攻勢転じて
ガンガン展開していきますよー
空中から襲いかかるワイバーンの群れ。香那ちゃんはそれを逆手にとって直接小狐丸で斬りつけ、着実にワイバーンの数を減らしていく。
いつの間にか上級生達も香那ちゃんを守るような陣形を取り、ワイバーンの襲撃に対処していく。
それでも僕は動かない。
そしてワイバーンの数もあと一桁になろうかという時だった。
「フン、人間のクセに忌々しい。それに貴様等も貴様等だ。こんなガキどもに手こずりおって」
声がした。禍々しい、そう感じた。
いつの間にかワイバーンも攻撃を止め、声のした方を注目している。
ワイバーンだけではなく、生徒達も、そして僕もその声のする方向に視線を向ける。
そこには背中から骨の翼を生やし、身体も肉なのか殻なのか分からないような黒い人の形をしたモノが浮いていた。
--あれは絶対に人じゃない。
隣の家の備前兄さん、そしてサニー姉さんに聞いたことがある。魔物の上位に魔族と呼ばれる魔物を統率する存在がいると。
だとしたらアレはきっと魔族なんだろう。ワイバーンが攻撃を止めてそちらに注目していることがいい例だ。
「小娘。面白い武器を持っているな。それを持って帰ればあの方も喜ぶだろう。あぁなに、別に譲ってくれとは言わぬ。どうせ貴様は殺すのだからな」
「ハッ、ほざくんじゃねえよ」
香那ちゃんは戦闘モードに入ると更に口が悪くなる。アレを見ても挑発出来るところが彼女の凄いところだ。
「ふむ? 私の姿を見てその言葉を吐くか。面白い」
「面白いのはテメェの格好だろうが」
果たして香那ちゃんはアイツを倒せるんだろうか。僕には嫌な予感しかしない。
「ハハハハハッ、愉快な人間だ。良かろう。その言葉の代償は死を持って償ってもらう」
「それはこっちの台詞だ。テメェさっき言ったよな?」
やめろ。やめるんだ香那ちゃん。
「何をかね?」
「オレのことを殺すって言ったよな。だったら遠慮はいらねぇ。殺すぜ」
その言葉を合図に二人の距離が縮まっていく。
香那ちゃんの連続攻撃を捌きながら魔族が余裕の表情を見せる。
「ハッ、流石に一尾のままじゃ駄目か」
「出し惜しみしてる余裕があるのかな?」
どちらもまだ様子見といったところだろうか。僕の中の嫌な予感がどんどん広がっていく。
「コン! 四尾だ!!」
『コオオオオオオォォォン!!』
香那ちゃんの命令にコンが答える。四尾は確か今の香那ちゃんの限界だったはず。
「食らいやがれ!! 暴風爆!!」
腰だめから強烈な一撃を放ち、香那ちゃんが得意とすると火属性の魔力を乗せて相手を粉微塵にする技だ。この前見たときには確かに巻き藁が爆発しておじさんに怒られたと聞いた。
「グオオオオオォォォッ!!」
魔族が悲鳴を上げている。もしかしてやったか!?
「ハァッ、ハァッ!」
対する香那ちゃんも今の一撃は負担が大きかったのか、肩で息をしている。あれだけの数のワイバーンを相手にしていた上にこの相手だし無理もない。
見事な一撃が決まったというのに、僕の胸の中はまだざわついていた。
「やったな五十嵐!! お前本当にすげえよ!!」
どこにいたのか渡辺君が香那ちゃんに近付き、ベタ褒めしている。
その言葉を皮切りに、周囲の生徒達も戦いが終わったと思ったのか、安堵の表情を浮かべ、香那ちゃんを称賛し始める。
「オオオオォォォ……おお、良い一撃であった」
「……クソがッ!」
周囲のざわめきが一瞬にして止まる。
「あれほどの威力の技を放ってもなお、傷一つ付いていないか。ククク、ますますその剣欲しくなったぞ」
よく見れば肩口から半身が吹き飛んでいる状況で、それでも魔族はそんなことを口走る。
「ああ、これか? これくらいの傷ならすぐに治る。それよりも今ので終わりか?」
「コン! もう一度だ!!」
だけどコンからの返答はなくて。
「どうした! コン!! 返事をしろ!!」
「どうやら終わりのようだな。なかなかどうして楽しめたぞ」
魔族が香那ちゃんに近づいていく。それなのに誰一人動かない。動けない。
「さらばだ小娘。その剣は我々が大事に使わせてもらう。心配するな」
「くっ!!」
魔族の猛攻が始まった。香那ちゃんは必死でそれを凌ぐが、少しずつ傷が増えていく。
「往生際の悪い」
そして魔族が大きく腕を振りかぶり、香那ちゃんに殴りかかった。
「キャアッ!!」
どうにか小狐丸で受け止めたようだが、衝撃は殺せなかったようだ。後方に大きく吹き飛ばされ、そのまま倒れこんでしまう。
「五十嵐!!」
渡辺君が近寄ろうとするが動かない。いや、動けないんだろう。
香那ちゃんはピクリとも動かない。小狐丸は握りしめたままだが、気を失っているようだ。
「くっ、全員アイツを撃て!! あの生徒を見殺しにするんじゃない!!」
生徒の誰かがそう叫んだと同時に、魔族に対して魔法が炸裂する。近接武器を持った生徒は魔法が着弾した後に一斉に攻撃を仕掛ける。
けれども全く効いていないのか、魔族は微動だにしない。剣は皮膚を斬ることが出来ず、槍は皮膚を貫くことが出来ず。それこそ巻き藁を叩く訓練のように見えた。
「雑魚はいつでも群れたがる。戦いを汚すな愚図どもが」
その一言と同時に魔族の周囲が急に爆発した。
生徒達は吹き飛ばされ、香那ちゃんと同じように地に倒れ伏す。渡辺君も巻き込まれたのか、動いている者は一人もいない。
僕は離れていて巻き込まれることはなかったが、最初から一歩も動けずに今までのやり取りを見ていただけだ。そして今も。
「さて、邪魔が入ったが……」
魔族が香那ちゃんに近付いていく。小狐丸を奪うつもりか。
「それにこの小娘は放っておくと厄介そうだ。今のうちに殺しておくか」
殺す? 誰を?
「成長すれば良い好敵手となっただろうが、まだ早かったな。自らの運の無さを嘆くが良い」
アイツが? 香那ちゃんを?
「待て!!」
そう考えた瞬間。自分でも気付かずに大声を出していた。
「む、まだ残っていたのか」
「香那ちゃんに近付くな!!」
香那ちゃんですら敵わなかった相手に僕みたいな弱者に何が出来るというのか。
「それは聞けんな。それに戦いに勝った相手が負けた相手の命を奪うことなど当然だろう?」
「そんなことは知らない! 僕が相手になってやる!!」
きっと何も出来ないだろう。そんなことは分かっている。
けれどここまで来て、香那ちゃんが殺されるのを見過ごして、その先の僕に何が残る? きっと何も残りやしない。
落ちていた剣を拾って斬りかかる。身体がダルい? そんなことは知ったことじゃない。
「なんだこれは? もしかして攻撃のつもりなのか?」
「うるさい!! 離れろ!! 香那ちゃんから離れろ!!」
剣を振る手から力が抜けていく。それでも絶対に離さない。離してたまるもんか。
「うるさいのは貴様の方だ」
「うあっ!」
剣を掴まれ、そのまま砕かれてしまう。
「全く、一人でかかってくるから少しは腕が立つのかと思えばとんだ期待外れだ」
「くそっ、くそっ!!」
どうして僕はこんなに弱い? どうして僕には魔力がない? どうして僕には力がない?
香那ちゃんに追い付くために努力だってした。人知れず刀を振るったこともあった。体力をつけようと思って走った。
でも、それでも成果が出ずに香那ちゃんとはどんどん差がついていった。
ならば高校生になったら誰よりも早く魔法を使って香那ちゃんを驚かせてやろうと思ってサニー姉さんに魔法を教えてもらった。
それでも入学式に魔力がないと診断された。
何故僕には何もない?
別に学年で一番になりたいわけじゃない。自慢したいわけじゃない。
ただ今、この時に香那ちゃんを、皆を守れるだけの力が欲しい。
この魔族を倒せるだけの力が欲しい!!
まあプロローグなので展開早いのはご愛嬌ってことで勘弁してつかぁさい。