収穫
いやー、指が動く動く
朝起きて気が付いた。
左目の傷を残したのはいいが、このまま学校に行ったら間違いなく注目されてしまう。
しかもどう見たって斬り傷だし、転んだじゃ誤魔化しようがない。
眼帯があればいいんだけど、病院にかかったわけでもないしそんなもの用意していない。
うーん、まぁいいか。洗面所でコケて鏡に突っ込んだことにしよう。そうと決まれたとっとと支度して出発しなきゃ。
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
母さんに声をかけて学校へ行く。昨日のことがあったからちょっと気恥ずかしい。
「やっと来たか、遅い……ぞ?」
「あ、香那ちゃんおはよう」
案の定というか香那ちゃんが待ち構えていた。待ってるなら呼び出してくれればいいのに。
「匠、お前その目……」
「ああこれ? やっぱり目立つよね?」
昨日の今日だしな。いきなり何があったのか聞かれるのも無理はない。
「昨日あの後帰ってお風呂に入ろうとしたら転んじゃって、鏡に突っ込んじゃった」
「……そうか」
半信半疑、といったところか。まあ誤魔化し方に無理があったかもしれないが。
「それより急ごうよ。遅刻しちゃう」
「あ、ああ」
この話題はあまり続けたくない。ボロが出そうだし。
香那ちゃんを急かすようにして登校する。
教室に入ると一瞬こちらを見た後、「なんだ如月か」と言うようなリアクションで目を逸らされた後に二度見される。
僕の顔を見て教室がざわつくが、当の僕はと言うと、先程の香那ちゃんの反応を見て予想出来ていたので、あまり気にせずに席に着く。
「おい如月、お前……」
また渡辺君が絡んでこようとする。なんなんだろう彼のこの執着心は。
その時チャイムが鳴り、アイサ先生が入ってくる。教室の外でスタンバってたんじゃないかと思うくらいピッタリのタイミングだ。
「皆さんおはようございます。今日は魔法の実習がありますのでこの後体育館に移動してください」
また体育館か……万能過ぎじゃないかな体育館。
二年生になったら演習室とかあるらしいけど……
体育館に着いて先生から今日の授業内容を聞かされる。今日は基本中の基本、初級魔法のファイアボルトの練習らしい。
「それじゃファイアボルトの説明だよー。とは言っても特に説明することなんてないけどね」
随分元気のいい先生だなぁ。それになんというか、小さい。
どこがというわけではなく、香那ちゃんくらい身長が低い。僕もクラスの中では身長が低いから人のことは言えないんだけどね。
「ファイアボルトって言ったらこの形だろ!! って思ったのをそのまま放出すればいいよ!」
うわぁすっごい雑。まあ魔法ってそんなもんなのかもしれないけど。
「で、イメージだけで上手くいかない人は詠唱をオススメするよ!」
詠唱かぁ。でも僕の場合は詠唱云々の話じゃないよなぁ。
「詠唱のポイントは大きく二つね。まず使う属性。これは口に出すことでイメージを固めることが出来るよ! ファイアボルトなら炎だね」
なんせファイアだしね。
「続いて放出する形。これは人によって違ってくるんだけど。例えば矢を見たことがある人ならその形を想像するのは簡単だけど、見たことがない人は矢を知っててもイメージしづらいよね? だったら貫く。とか尖る。とか、そういうイメージで形を作るのもありかなー」
なるほど、確かにボルトって言葉じゃイメージしづらいかもしれない。でも貫け! ってイメージすれば必然的にその形に近づいてくのか。
「詠唱が恥ずかしいって人が多いけど、別に恥ずかしいことじゃないからね? そもそも無詠唱の方が難しいんだから!!」
そう言えば初日に絡んできた上級生もちゃんと詠唱してたなぁ。
「じゃあみんなやってみて! 魔具はそのうち使うようになるだろうけど、今日はなし。まずは魔力が身体を巡る感覚と、放出する感覚を覚えないとね」
試しに僕もやってみることにする。右手を前に出して炎をイメージする。
でもやっぱり魔力が巡る感覚なんて起きない。ダメかぁ。
ちょっとは期待してみたけどそうそう甘くはないようだ。仕方ないから周りの状況を見てみることにする。
「どうだ! 俺のファイアボールは!!」
「こら!! ファイアボルトって言ったでしょ!!」
渡辺君か、まあワイバーンに対して魔法撃ってたし、今さら驚くほどでもないか。
ーードドドドッ!!
大きな音が聞こえて見てみれば、壁に向かって無数のファイアボルトが連射されているのが見えた。
撃ち手を見てみれば案の定香那ちゃんだ。しかも詠唱なんてしてないし。相変わらず涼しい顔でひたすらファイアボルトを連射している。
他にも目を向けてみればみんな威力の大小はあれど、魔法の発現に成功しているようだ。成功しなかったのは僕だけらしい。
「如月君、サボってちゃダメだよ?」
そんな中僕に声をかけてくれる人がいた。えっと、確か藤本さん、だっけ?
こんな言い方は失礼かもしれないが、魔力チェックの段階でうっすら反応が出たいわゆる下位組の人だった気がする。
「サボってるんじゃないよ。僕も試してみたけどやっぱり出来なくて……」
「そうなんだ。でも大丈夫だよ、私にも出来たんだし、頑張って!」
どうやら僕を励ましてくれているようだ。こんな子もいたんだな。
「ムリムリ、だってそいつ魔力が少ないどころかないんだからさ」
「そうね、いくらなんでも魔力がないんじゃどうしようもないわよね」
逆に僕を貶してくるのは渡辺君と同様に上位組にいる西田君と東出さんだ。今度から東西コンビと呼ぼう。
「そんなことないよ! もしかしたら反応しなかっただけで少しは魔力があるかもしれないじゃない!」
「藤本さん、大丈夫だよ」
藤本さんが僕を庇ってくれる。だけどこんなことしたら彼女までバカにされてしまいかねない。
「下位組がうるさいな。まあそれでも魔法は使えてたみたいだし? 壁まで届かないような威力だったけど」
「ほんと、出来の悪い同士で慰め合うなんてみっともないわね」
ほらやっぱり。全く、なんでこう優劣をつけたがるのか。
「そうだね。でもほら、後で追い抜かされたら恥ずかしいだけだし、それくらいにしといた方がいいと思うよ?」
「なんだと!?」
だけど僕も言われっぱなしは気にくわない。特に標的が僕じゃなくて藤本さんなら尚更だ。
「如月君、私のことはいいから」
「いやいや、だってほら僕達この学園に入学してまだ一週間くらいしか経ってないじゃない。逆上がりが一番に出来て喜んでるようなもんだよ?」
「てめえ……黙って聞いてりゃ」
いや全然黙って聞いてないじゃないか。
「まあ僕は魔力がないから魔法が使えないし、バカにされるのは構わないけどね」
「開き直り? 恥ずかしいとは思わないの?」
だって事実だし、今更そんなことで落ち込んだりしないよ。
「ちょっと魔法が使えたくらいで人を見下すよりは恥ずかしくはないかな」
「随分威勢がいいじゃないか。つい最近まで何も言えなかった奴が」
それは僕が諦めてたから。でも今は違う。
「だってバカバカしいじゃないか。ここは成績の優劣を争うところじゃなくてお互い切磋琢磨して立派な大人になるところだろ? それを魔法が出来る出来ないで大騒ぎして、幼稚園児じゃあるまいし」
周りからクスクスと笑う声が聞こえる。僕を嘲笑っているのか、はたまたそんな僕に言い返されている東西コンビを笑っているのか。
まあどっちでもいっか。
「藤本さんごめんね。励ましてくれてありがとう。頑張ってね」
「あ、如月君」
これ以上の口論は時間の無駄だし、僕と一緒にいても迷惑がかかる。ちょっと離れた場所で見学してよう。
それにしてもこうして見てると香那ちゃんの異常が際立つなぁ。コンの影響もあるんだろうけど。
確か火の精霊だったはずだし、香那ちゃんと火属性はよっぽど相性がいいんだろう。
「はい、じゃあそろそろ時間だから魔法撃つのやめてねー!」
と、先生から声がかかる。やっと終わりか。
「それじゃみんな、今日の感覚を忘れないでね。どの魔法を使うのも多少の違いはあっても要領は同じだから!!」
特に使えた、使えないの結果については言及しないようだ。もしかしたらこの先生も僕の事情を知ってるのかもしれない。
さて、次の授業はなんだったかな……
「じゃあ次は剣術の授業だって聞いてるからまた体育館だね。休み時間は自由にしていいけど、ちゃんと始業までには戻ってくるんだよー」
また剣術!? 昨日やったばっかりじゃないか!!
先生が去っていく。
しかしまた剣術の授業か……
休み時間も終わり、昨日と同じように二人一組を作るように指示が飛ぶ。
さて……
「匠、私と組め」
「あ、香那ちゃん」
昨日と同じく香那ちゃんが声をかけてくる。相手のいない僕にとってはありがたい申し出だ。
だけど。
「ごめん香那ちゃんとは組めないや」
「なんだと?」
僕の答えが予想外だったのか、目を丸くして驚く香那ちゃん。そんな反応されたらちょっと申し訳なく感じるじゃないか。
「ほら、香那ちゃんは他に相手がいないって言ってたけど、それでも僕よりは十分強い人ばかりだと思うよ? それに僕自信も香那ちゃんにばかり迷惑かけてらんないし」
「……」
あ、無言だ。怒ってるのかな?
「それに僕とばっかり一緒にいると変な噂も立っちゃうしね。それから……」
「もういい、勝手にしろ」
やっぱり怒ってた。まあ仕方ないよね。
「藤本、私と組め」
「え? ちょっ、五十嵐さん?」
近くにいた藤本さんを引きずって言ってしまった。ごめんよ藤本さん……
とは言っても僕も相手を探さないと。組んでくれる人なんているかな……
「おい、如月」
「ん?」
声をかけられて振り向いてみると西田君だった。
「五十嵐にも見捨てられたか、どうせ相手いないんだろ? なら俺と組もうぜ」
「僕と?」
どういう風の吹き回しだろう。などとは思わない。
どうせさっきの仕返しだろうな。全くもう。
とは言え、相手が見つからないのも事実だし、本気で向かってくる相手の方が都合がいい。
「良かった。ちょうど相手がいなかったんだよ。お願いしていい?」
「おういいぜ。練習なんて言わずに本気でやろうじゃないか」
お互い木刀を手にして向かい合う。殺気、というほどではないが、西田君から少しのプレッシャーが発せられる。
でもおじさんほどじゃない。怖くもなんともないや。
「じゃあ行くぜ」
「別に宣言はいらないよ?」
昨日おじさんに言われたことを言ってみる。確かに戦いにおいて「今から行きます」なんて宣言はあり得ない。
「ナメやがって!!」
西田君が僕に向かって突進してくる。多少の覚えはあるのか、思ったよりもしっかりとした太刀筋だ。
「上半身に力が入りすぎだよ、もうちょっと力抜いて」
「うるせえ!!」
アドバイスのつもりだったが、逆に怒って更に動きが固くなる。チャンスと言えばチャンスだけど。
何度も打ち込む隙があったが、僕はまだ手を出していない。
攻撃をかわしながら昨日おじさんに言われたことを思い出す。
僕には香那ちゃんと同じスタイルは合っていないと言われた。つまり今までと同じようなことをしてちゃ成長出来ないってことだ。
そのためにも香那ちゃんと距離を置けって言われたくらいだし。
なら僕のスタイルって? どうするのが正解なんだろう?
もっと自分のことを深く考えてみる。備前兄さんを手にした時はともかく、今の自分の状態を。
まず身体が重くて俊敏さはない。
身長も低いし、手足が長いわけじゃない。
力もロクに入らない。
ダメだ、いいところが一つもない……だったらどうすればいいのか。
「いてっ」
考えすぎて一撃貰ってしまった。それに左方向から来た攻撃はやっぱり見辛いや。動きが読めてても死角からの攻撃は……
ん? 待てよ?
動きが読める。死角からの攻撃。
「西田君、ちょっと待って」
「あん? そんなに痛かったのか? 情けねえな」
どうやら勘違いしてくれた模様で素直に待ってくれた。
「先生、別に木刀は二本使ってもいいんですか?」
「ああ、別に構わないが……」
一応の許可を得たので、比較的短い木刀を二本手に取る。
「お待たせ」
「二刀流? カッコつけやがって。そんな簡単に使えるもんじゃねえよ」
分かってる。別にカッコつけてるわけでもない。
「オラアアッ!」
西田君が気合いを入れ直して僕に向かってくる。
--うん、やっぱり読める。
今まで香那ちゃん以外と練習することなんてなかったから、すっかり忘れていたし、勘違いしていた。
僕は香那ちゃんの動きを覚えてたんじゃなくて、視えていたんだと言うことを。
比較的大きな空振りを狙い、近い方の手で木刀を振るう。とは言っても大した力は入らないので当てるだけ。
「あん? そんな攻撃痛くも痒くもねえよ!!」
手で払い除けられ、再度西田君が迫ってくる。
--どうして気付かなかったんだろう。
また攻撃をかわし、木刀を軽く当てる。
「テメェナメてんのか!!」
「いや、僕の精一杯の攻撃だよ」
そう、動きは読めるんだ。だったら攻撃直後の死角から一撃を当ててやればいい。
おじさんや香那ちゃんのような一撃必殺は必要ない。ただ攻撃を積み重ねて、最後に勝てばいい。
意識を切り替え、僕の練習はそれから授業が終わるまで続いた。
「ハァ、ハァッ……なんで当たらねえんだ!」
その問いに答えるつもりはない。今は殺すか殺されるかだ。無駄口を叩く余裕なんて持たない。
周りから見れば僕は逃げ回ってるようにしか見えないだろう。木刀を当てていると言ったって有効打は一つもない。相手が痛がる素振りすら見せないんだから。
だけど僕にとっては大きな収穫だ。何せ僕の攻撃が当たるんだから。
珍しく満足感を覚え、僕は授業が終わるまでひたすらそれを繰り返し続けた。
地味にまだ書き続けております。文字数多くなっちゃいましたがご勘弁を。




