憧れに変わっていた彼女の姿を再び追い求める。


「そっか、やっぱり君も」


 備前兄さんの姿が輝き、人の姿を失っていく。


『さあ匠、手を出して。君だけの、君のための武器がここにある』


 コンの声と同じ、頭に直接響くような備前兄さんの声。


 僕は前に手を出し、手の平に感じる鋼の感触を確かめるように握りしめる。


 するといつもダルかったはずの身体が急に軽くなった。


 なにより身体が熱い。これはもしかして……魔力が巡る感覚なのか?


『さあ、まずは手始めに上にいるトカゲを片付けようか。複数属性の魔力の変換方法はサニーに教わったね?』


 複数属性……確かに教わった。でも魔法なんてまだ使ったことがない。


『大丈夫。なんてったってサニーはコウの一番弟子だからね。ちゃんと言霊を乗せれば大丈夫なはずさ。さあ、やってみて』


 言霊。イメージするサニー姉さんが最初に教えてくれたあの魔法を。


「炎は苛烈に全てを焼き払い。水は流麗に全てを流し尽くす。地は堅牢に全てを押し潰し、風は鋭利に全てを切り裂く」


 ただ必死にイメージを積み重ねていく。


「焼き払い、流し尽くし、押し潰し、切り裂き。やがて全ては無に帰る」


 バラバラだったイメージが混ざり、重なっていく。


「其れは乾かず、其れは(かつ)えず。全てを飲み込み、それでも満たされぬ飢餓の果て」


 身体の中が熱くなる。これが魔法……?


「暴食せよ! バァル・バースト!!」


 刀身を上空に向け、詠唱が完了すると共に身体の熱さを銃口に流し込み、放出させる。


 手に握ったガンブレードから放出する魔力はやがて扇状に広がっていき、ワイバーンの群れを飲み込んで行く。


『うん、ちょっと威力は弱いけど上出来だよ』

「これで……弱い?」


 魔力の光が消えた後の空を見上げてみれば、最初から何もなかったように青い空が広がっていた。


 ワイバーンは地に落ちることすらなく跡形も消滅したようだ。


「貴様……その、その魔法はなんだ!!」

「いや、なんだって言われても……」


 正直僕もよく分からない。教えられたまま詠唱して、身体の中を巡っていた熱を吐き出したらこうなった。というような感じだ。


「良いだろう。認識を改めてやる。だが先のような魔法など唱える暇は与えん」

「うわっ!」


 魔族が僕に殴りかかってくる。咄嗟のことで慌ててガンブレードで攻撃を受け止めてしまう。


 --マズい! 僕に受け止める力なんて……!!


 ガンッ、という鈍い音が鳴り響く。だがそれだけ、思った以上に衝撃もない。


 意外にも文字通り受け止めることが出来た。今までなら力が抜けて刀が吹き飛ばされるのがオチだったのに。


 それが今は力が抜けることなんてない。むしろどんどん力が湧いてくるような感じだ。


『今までは常に魔力切れの状態だったからね。身体も上手く動かなかったと思うけど、魔力が戻れば大丈夫さ』


 それってつまり備前兄さんのせいってことだよね? どうしよう、もしかして僕怒った方がいいのかな?


『それはコウに言ってよ。僕は頼まれたことをそのまま守ってただけなんだからさ』


 父さんが? 一体なんでこんなことを?


「何をごちゃごちゃと!!」


 備前兄さんと話している間にも魔族の攻撃は続いている。しかし攻撃をかわすことすら苦にならない。


 --まあ元々あの状態で香那ちゃんの攻撃かわしてたんだしね……


 攻撃が見える。読める。それに避けようと思った動きに身体がついてくる。こんな感覚は初めてだ!!


「備前兄さん、剣の形って変えられるの?」

『もちろん、強くイメージすればいつだって変えられるよ』


 よし、なら次はアレでいこう。今までは全然上手くいかなかったけど、今なら!


「モード、ダブル」


 要は二刀流だ。何せ香那ちゃんはあの身体に似合わず力はあるし、動きも速い。それに対応するには刀を二本持って受け流しに徹するしかなかったけど……


「今ならやれる!!」


 自分でも信じられないほどの猛スピードで魔族に向かって走る。そして右の刀を振るい、続いて左の刀を振るい、攻撃を重ねていく。


 一撃、二撃、四撃。十を超えても息が切れることがない。不謹慎かもしれない、でも自由に身体が動く感覚が楽しくなってきてしまった。


「う、うお、ウオオオオオォォォ!!」


 身体を切り裂かれて魔族が叫んでいるが関係ない。コイツは香那ちゃんを殺そうとした。だから倒す。叫んだからって手なんて緩めない。


 二十……三十……四十!!


 最後は右手で袈裟斬りに身体を切り裂き、左手で突きを繰り出し、魔族の心臓を射抜く。


『匠、そろそろ時間がないよ』


 ああ、せっかく自由に身体が動くようになったのに終わりなのか。


「分かったよ。備前兄さん」


 名残惜しさを感じながらも、最後の一撃を繰り出す。


「モード・ベレッタ」


 ベレッタ? 何故だろう。僕はベレッタなんて名前は知らない。


 手に握る感触が刀から銃のそれに変わる。同時に知らない記憶が流れ込んで来る。


 --これはきっと


「燃え盛る炎よ、其の苛烈さを用いて核と成せ。ファイアスフィア」


 その記憶は堕ちた神と一人の魔法師の物語。


「全てを流す水よ、其の激しさを用いて核と成せ。アクアスフィア」


 最愛の人を手にかけようとした堕神に対する怒りの記憶。


「奔放なる風よ、其の暴虐を用いて核と成せ。ウィンドスフィア」


 彼は最愛の人を守り通した。自分の命を引き換えにして。


「地水火風、集いて混ざれ、混ざりて狂え、狂いて混ざれ。其の名は--」


 なら僕も守ってみせる。


「スクエア・ロンド!!」


 そしてもう二度と諦めない。


「グェアアアアアア!!」

()はもう二度と諦めない!!」


 一つの球体が魔族の身体を飲み込んでいく。球体の中で魔族がもがき、苦しみに喘いでいるのが見える。


 そしてそのまま球体が形を失っていくとともに、魔族は跡形もなくその姿を消した。


 流石にアレで倒せないってことはないはずだ。僕はやったのか。


 僕が、今まで何も出来なかった僕が。


 干渉に浸る間もなく、目の前の光景で我に返る。そうだ! 香那ちゃんは!


 慌てて香那ちゃんの様子を見に走っていく。身体中傷だらけで服もボロボロだが、ただ気を失っているだけのようだ。薄い胸が上下しているのが見てとれる。


「よかった……」

「うんうん、初陣にしては良くやったよ」


 あ、あれ? 備前兄さん? また人の形に……


「あ、ちなみに僕が力を貸すのは、匠が本当に僕を必要とした時だけだからね? 僕もこの姿での生活が楽しくなってきたし、しばらくはこの姿で生活させてもらうよ?」

「そ、そんな……」


 そういえばまた身体がダルくなってきた。しかもさっき動き回ったせいか筋肉痛が……おおぉ。


 身体を支えきれなくなってそのまま前のめりに倒れてしまう。そしてその先には……


「いつっ、なんだ一体……」

「あっ」


 僅かながらの弾力。


 つまりは香那ちゃんの薄いお胸に突っ込んでしまったようだ。


「おい……テメェ何してやがる」

「いや、香那ちゃんを起こそうとしたんだけどね? 身体が痛くて起き上がれないの」


 本当に不可抗力なんです。だからお願いその口調やめてその目やめてこわいこわいこわい。


「だったらオレが起こしてやるよ。コン、二尾」

『コオオオオオオ』

「香那ちゃんそれやめてコンもやめて本当に死ぬからやめてやめてやめ!!」


 そして香那ちゃんに軽く焼かれた僕はそのまま気を失ってしまった。

次から本編に入りますおー

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