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Hard Days' Knights  作者: 里崎
一週目編
9/73

8.G班(前編)

翌朝。

水汲みと朝食の用意、片付けを終えて、演習場に転がり出る。

ちなみに、今朝の朝食では、上官用の食事に虫だか石だかが混入していたせいで、別の班の一年めが動けないほどに殴られた。

「あんな腐りきった食材でなに作れっつーんだよ、死ななかっただけマシだと思えってのな」

ぶつぶつ呟いて怒るイグヤに相槌を打ちながら一緒に演習場に出る。

湿り気を含んだ朝の冷気の中、白い息を散らして立ち回る二人の姿があった。おお、とヤサルタが目を輝かせる。

ジュオの力強い太刀をログネルが器用にさばいていく。日差しにきらめく銀光がまぶしい。寝不足の頭がずきずきと痛む。

隙を伺うログネルの目にじれたジュオが、舌打ちを鳴らして大きく踏み込む。

ごう、と空気を斬った大振りの剣を、ログネルはかわしきれないながらも身体をぎりぎりまで傾けて滑り込むようにジュオの首を狙い――

相打ち寸前で両者の剣は制止した。

剣を下ろして、ログネルとジュオが振り返る。

「おはよう、三人とも」

「見てんじゃねぇよ」

大きなあくびをしながら、班長が宿舎から出てくる。一年めの前で立ち止まり、おもむろにイグヤの右体側を蹴り飛ばした。

「?!」

不意打ちに転倒したイグヤを、眠たげな目がせせら笑う。

「なにす」

「やっぱ丸腰か。演習前に、お前らにも武器をやんなきゃな」

「武器!」

打ち合いが終わって眠そうにしていたヤサルタの顔がぱっと輝く。

「班長、俺が連れて行きますよ」

ログネルが言って、ジュオの力押しに負けて歯こぼれした剣を振ってみせる。班長は首を振った。

「整備頼んでるのがあんだよ。生存確認もしたいしな」

「ああ」

合点がいったように肩を揺らすログネル。

事態を飲み込めないキューナは数回まばたきをした。


***


そうして案内されたのは、別棟の一角。

なにやら騒がしいその部屋を覗き込むと、

「武器庫開けろ、ちがう、そっちじゃない」

「ええっ、でもそっちは……ああっ」

細身の青年を押しのけた数人が、奥に並んだ武器庫の一つを開けているところだった。

「わああ、だから困りますって」

下劣な笑みを浮かべた屈強そうな男たちは、武器庫から剣を何本か見繕って意気揚々と持ち出していく。

キューナたちの横を抜けて廊下を去っていく男たちに、先ほどまで困り顔で制止していた青年は、傷だらけの細い手を振って言った。

「また来てくださいねー」

侮蔑しきった爆笑が広がる。

開け放たれたままの扉から、班長が部屋に入った。

「相変わらず胸糞悪いな、おい」

「はい、いらっしゃいませー」

 にこにこと応対してくれたその青年は、格好から見て、おそらく武器整備士だ。殴打痕のある顔と擦過傷だらけの細い手に気づいたアサトが、

「うわああ大丈夫ですかー?!」

青ざめて駆け寄って、コートの下から、包帯の代用として使う白い布を取り出した。

入口を振り返りつつ班長が聞いた。

「今の、I班の一等兵の奴らだろ」

「あ、はい、そうです」

「首突っ込む気はねぇけど。もう少し胸張れば、その傷ちょっとは減るんじゃねぇの」

「面倒起こすなら直してやらん、くらいのことは言ってやれ、って言っただろ」

班長と副班長がほぼ同時に似たようなおせっかいを焼いて、顔を見合わせて後味悪そうな顔になる。

号泣し始めたアサトに応急処置を施されつつ、青年がへらりと笑った。

「ええー、でもそれ困りますよね?」

「困らせてやれっつってんだ。あんたがコロッと死ぬと、そっちのが困る人数は多いぞ」

「ええー、でもほら、困ってる人がいると、自分も困るじゃないですかー」

班長はため息をついて眉間をもむ。

「……ああもういい、あんたのキモチワルイ性善説は聞き飽きた。武器庫、開けてくれ」

「あ、開けっ放しになってますよ」

そう言ったログネルが、鍵の刺さったままの武器庫の鉄扉を押し開けて、真っ先に入っていく。すぐに手首だけが現れて手招きをするので、キューナたちも追って、その暗い部屋に入った。

埃っぽい部屋に、古い量産型の刀剣が乱雑に詰め込まれている。所狭しと並ぶ剣の山に、おおと歓声を上げるヤサルタとイグヤ。その隣で、保存状態と寿命切れを見て取ったキューナはがっかりしていた。すれ違う一二等兵レベルの騎士の腰からさげられた剣を見て、みんな貧しい家柄なのかと思っていたのだが、まさか、騎士団の武器庫にまともな剣がないとは。

「どれでもいいよ、一本選んで」

「はいっ」

適当に引き抜いた剣の鞘を、ヤサルタがわくわくしながら払って、顔をしかめて戻す。

「……」

何本抜いても現れる黒い刃に、ヤサルタは徐々に不満そうな顔になる。

「なんですかこれ、錆びてるっつか斬れな……ひっ」

抜き身の剣が鼻先にあるのに気づいて体をのけぞらせる。

至近距離でジュオがにやにや笑っていた。

「試しに斬ってみるか」

「いやっ嘘ですっ充分ですッ、すんません!」

「ふん」

馬鹿にしたように笑うと、その剣を鞘に収めてほうり投げる。

それをイグヤが拾って、じっと観察してからため息をついた。

「使えねぇよこんなん……」

「うーん、でもないよりマシだよね。時間みつけてじっくり磨くしかないかなぁ」

 キューナの指が、全く切れない刃先を撫でる。

「その、時間っつーものがあったらな」

そうだね、と苦笑を返して、腰のベルトに金具を繋いだ。

武器庫から出ると、すでに班長、副班長とアサトの姿はない。整備士の青年に剣を突きつけていたオオリが、ジュオとログネルを見つけて、慌てて剣を仕舞った。

「は、班長から、本棟の清掃と薪の補充、終わったら騎馬の飼料の用意、と」

伝言にログネルがうなずく。

「分かった。やり方説明するね、おいで」

不満そうにジュオがログネルを呼んだ。

「その気狂いに任せときゃいいだろ」

「ジュオも聞いてたでしょ、一年めとオオリを近寄らせるなって指示。すぐ行くから、ほら、先行ってて」

ログネルを睨んだジュオは舌打ちをして、震え上がるオオリの襟首を引っつかみ、整備士の部屋を出ていった。

本棟まで案内して一通り作業を説明すると、ログネルも去っていった。だだっぴろい応接間に、壊れかけの清掃用具を片手に、三人は残された。

「で、先輩がたはどこ行ったんだろうな」

「知らね。つかの間の休息ってやつだろ。ほっとけ。やるぞ」

上官の目がないからな、とイグヤが言う。

なるほどな、とヤサルタが寝不足な目をこすってうなずいた。


***


「追加だとよ」

そう言ってやってきたジュオが、どん、と麻袋を積み上げた。その後ろでふらつく足取りで運ぶオオリが、副班長に怒鳴られて青ざめている。

まだ一袋も終わってないのに、と口に出しはしないが三人は暗澹たる表情になる。夕食の準備に間に合わないどころの話ではない。どう見ても、徹夜したって終わらない。袋の数を数えていた班長が、よし、とうなずいて立ち上がる。

「明日までに終わらせとけ。――行くぞオサム」

「ああ」

班長と副班長、それから何度も振り返りながらのアサトが遠ざかる。

班長たちが遠ざかったのを確認してから、ジュオが突き飛ばすように言った。

「お前らでやっとけよ!」

キューナはゆっくりと立ち上がり、大きめの声で言った。

「――できません」

「ルコックド?!」

キューナのいきなりの反論に、イグヤが目をむいた。

キューナはゆっくりと顔を上げた。ものすごい形相のジュオを見てから、その奥、足を止めて振り返っている班長と目を合わせた。


挿絵(By みてみん)


「どう頑張っても3人でこの量は無理だって、今までやってきたのなら、みなさん分かりますよね。でも、全員で朝までやれば間に合うかもしれない」

班長はつまらなそうな表情を変えない。とっさのことで上手い言葉は思いつかないけれど、畳み掛けるように懸命にキューナは続けた。

「失敗したら、全員が怒られます。だれが怪我するかも、死ぬかも分からない。確率はみんな同じ。みんなで協力すれば、他の班よりは捗る。絶対に、G班の生存率は上がります」

G班に入れたのは幸運だと思っている。同世代の中で腕っぷしが強い人が揃っている。あとは、話の通じる人がいることを願うばかりだ。

フン、とオオリが笑った。

「とか言って、お前らが楽したいだけだろうが」

「はい。G班全員が無事に、楽になるように、したいです。……お願いだから、一度冷静に考えてみてください」

 一息に言いきって、キューナは頭を下げた。オオリがせせら笑って、その頭を手近な火掻き棒で小突く。

「年下が偉そうに説教かよ」

キューナはされるがまま、じっとしている。

「すんませんコイツちょっとおかしくて!」

イグヤが慌ててキューナをどつく。少女はそれでも動かない。

「――ここで生き残るには、何が必要だ?」

ふと生まれた静寂の間に、副班長がぽつりと言った。

キューナは頭を上げた。副班長の問いに、誰も答えない。副班長が続けた。

「力だよ。強さだ。ここでは、昇進しなければ生き残れない。上官にハイハイ言って雑務ばっかに時間を割いてたら、いつまで経っても剣なんて使えない。ずっと二等兵のまま、ずっと雑務のままだ」

「……その前提として、この班で、一年間生き残ることが必要なんじゃないですか?」

キューナが答えると、副班長はキューナの目の前にまで戻ってきた。・色の目がまっすぐに少女を見下ろす。

「俺たちに、ここまできちんと意見できたことは褒めてやる。が、間違いなく早死にするぞ、お前。班員が面倒を起こすのは俺としても困る。いいか、そういう向こう見ずな勇気は――剣を持ったときだけにしろ」

返答しようか数秒迷ってから、きちんと聞いて、きちんと指導してくれるこの人に、今のうちに伝えてしまおうと口を開いた。

「はい。言う相手は選んでます。上官には言いません。班長たちだから、言ってるんです」

「……俺たちには、お前を殺せないとでも?」

副班長が眉をぴくりと動かした。キューナは首を振った。

「先輩たちが強いのは知っています。本気で上を目指しているってことも。班長たちは、話が通じる正しい『騎士』だと思っているから、提案しました。剣術練習の邪魔をするつもりはないです」

「……は? どうして――」

戻ってきたときの汗の量と、マメだらけの手を見れば分かる、なんて言うわけにはいかないので、小さく微笑んで話を戻す。

「作業が進んでいなくて怒られて、怪我でもしたら、治るまでは自主練できないし作業だって遅くなる。それって相当なロスですよね」

思い当たることがあるのか、副班長の頬がわずかに動いた。

「全員で作業して、間に合うメドが付いたら、あとは一年目だけでやりますから」

草を踏む音がして、目の前に班長が立った。静かに激昂する班長の動きを反射的に読もうとしたキューナは、慌てて全身の力を抜き目を閉じる。

衝撃は左の脇腹に一発。受身も取らずに倒れるつもりでいたけれど、数歩よろめいただけで転びはしなかった。ものすごく加減をしてくれたことは明白。

「――行くぞ」

班長の声。

一年目を取り残して、全員が無言で去っていった。

三人並んで、しばらく棒立ちのまま見送ってから、はー! とヤサルタが大きく息を吐いた。

「まままじでなにしてんだよお前ー。俺ぜってぇ死んだと思った!」

「あはは、心配ありがとう」

「こら、抱きつくな!」

ヤサルタを殴ろうとするイグヤを止めながら、キューナはさっきの先輩がたの表情を思い出す。

「……どっちが早いか、なぁ」

人の感情。こればっかりはある程度しか予測できない。ひとまず、キューナが言えるだけのことは言った。

時間の問題かな、と感触を確かめた。

だが、厳しいかもしれない。班員が何人か死傷して、作業ペースが格段に落ちてしまってからでは遅い。そうなる前に結託しなければまずい。

焦りは何も生まない。一度目を閉じて、目の前の作業をどう終わらせるかに、思考を切り替える。


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