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一日の終わり

「さて帰るか。嬢ちゃんもそろそろ心配してることだろうしな」


 ようやく落ち着いた僕を見ておじさんが声をかけてくる。


「そうだね。シャルも心配……というよりこの状態を説明しないと」


 この状態、というのは僕の怪我のことだろう。右腕骨折、傷の程度は分からないけど左目失明中。その他諸々傷だらけだもんな。


「ちょっとやり過ぎたか……」


 これをちょっと言える神経は未だに理解出来ないです。


「まあシャルのことだから大丈夫とは思うけどね。でも一応謝っといた方がいいと思うよー?」

「母さんもそうだけど、こんな状態で明日学校どうしよう……」


 正直こんなボロ雑巾のような状態で学校に通うのは気が引ける。


「ああ、それは大丈夫だよ」

「え?」


 大丈夫って、何が?


「帰りゃ分かる。オラとっとと行くぞ」

「あ、待ってよおじさん。僕まだ満足に身体が……」

「ったくめんどくせえな……」


 で、結局どうなったかというと……


「おじさん、いくらなんでもこれは酷いと思うな」

「ガタガタ言うな。歩けねえっつったのはお前だろうが」


 まるで荷物のように肩に担がれて帰ることとなった。いや、楽は楽なんだけども、一応僕怪我人ですよ?


「いやー、しかし流石イガさん、容赦なかったねー」

「容赦ないどころじゃないよ。僕本気で殺されるかと思ったんだからね?」

「殺すつもりだったしな」


 などと雑談にしてはやたらと物騒な言葉が飛び交う。しかも冗談じゃなくて事実だからまた空恐ろしい。


「ただいまー……」

「おかえりー……ってまた随分やられたね?」


 母さんが僕の姿を見て一瞬驚くが、それでも第一声がこれだ。


「ちょっとやり過ぎた。すまん」

「ちょっと……ねえ? 大方匠が情けなくて本当に殺すつもりだったとかなんでしょ?」

「おう、さすが嬢ちゃん分かってるじゃねえか」


 しかも察してる。なんなんだこの身内は。


「まあ親としては子供が大ケガをして帰ってきて心配しないわけにはいかないけど、これくらいならね」

「これくらいって母さん……」


 一体母さんはどんな生活を送ってきたんだろうか。


「じゃあオレは帰るぜ。匠、また明日な」

「あ、うん。ありがとうございました」

「ハッ、礼を言えるならもう大丈夫だ。明日から徹底的にシゴいてやるからな」


 と、上機嫌で帰っていく。言葉の選択としては正しかったんだろうけど、間違ってた方が良かったのかもしれない。


「じゃあ僕も帰るからねー。シャル、あとはよろしくね」

「はいはい、ビゼンもお疲れさま」


 そう言って備前兄さんも帰っていく。


「さて、それじゃそこに座りなさい。母さんが治してあげるから」

「え? 治すって?」


 流石にこの時間じゃ病院も開いてないだろうけど、治すとはこれ如何に。


「そりゃ回復魔法に決まってるでしょ? 母さんこう見えてなかなかの腕前なんだから」

「そうなの?」


 知らなかった。というよりも知らされてなかっただけなのか。僕の知らないことが有りすぎて嫌になる。


「じゃあまずは腕からだね。折れてるみたいだし」

「あ、うんお願い」


 そう言って母さんが僕の右腕に向かって手をかざす。その手がだんだんと光って僕の右腕を包み出す。


「はいオッケー、じゃあ次々いくよ」

「え? もう?」


 詠唱とかなかったよね?


 試しに右腕をゆっくり上げてみる。確かに痛くない。


 次は上げた腕を強めに下ろしてみるが、これまたなんともない。本当に治ってしまったようだ。


「ふふん、なんせ母さんは父さんのために必死で練習したからね。折れたくらいならチョチョイのチョイだよ」

「折れたくらいって……父さんどれだけ怪我したのさ」

「両腕吹っ飛ぶくらい」


 両腕が吹っ飛ぶ??? 父さん、貴方は一体何をしたんですか。


「まあまあ、その話はまた今度ね。それよりもほら服脱いで、まだまだ治療しないとでしょ?」

「う、うん」


 特に下半身は大したことないし、母親とは言えパンツ一丁は恥ずかしい。上半身だけ裸になった。


「うん、これくらいならすぐ治るよ」


 そう言って僕の身体に再び手をかざす。また一瞬で身体の傷が消えた。


「すごい……」

「あとは顔だね。全く男前にされちゃって、左目も見えないんでしょ?」


 まさかこの目の状態も治せるのか。


「あ……」

「なに? どうしたの? どこかまだ痛いところあった?」


 目を治療すると聞いて少し逡巡する。このままただ傷を治してしまって良いのかと。


 いや、傷なんてない方がいいに決まっている。五体満足に勝る喜びはないんだから。


 --だけど。


「母さん、顔の傷は治して欲しいんだけど、左目だけはこのままにして貰っていいかな」

「そりゃあ匠の身体なんだから母さんは構わないけど、古傷になったら流石に母さんでも治せないかもしれないよ?」


 この傷は僕が弱かったから負った傷だ。立ち向かってついた傷じゃない。


 なら弱い自分との決別の証としてこの傷は残しておきたい。何故かそう、思った。


「うん、いいんだ」

「そっか、なら目だけはそのままにしておくよ。その代わり細かい傷は治すからね?」


 そう言って母さんは僕の顔を覆うように両手をかざし。


 僕の顔を包み込むようにそっと抱き寄せてくれた。


「母さん苦しい」


 台無しな感想だが、母さんの巨大な胸に包まれて息が苦しい。


「ごめんごめん。でも匠、強くなったね。母さんは嬉しいよ」


 強く? そんなことはない。僕はまだまだ強くなんてなってない。その証拠におじさんに一太刀すら浴びせることは出来なかったんだから。


「目を見れば分かるよ。父さんと同じ、諦めないぞ! って目をしてる」

「父さんと?」


 父さん……父さんとも話してみたかったな。どうやって強くなったのかとか、一体何をしてきたのかとか。


「うん、父さんは絶対に諦めない人だったからね。相手が魔王だろうと、神様だろうと」


 父さん……貴方は本当に何をしてきたんですか……?


「大丈夫、匠は強くなれるよ。だって父さんの子だもん」

「うん、強くなるよ。だって母さんの子だもの」


 父さんも強かったんだろうが、きっと母さんも強かったに違いない。


 僕が生まれてからずっと一人で僕を育ててくれたんだから。


「そうだね。匠は私達の自慢の息子だよ」

「母さん……」

「さ、もう傷は大丈夫だろうし、お風呂に入ってもう寝るんだよ? 明日はまた学校だからね?」


 そう言って僕を解放する。少し名残惜しく感じてしまうが、僕は決してマザコンではない。


「うん、そうするよ。母さんありがとう」

「どういたしまして、それじゃおやすみ」

「うん、おやすみなさい」


 そう言って母さんは寝室に入っていく。


 浴室に向かうと既にお湯が温まっていた。きっと僕のために用意してくれてたんだろうな。


 母さんの期待に応えるためにも強くなりたい。改めてそう思った。



頑張れ男の子

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