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本気で

ようやく普通の一話分くらいの長さになりました。

「匠、私と戦え」

「はい?」


 香那ちゃんから呼び出しを受けて来てみれば何のことはない。嫌な予感が的中しただけだ。


「言っておくが手加減無し、本気でだ」


 しかもなんか戦う前提になってるし。出来れば断りたいところなんだけど。


「断ったら?」

「家まで押しかける」


 物騒だ、物騒だよ。


 それにしてもなんで僕なんだろう? 相手がいなくてフラストレーションが溜まってるのかもしれないけど。


「織田君とかの方が相手になるんじゃ?」

「アイツが強いのは知っている。だが匠、私はお前が気に食わん」


 いや、気に食わんって言われても……


「気に食わないって、剣術の授業のこと?」

「それもそうだが……いや違う」


 理由も教えてくれないのか。いくら香那ちゃんが強引だって言っても理由くらいは教えて欲しいなぁ。


 きっと聞いても教えてくれないだろうな。


「分かったよ」


 なんにしても受けるしかない。僕が勝てるはずなんてないのに。


 それに戦うって言っても今の僕には刀がない。


「これを使え」


 どこから取り出したのか、香那ちゃんが木刀を投げてよこす。なんでこういう準備だけはいいのかなぁ。


 やるしかないならやってやる。例え相手が香那ちゃんだとしても


「構えろ」


 構えろって言われても僕に構えなんてないし、このままでいいや。ああ、でも前までは構えてたんだっけ。目の前の相手(・・)のように。


「行くぞ」


 らしくない。おじさんから教えを受けてるならそんな言葉が出るはずがない。


 --速い!


 流石のスピードだ。それに繰り出される一太刀一太刀も食らえば骨折どころじゃ済まないくらい力が入っている。


 果たしてそれは僕がかわすという信頼なのか、それとも……


 僕を殺す気で振るっているのか。


 前者であって欲しいが、それであればわざわざこのタイミングで戦いを挑んでくることもないだろう。


 となると後者か。どんな理由があるか分からないけど……


 --殺されるわけにはいかない。


 例え相手が誰であろうとも、殺されてやるわけにはいかない。


 容赦のない攻撃が続く。だけど僕はその全てをかわし続ける。


 流石に簡単に打ち込ませて貰えるような隙はない。だけど僕もそう簡単に打ち込まれる筋合いもない。


 相手のスタミナは膨大、対して僕のスタミナは極小。だからこそ無駄な動きをするわけにはいかないからね。


 少しずつ、少しずつ回避の動作を小さくしていく。動きは早いがそれでも見切れないほどじゃない。それに……


 この相手が気付かないはずがない。なのに何故こんな馬鹿正直な攻撃を仕掛けてくるのか。


 --本気と言ったのに手心なのか?


 そう思った瞬間、僕の心がざわついた。


 --ナメられてるのか?


 以前までなら持ち得なかった感情。それは手加減されることに対する怒りと屈辱か。


 --いいさ、だったらその気にさせてやる。


 相手の攻撃を更に紙一重のタイミングでかわし、死角となる目と腕の直線ラインから刀を振り上げる。


「っ!」


 だが相手も然るもの、当たると思った一撃はすんでのところで回避される。流石と言わざるを得ないだろう。


 だけど僅かに掠った感触がある。まあ実際僕の力じゃ当たったとしても痛くはないだろうけど。


「ねえ、なんで」


 いったん間合いが出来たこのタイミングで話しかける。


「なんでこんなことするの?」


 問いかける。納得がいかないから。


「言っただろう。匠、お前が気に食わないからだと」


 だけど検討違いの回答が返ってくる。違う。そうじゃないんだよ。


「違う。そんなことはもうどうだっていい」

「なに?」


 人に本気でやれと言っていながら。


「なんでさっきから僕の右側(・・)ばっかり狙ってるのさ」


 本気でやるなら相手の弱点を突くのは常套手段。そんなことは僕だって折り込み済みだ。


「っ!」


 僅かに息を飲む音が聞こえた。僕が気付いてないとでも思ったんだろうか。


「さっき言ったよね? 本気でやれって」

「……ああ」


 だったら何故。


「人に本気でやれって言ったくせに自分は手加減するの?」

「……」


 無言。つまりそれは肯定というわけで。


「なんで僕の左側を狙わないの?」


 僕の左目は見えない。そんなこと誰が見たって百も承知だろうに。


 紳士的、そう思う人もいるかもしれない。


 だけどこの立ち会いは彼女が望んだものだ。そして本気でやれと。なのに。


 だから僕はあえて。


「それで僕に勝つつもりなの?」

「調子に、乗るな」


 挑発する。危険だとわかっていても。


 自分でも何故かは分からない。だけど手加減されていると分かった瞬間、無性に腹が立った。


 相手の姿が消える。違う、ただ僕の左側に回り込んだだけだ。


 右前方に転がり、来るであろう攻撃を大きく回避する。


 相手の放った一撃は僕の肩を掠めて空を斬る。今の一撃は挑発に乗ってくるかどうかの試金石。本当の勝負はこれからだ。


 ようやく本気で僕を倒しに来るつもりになったんだろう。なら僕も全方向からの攻撃に対処出来るように集中力を高める。


 確かに視野は狭くなった。けれど左からも攻撃が来ると分かっていれば対処することは出来る。


 --集中しろ。


 精神を研ぎ澄ませ。相手の初動を読んでその後の動作まで読み切れ。


 決して目を離すな。離したときが死ぬ時だ。


 相手の動作の一つ一つを観察する。


 要は常に相手を視界に収めていればいい。読み切れば負けやしない。


 相手が再度動き出す。重心は右足。少し内側を向いている。


 --もう一度左からと見せかけての右側狙いか。


 相手が地を蹴る。先程よりも速い。袈裟斬りの一撃が僕を襲ってくる。


 けれど見えている。だからかわす。


 返す刀で斜め下からの斬撃。それもかわす。


 かわす。かわす。かわす。かわす。


 右からだろうが左からだろうが全てかわす。


 かわしながら時折反撃の一撃を当てる。ただ触れるだけのような一撃だけど。


 かわす。当てる。かわす。かわす。当てる。


 欲は出さない。ただ当てるだけ。


「くっ!」


 相手が顔を歪ませ、悔しげに呻く。


 それでも僕は気を緩ませたりなんかしない。見る。かわす。当てる。今はただその動作だけを繰り返す。


「なんで……」


 相手が僕に問いかける。だけど返す答えはない。


「なんでそれだけの動きが出来て……!」


 泣きそうな顔で。


「なんでお前は弱いんだ!!」


 そう、言った。


 いつしか攻撃は止み、彼女から戦意が喪失するのが見て取れた。


「もう、いい」


 それだけ言い捨てて相手……香那ちゃんが木刀を落とす。


「香那ちゃん」

「ついてくるな!!」


 彼女にしては珍しく感情を露にした声を上げ、ゆっくりと出口に向かって歩いていく。


 その後ろ姿にかけられる言葉はなく、僕はただ彼女が出ていくのを見ていることしか出来なかった。



女心と秋の空、かぁ(春だけど)

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